06 麒麟の従魔イエトオスト
「ふ、ふはは……ようやく追い詰めたぞ!」
「ひぃ、ひぃん。もう走れないのですよぉ」
逃げ出した麒麟に追いついた俺たちは、じわりじわりと距離を詰めていく。
「お前はそっちに回り込め!」
「ぜぇ、ぜぇ……、は、はいなのですぅ!」
泣き言を漏らすリコッタに指示をだした。
麒麟の退路を着実に塞いでいく。
「く、くそ! しつこい人間め!」
麒麟が空を駆けて逃げようとした。
「こいつめ! 逃げるな! いい加減に観念して、俺の従魔に――」
「そうはさせないわよ!」
空から勇者が降ってきた。
いままさに空中に逃げ出そうとしていた麒麟が、突如現れたペコリーノにドカンと蹴り飛ばされる。
「てぃや!」
「あうううっ!?」
麒麟の巨体がゴロゴロ地面を転がる。
「やっと追いついたわ! さぁ麒麟のあなた! 大人しくお縄につきなさい!」
「……うぅぅ。っぅ、痛ぃ……」
麒麟はダメージに呻いている。
結構効いているらしい。
もう追いついてきやがったかペコリーノのやつめ。しかし現れてすぐに蹴りつけるとは、なんて酷いことをする輩だろう。
「おい、ペコリーヌ! なんでも暴力で解決しようとするんじゃない、この暴力勇者め!」
「そうなのです! 乱暴が過ぎるのですよ! いきなりなんなのですか!」
リコッタと一緒になって激しく非難する。
ちょっと酷いことをしている自覚があるのだろう。
俺たちの剣幕にペコリーノがたじろぐ。
だが次の瞬間にはもう勇者は気を取り直して、そんなこと知るかとばかりに反論を始めた。
「ふ、ふん! 連れ戻せればそれでいいのよ!」
「んなわけあるか! こいつが可哀想だろうが! 開き直るなこの馬鹿女!」
「じゃ、じゃあ、どうすればいいって言うのよ!」
「愚か者め! ならば見せてやる。ビーストテイマーのスマートなやり方をな!」
手の平を上に向けて、後ろに伸ばす。
「……リコッタ! 最終手段だ!」
「はいなのです!」
その手にリコッタが、ポンと札束を置いた。
これは我がクラフトマン幻想動物園、なけなしの経営資金だ。
札束を受け取った俺は、蹲ったままの麒麟の下まで歩み寄っていく。
顔に優しい笑顔を貼り付けてだ。
なにせ俺は、そこの暴力勇者とはひと味もふた味も違うからな!
「おい、麒麟!」
「うぅ……。な、なんだ?」
――パァン!
顔を上げた麒麟の頬を、札束で叩いた。
「んなぁ!?」
ペコリーノが驚愕する。
――パァン! パン、パァァン!
右の頬、左の頬、そしてまた右の頬。
往復ビンタの要領で、何度も何度も麒麟の頬を叩く。
「ふは、ふはは! どうだ? 我が幻想動物園に来れば、この札束はお前のものだぞ?」
まぁ、あとでしっかりと巻き上げるがな。
くくく……。
麒麟は唖然としながら俺の顔を見上げている。
これはもう、あと一押しで堕ちるだろう。
再び札束ビンタを仕掛けようと手を振り上げる。
あっけにとられていたペコリーノが我に返った。
「ふ、ふざけんじゃないわよ! なにがスマートなやり方よ! そっちがその気なら、こっちにだって考えがあるんだからね!」
ペコリーノが腰のポーチから小瓶を取り出した。
「見なさい麒麟。これはエリクサー! そんなちんけな札束より、ずっと価値のあるものよ!」
「な、なに!? それを俺にくれるのか!?」
「あ、あなたにはあげないわよ! バッカじゃないの!? 麒麟にあげるって言ってるのよ!」
けち臭いやつめ。
しかし凄いもんをだしてきやがったな。
これに対抗するとなると……。
うぬぬ……。
「な、ならばこちらは……、こちらは3食昼寝付きに、ホワイトな職場と良好な人間関係と、うぬぬ……。ええい、リコッタ! なにか良い案はないか!」
「じゃ、じゃあ、わたしが毎日、麒麟さんの肩をお揉みするのですよ!」
「それだ! ナイスだ! それでいくぞ!」
ぎゃあぎゃあと喚き合う。
こちらが雇用条件をつり上げれば、ペコリーノは現物支給で対抗してくる。
ペコリーノがなにか言えば、こちらはリコッタのおもてなしサービスで対抗する。
俺たちの様子を呆然と見守っていた麒麟が、起き上がりぷるぷると震えだした。
「……うるさい。……うるさい、うるさいうるさい、うるさああああい!」
なんかキレている。
こらえ性のない若者みたいなやつだ。
麒麟の額から生えた見事な一本角から光が放たれた。
麒麟がびりびりと電流を纏い始める。
「うぉ!? な、なんかやばいぞ、リコッタ!」
「あわ、あわわわわ……。また雷がきます! 逃げるのですよ、フォルさま!」
麒麟の角がピカーッと輝いた。
ビカビカビカー!
ドンガラガッシャーン!
ズゴゴゴゴー!
幾筋もの激しい落雷が辺り一面に降り注ぐ。
「な、なんじゃこりゃー!?」
「ひ、ひぇぇぇ!? お助けなのですー!」
リコッタを小脇に抱えて逃げ惑う。
なんつーえげつない範囲攻撃だ。
さすがは霊獣麒麟である。
これは我が園に迎えた後も、キレさせないように注意しなければなるまい。
「はん、これしきの攻撃!」
見ればペコリーノは、襲い来る稲妻を手のひらで受け止めていた。
こいつも大概滅茶苦茶だ。
「やめろー! 落ち着くのだ、麒麟ーっ!」
視界を白く染めあげる稲光のなか、俺は叫びながら落雷から逃げ回り続けた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
地面からぷすぷすと、焼け焦げた土の匂いがする。
力を使い果たした麒麟は、ぜぇぜぇと息を荒くして疲労困憊だ。
目の前でガクッと後ろ脚をついて倒れた。
どうやらもう逃げる気力も残されていないらしい。
「気が済んだかしら? じゃあ大人しくお縄につきなさい」
「……くそぉ」
毒づく麒麟にペコリーノが歩み寄っていく。
「待て、お前! その麒麟は俺のものだと言っているだろう!」
「……ほんと、大概しつこいわねぇあなたも。この麒麟は王都商工会議所に連れ戻すの」
「知るかそんなこと! それは俺のものだ!」
女勇者と睨み合う。
ピリピリとした空気が流れた。
慌ててリコッタが割って入る。
「まま待って下さいなのです! じゃあ、麒麟さんに決めて貰うといいのです!」
「そんなわけには――」
「ほう! それはいいな!」
麒麟の目を見ればわかる。
これは俺のもとで働きたがっている雌の目だ。
「おい、お前! 商工会議所に戻るのと、うちの幻想動物園で働くのと、どっちがいいか選べ!」
麒麟が諦めたように目を伏せた。
「……どうしてこう、ままならないんだ。……僕は挑戦がしたいだけなのに」
地面を見ながら何かぶつぶつと呟いている。
もしかして我が幻想動物園の経営に不安を抱いているのか?
ならば安心させてやらねばなるまい。
「そう心配するな。我がクラフトマン幻想動物園の経営はまさに順風満帆。お前が心配するようなことなど何ひとつない!」
「……順風満帆。はぁぁ……」
「それよりも商工会議所よ。あなたはいままで通り、踏ん反り返ってお偉方に経営指南でもしていればいいの。一体なにが不満なのよ?」
安心させるほどに、麒麟の醸し出す雰囲気は暗くなっていく。
「それで結局、麒麟さんはどうするのですか?」
「仕方ない……。僕は――」
そのとき、王都中央警備隊の連中がやってきた。
ガヤガヤと粗野な声で騒いでいる。
ようやく追いついてきたか、とろくさいやつらめ。
「……あなたたち。随分と遅かったわねぇ」
「勇者さまが早過ぎるのですよ! それより、これはどういう状況なのですか?」
「へへへ、麒麟のやつ! へばってやがるぜ!」
「おう! ふん縛って王都まで連れて帰るぞ!」
警備隊の連中が麒麟に近づいていく。
だが俺はそんな男どもの前に立ち塞がった。
「待て。こいつは我がクラフトマン幻想動物園に連れて帰るのだ!」
「……ん? クラフト……? いま、クラフトマン幻想動物園と言ったか?」
警備隊のひとりが眉を顰めた。
かと思うとその男はすぐに頬を緩めて、俺を指差して大声で笑い始めた。
「はは! はははははは! こりゃ傑作だ!」
「お前! 何がおかしいのだ!」
「知ってるぞ。クラフトマン幻想動物園ってあれだろ? 王都の隅っこの潰れかけのあれ!」
麒麟の耳がぴくりと動いた。
警備隊の男は尚も嘲笑を続ける。
「先代園長がおっ死んでから、ますます経営が危ういらしいじゃないか! 最近遊びに行ったって同僚に感想を聞いたぞ? なんでも邪龍以外、見るものはなんにもないそうだな!」
「ぐぬぬぬぬ……。言わせておけば……」
「フォ、フォルさま、抑えるのですよ! どうどう」
麒麟が呟く。
「……潰れ……かけ? ……経営が、危うい?」
男の嘲笑に乗じて、警備隊の面々が次々と我がクラフトマン幻想動物園をけなし始めた。
「なんだぁ? 園長さまなんて言いながら、大したことないなぁ!」
「おい! 従業員に給料払えてるのかお前のところ!」
「なんならお前、王都中央警備隊で働くか? 面接にこいよ! 圧迫面接してやるから!」
お、おのれ……。
こいつら許すまじ!
「言わせておけば! お前らそこまで言ったのだ! 覚悟は出来ているのだろうな!」
腰の剣をシャキーンと引き抜いた。
「叩きのめしてやる! 下がっていろ、リコッタ!」
「ひ、ひぇぇ……。荒事は勘弁なのですよぉ」
一触即発の空気が流れる。
だが、地に伏せていた麒麟がばっと立ち上がった。
「待て! 待ってくれ!」
「なに!?」
憤る俺を止めたのは意外にも麒麟だった。
ぱぁっと晴れやかな表情で俺を見ている。
「そ、その幻想動物園は、もう経営が危ないんだな!?」
「なにを言っている! 我が園は安定――」
「げへへへ! そりゃ危ねえよ! もうじき潰れるんじゃねーかって噂だぜ!」
麒麟が「ぐおーっ!」と天に向かって咆哮を上げる。なんかめっちゃ嬉しそうだ。
「そ、そこに就職すれば、ぼ、冒険はあるのか!?」
「だから何を言っている! 我が園は――」
「ぎゃははは! そりゃ冒険も冒険! 寂れた幻想動物園に就職なんざ大冒険だぜ!」
麒麟が「ぐおおおおおおっ!」と、より一層の歓喜の咆哮を上げた。
「最高……、最ッ高だ! おいお前! 僕を、僕をその幻想動物園に連れて行ってくれ!」
「は、はぁ? ちょっと待ちなさいよ! あなたは商工会議所に――」
「なんか知らんが構わんぞ! なら麒麟よ! 我が従魔となれ!」
「なる! 僕はお前の従魔になるぞー!」
麒麟がはしゃいでいる。
急展開だ。
よくわからん話の流れから、麒麟が食いついて来やがった。
こいつはちょっと不安になるくらい情緒不安定な獣ではある。
だがやはり俺の目は正しかったということか。
さっきからこの麒麟、従魔になりたそうな目で俺のことを見てやがったからなぁ!
「ふはッ、ふはははは! よかろう! ならば契約だ!」
麒麟の額に手を伸ばす。
従魔契約の魔方陣が宙に現れた。
麒麟が瞳を閉じ、頭を垂れる。
「ま、待ちなさい! そうはさせないわよ!」
「リコッタ!」
「はいなのです! これでも、くらえっ……なのです!」
リコッタが連中に特製くしゃみ玉を投げつけた。
ペコリーノはくしゃみ玉を掴んで投げ返そうとしたが、それよりも速く、馬鹿な警備隊の男が剣でくしゃみ玉を薙ぎ払ってしまう。
「ちょっと、待ちなさい! けほ! けほっ、こほっ!」
「いまのうちなのですよ、フォルさま!」
「でかしたぞ、リコッタ!」
麒麟へと意識を集中する。
「おいお前。名前はあるのか?」
「僕の名はイエトオスト。霊獣麒麟だ! これからは『オスト』と呼んでくれ」
「よかろう、オスト! さぁ契約を受け入れるのだ!」
契約の光が激しく輝き、収束していく。
麒麟の胸元に従魔印が刻まれた。
目の前に現れたのはストライプのパンツスーツをぴしっと着こなした、褐色肌の美女。
白く輝く髪と額から生えた1本の角が印象的だ。
「……これから、よろしく頼む。僕の主よ」
美女が改めて頭を下げた。
こうして麒麟のオストは、俺の従魔となった。




