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slapstick fantasy ~王都外れの幻想動物園~  作者: 猫正宗
第2章 麒麟さんを捕まえて経営アドバイザーにしよう!
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幕間 聖女グリュイエール

 閉園後の園長室。

 そこには俺とリコッタのほかに、モツァレラとオストがいた。


 狭い園長室に、みんな勢揃いだ。

 オストは忙しそうに会計資料をチェックしている。


「おい、ちょっといいか?」

「どうしたのだ?」

「この王都中央銀行からの借入。利率がちょっと高くないか?」

「ん? そうなのか?」

「そうなのかって……。フォル、お前なぁ……」


 オストは呆れた顔だ。

 わざとらしくこっちを向いて、大きなため息を見せつけてくる。


「利率は交渉すれば、下がることも結構あるんだぞ? まぁいい。これについては僕のほうから銀行に電話しておく」

「うむ。頼んだ」


 視線を手元に落として、オストは会計資料のチェックを続けている。

 融資関係の資料に一通り目を通して、今度は当月の試算表を精査しはじめた。


「お疲れ様なのです、オストさん。お茶が入ったのですよー」


 リコッタが急須と湯飲みをもって現れた。

 熱いお茶を注いでいく。


「リコッタよ! 妾にもお茶をよこすのじゃ!」

「こら、モツァレラ! お前、先輩をあごで使うんじゃない!」


 モツァレラはバネのへたったソファに寝転んで煎餅を囓っている。

 だらけきった姿だ。


「いいのですよ、フォルさま。はい、どうぞ、モツァレラさん。オストさんも」

「ずずず……。へえ、美味しいじゃないか」

「うむ! やっぱり煎餅にはお茶なのじゃ! リコッタの淹れるお茶はうまいのぅ」

「えへへ。ありがとうなのです」


 少し前まで俺とリコッタだけだったことを考えると、随分賑やかになったものである。

 オストを交えても、従魔たちの関係は良好のようだ。


「それはそうとフォル。この資料おかしくないか?」

「ん? なにがおかしいのだ?」

「ほら、ここ。有形固定資産にリコッタやモツァレラが載ってない。簿外資産になってるぞ」


 促されるままに試算表を覗き込む。

 名前を呼ばれたモツァレラが、煎餅を囓りながら顔を上げた。


「……ん? 妾がどうしたのじゃ?」

「いいから、お前は黙って煎餅でも食っていろ。ただし食い過ぎるなよ!」


 オストのほうに向き直る。

 資料を眺めるが、なにがおかしいのだろうか。


「よく分からんから、お前に任せる」


 いわゆる丸投げだ。

 オストが、チェック済みの資料を握りしめて、笑いはじめた。


「ふ、ふふふ……。随分と杜撰じゃないか。確認すればするほど、おかしなところがぼろぼろと出てくる。いったい誰がいままで会計入力をしていたんだ?」


 資料作成は外部スタッフを雇っていたが、基礎となる会計入力はリコッタに一任してあった。

 リコッタがサッと目を逸らす。


「ご、ごめんなさいなのです」

「いや、謝ることはないぞリコッタ! むしろいい感じだ。やっぱりこうでなくちゃな!」


 なんかオストのテンションが上がり始めた。


 手にした書類をばんと机に叩きつけ、こぶしを握りしめて立ち上がる。

 なんか感極まったみたいに、ぷるぷると震えている。


「経営の傾いた幻想動物園……。ああ、なんて素敵なんだ! 会計入力ひとつ満足にできない不出来なスタッフに、煎餅を囓るしか能のない子ども。極めつけは経営のイロハも知らない、愚かな園長だ!」

「ふ、不出来……、なのですか……」

「なんじゃと!? 貴様、新入りのくせに生意気じゃぞ!」

「こいつめ! 従魔のくせにいい度胸だ!」


 オストは俺たち抗議なんて聞いちゃいない。

 嬉しそうな顔で感動に打ち震えている。


「ああ最高だ! これだよこれ! 絶望的状況下からの園の再建。まさに挑戦じゃないか!」


 口は悪いが、取りあえずやる気は十分みたいだ。


「……ちっ、仕方あるまい」


 しばらく様子を見てやることにして、ツギハギだらけのソファにどっかりと腰を下ろした。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 その日、俺はいつも通り園内の視察をしていた。


 抜けるような青い空。

 休日のクラフトマン幻想動物園は、なかなかの盛況ぶりだ。


「ふふ……。ふははは……」


 笑いが止まらん。

 見渡せば、そこかしこに見える来園客の姿。

 かつて我が園に、ここまで客入りのよい営業日があっただろうか。


「順調だ……。順調すぎて己の才覚が怖い……」


 邪龍の入荷に加えて、あの霊獣麒麟すら立て続けに入荷してやったのだ。


 これは、そんじょそこらの園長に出来ることではない。

 それこそ王国一などとうそぶいておる、あのレッジャーノ幻想動物園でも難しいだろう。


(ん? あれは……)


 気分良く視察をしていると、前方に見知った顔を見つけた。


 遠目からでもよく目立つ金髪。

 そちらに向けて足を運ぶ。


「……なにをしているのだ、ペコリーヌ」

「あっ、あなたは!? ……って、あたしはペコリーノだっつってんでしょ!」


 見つけた金髪の女。

 それは女勇者ペコリーノ・ロマーノだった。


「ペコォ? こちらのかたはぁ、どなたなんですかぁ?」


 ペコリーノは女をひとり連れていた。


 白を基調とした祭服に、流れるような銀色の髪。

 その髪は肩ほどまでの長さで、なんかふんわりとしている。


 トロくさそうな、どこかおっとりとした喋り方をする女である。

 ちなみに巨乳だ。


「……紹介するわルイエ。こいつはこの幻想動物園の園長さんで……」

「フォルマッジョ・クラフトマンだ」

「ああ~、あなたがぁ」


 俺から名乗ると、乳デカ女は優雅な仕草で挨拶を返してきた。


「わたくしはぁ、グリュイエール・キッシュ・フォンデュと申しますぅ。どうぞお気軽に『ルイエ』とお呼びください~」


 グリュイエール……。

 聞いたことのある名前だ。

 はて、どこで聞いたのだったか。


「……この子は聖女よ」

「聖女……。ああ、そうか。どうりで聞いたことがあるわけだ」


 勇者パーティーには、聖女がいるという話だった。

 それがこの乳女か。


 たしか聖女は、東にある聖国の出身だったかな。

 わりと有名な話だ。

 なんでも聖女の力、というか戦闘力は勇者と拮抗するらしい。

 物騒な聖女もあったもんである。


「それでその聖女とやらが、勇者とふたり揃って我が園になんの用なのだ?」

「実はですねぇ。わたくしはぁ、あなたに会いに来たんですよぉ」

「……俺に? なんのために?」


 この乳女とは初対面のはずだ。

 とはいえ俺は元ギルドの凄腕冒険者で人気者だから、初対面の女に言い寄られても不思議ではない。


 ……ふ。

 罪作りな自分が憎い。


「えっとですねぇ。ペコがぁ、最近いっつもあなたの話をしてるんですよぉ。気になるじゃないですかぁ」

「……ほう、ペコリーヌが」

「ちょ!? ちょっと、ルイエッ!? あなた、なにを言ってるのよ!?」


 ペコリーノが慌て始めた。

 だが聖女グリュイエールは、そんな様子には目もくれない。

 マイペースな女なんだろう。


 そんなことを思ったとき、ゾクリと悪寒がして背筋が凍った。


「……あなたぁ。まさか……『魔王』、じゃないですよねぇ?」


(こ、この女……)


 殺気だ。

 この見た感じあたま空っぽそうな、バカっぽい乳デカ女から殺気を感じる。


 脳天から背中に、真っ直ぐに針金を通されたような緊張感が走った。

 グリュイエールの視線は、のんびりとしたその口調とは裏腹に、氷のように冷たく、鋭い。


「……ふん。魔王? なんのことかわからんな」

「ふふふ……。まあ、いまはぁ、そういうことにしておきましょうかぁ」


 殺気が霧散していく。

 それとともに場の緊張が解けて、聖女の目つきもおっとりとしたものに戻っていく。


 髪をかき上げた拍子に、グリュイエールの乳がぷるんと震えた。


 かまととぶりよって。

 だが俺は騙されんぞ。

 この女は要注意だ。


「ところでぇペコはぁ、さっきからなにを慌てているのですかぁ?」


 見ればペコリーノのヤツが、聖女の袖をひっきりなしに引いていた。

 落ち着きのないやつである。


「だ、だから! い、いつもこいつの話なんてしてないんだからね! 訂正しなさいよ!」

「はいはい~。そうですねぇ」


 適当に流されている。

 同情はせんが、なんか可哀想なヤツだな。


 ペコリーノは取り合おうとしないグリュイエールから、話の矛先を俺に移した。


「あ、あなたも勘違いずるんじゃないわよ!」

「はぁ? なんの話なのだ? それよりお前、顔が赤いぞ」

「――っ!? なんでもないわよ、このバカッ!」


 なんなのだ、この女は。

 いきなり切れてバカ呼ばわりとか、情緒不安定にもほどがあるだろう。


 最近こんなのばかりだな。

 勇者といい聖女といい、俺の周りには変な輩ばかり増えていく。


「そういえばぁ、さっきの山猫さん。可愛かったですねぇ」

「そ、そうよね! あたしたちは普通に、幻想動物園を見て回ってるだけなんだから!」

「ああ、それはリコッタだ。そこの勇者が前にばっさり斬った」

「あ、あれは不可抗力じゃない!」


 ペコリーノはまだ、ひとりでわたわたとしている。

 どうにもこいつはいつもと感じが違うな。


 勇者として俺に立ち塞がるときはもう少し凜とした感じがするのだが、今日はそんな感じがまるでない。


 プライベートと仕事で、雰囲気が変わるタイプなのかもしれんな。


「あとぉ、なんか邪龍さんがぁ、わたくしたちを見てぇ、震え上がっていたんですよねぇ」

「それはモツァレラだ。そこの勇者に殺されかけた。多分、ビビってたんだろう」

「ほ、ほらルイエ! つ、次はなにを見に行く? さぁ早くいきましょう!」

「……というか落ち着け、ペコリーヌ」


 まったく、こうしていると年相応の娘に見えるではないか。

 容赦なくモツァレラを嬲っていた勇者にはとても見えん。


「ほら小娘勇者よ。そこの売店でソフトクリームでも買って食べれば、落ち着くぞ?」


 営業をかけてみた。

 当然ながら、奢ってはやらん。


「そ、そうね。そうするわ。……って、なによ『ソフトクリーム1000イエン』って!?」

「ん? どうしたのだ?」

「園内価格にしてもぼりすぎよ! 300イエンにしなさいよ! ふざけんじゃないわよ!」

「やかましい! ぐだぐだ言わずに買うのだ! そこの乳女のぶんも買ってやるのだぞ!」

「……乳女ってぇ、わたくしですかぁ」


 相変わらずけち臭いヤツだ。

 俺はペコリーノと、ぎゃあぎゃあ喚き合ってから別れた。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 ところ変わって、とある幻想動物園。


 ふかふかの豪華なソファに深く身を預けて、優雅にワイングラスを傾ける女がいた。


「お嬢様。こちら王国ゴラント地方産、20年ものの赤ワインになります」


 女のそばには初老の男性が控えている。

 白髪で品が良い、執事然とした男性だ。


 女が無言でグラスを差し出した。

 男性がそこにワインを注いでいく。


「じい。聞いたかしら? ……クラフトマン幻想動物園」

「ああ、あの潰れかけの。それがどうかなさいましたか?」

「なんでも霊獣麒麟を入荷、というか商工会議所から分捕ったらしいですわ」

「それはなんともはや……」


 女がソファから立ち上がる。

 グラスを片手で回しながら大きな窓へと歩み寄り、ブラインドをシャッと開けた。


 眼下に広がるのは広大な敷地の幻想動物園。

 大勢の来園客で通りはごった返し、ところ狭しと設けられた展示スペースからは楽しげな声が聞こえてくる。


 ここはレッジャーノ幻想動物園。


 そして女の名前は、パルミジャーノ・レッジャーノ。

 天下にその名を轟かせる豪商レッジャーノグループの、紛うことなき一員である。


「ふふふ……。麒麟を横から掻っ攫うなんて、そこの園長は後先考えない馬鹿なのかしら?」

「それは何とも。測りかねますな」

「なんでもそこの幻想動物園。園長が先日亡くなって、息子が二代目を継いだらしくてよ」

「左様でございますか」

「しかも、これがおかしいの! その二代目、商人でもなくて、元冒険者なんですって!」


 心底楽しそうに笑う。

 一頻り笑い終わったあと、女はポツリと呟いた。


「……王都商工会議所から使いの者が来ましたわ。要件は――」


 女が手に持ったワインをぐいっと煽った。


「じい! 至急その男の情報を集めなさい! 一切合切を調べ尽くして私に報告するのよ!」

「かしこまりました」


 初老の男性が退室する。

 それを見送ったあと、パルミジャーノは再び窓に向き直った。


「さてさて。私を楽しませてくれるほどの男ですかしら? ふふ……、ふふふふ……、ふわーはっはっはっ! ――ッ!? げほっ、ごほっ」


 豪奢な園長室に、女の高笑い(?)する声が木霊した。

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