05 麒麟を見つけたが様子がおかしい。
「――ッ!? いたぞ! 麒麟だ!」
「はぁ、はぁ。ま、待って下さいなのですよぉ!」
やっと見つけた!
木々の合間を縫って、カッポカッポと歩く麒麟の後ろ姿が見えた。
遠目からでもはっきりとわかる。
かなりの巨体だ。
叫び声に気付いて、麒麟がこちらを振り返った。
「な、なんだお前たちは? 僕に何の用だ?」
そういえば麒麟は普通に人語を操れるんだったな。
麒麟との距離を1歩ずつ詰めていく。
俺は初めて生で拝む麒麟を、じっくりと観察した。
鹿とも馬とも思える立派な体躯に龍の顔。
これは展示映えするぞ。
迫力もあるしな。
だが今しがた麒麟から発せられた声色は、『僕』なんて言っている割に年若い女のものである。
「俺の名はフォルマッジョ・クラフトマン! 幻想動物園の園長さまだ!」
「……は、はぁ?」
麒麟は訝しげに首を傾げて、どこか軽い感じの声だ。
「お前たちは商工会議所の追っ手ではないのか? それでその園長さまが、どうした?」
目の前の霊獣が、俺とリコッタを交互に眺める。
先ほど俺がそうした様に、麒麟も俺たちを観察しているのだろう。
ふむ。
いきなり逃げ出したりはしないようだ。
どうやら話をするつもりはあるらしい。
それならばと、俺は単刀直入に用件を伝えることにした。
「おい、お前! 黙って俺の従魔になれ!」
「……いきなり随分な物言いだな。というよりも、従魔? 一体なんの話をしている?」
「俺はビーストテイマーだ。そしてこれからお前をテイムする」
麒麟が訝しげな態度を、より一層露わにする。
その表情は読めないが、おそらく今こいつは俺のことを警戒しているのだろう。
「……ビーストテイマーなんて言う割りに、従魔の1匹も連れていないようだが?」
「ふふん、お前の目は節穴か? リコッタ! この獣に、お前の山猫姿を見せてやれ!」
「は、はいなのです!」
リコッタがぽややんとその姿を山猫に変える。
さすがにこれには少し驚いたようで、麒麟は驚嘆の呟きを漏らした。
巨大な霊獣が興味をそそられたように頭を下げて、小さな山猫姿の彼女を不思議そうに眺める。
しばらくしてからリコッタは獣耳少女の姿に戻った。
「こんな感じで、フォルさまの従魔になると『人化』の能力が得られるのです」
「面白い。人化か。その能力を得て、人の姿で人の世に紛れて暮らすのも悪くはないが……」
……お?
なんか意外と好感触だぞ?
もっと難色を示されるかと思っていたが、案外今回のテイムはすんなりいくかもしれん。
よし、ここは押しどころだ。
「そうだろう、そうだろう! しかも今なら、好待遇でお前を園に受け入れてやるぞ?」
「……好待……なんだと?」
麒麟の目が鋭くなった。
「くくく。従魔となった暁には、お前も我がクラフトマン幻想動物園で働いてもらうことになる。だが、なぁに心配するな! うちの動物園の経営は非常に安定している! 宿舎完備で福利厚生もばっちり充実だ! 同僚になる従魔のみんなも、毎日笑顔で働いておるぞ!」
一気に捲したてる。
麒麟の目がますます鋭くなっていく。
「……安定した、経営……」
「そうだ! お前は今、路頭に迷っているのだろう? 給金も弾むぞ? しかもうちは至ってホワイトで、安心安全な職場だ!」
「……安心、安全……」
麒麟が黙り込んだ。
口を噤んだ麒麟の表情は厳しい。
その目をみて俺は確信した。
堕ちたな。
これはもう俺の従魔になることを受け入れた雌の目だ。
「ふはっ、ふはははははははは! さあ、契約を交わそうではないか!」
「――断るっ!」
「な、なぬっ!?」
馬鹿な!?
これほどの好条件の何が不満なのだ!
第一つい今しがた、あんなに熱烈な視線を俺に向けて、従魔になりたそうにしていたではないか!
「お、おいリコッタ! 聞き間違いか? 俺には『断る』と聞こえたぞ?」
「はいなのです、フォルさま。麒麟さんはたしかにそう言ったのですよー」
「な、なんだとぉ!?」
麒麟は大きな体をプルプルと震わせていた。次第に鼻息も、ふぅふぅと荒くなってきている。
「どいつも、こいつも……」
麒麟が堰を切ったように愚痴をこぼし始めた。
「安定、安心、安全! そんなのばっかりじゃないか! もうたくさんだ!」
額に青筋を立てて、どうやら相当堪っていたようだ。
「お、おい麒麟?」
「ど、どうしたのですか?」
麒麟がクワッと目を見開いた。
「いっつもそうだ! 商工会議所の連中め、ぶくぶくと肥え太った豚ばかりを僕の目の前に連れてきやがって! もうお前たち十分稼いだだろう! これ以上の富を欲してどうしようと言うのだ! 更に安全な儲け方なんぞ僕に求めるな! 大体人生に挑戦はつきものだろう! 波瀾万丈でこそ人の生は輝くし、それは霊獣だって同じなんだ! 同じなんだよ! あそこにいると生きながら腐っていくんだ! わかるかお前にこの感覚が! 挑戦のない一路順風、すべてがとんとん拍子な毎日! 永劫に続くかのように変哲のない、そんな怠惰とさえ思える日々のなかで自分が腐っていくんだ! 挑戦がしたい、挑戦がしたい! 僕は挑戦がしたいんだよぉ! 挑戦がッ、挑戦……うわあああああああん!」
目の前の獣が、唾を飛ばして叫びだしたかと思うと、今度はわんわんと泣き始めた。
というか、情緒不安定にもほどがあるだろう。
大丈夫か、こいつ?
一瞬やっぱり従魔にするの止めようかなぁ、なんて考えが浮かんだが、せっかくこんな僻地まで追いかけてきたんだ。
ともかくまずは宥めようと、麒麟に近づいてく。
「お、落ち着くのだお前。そ、そうだ、リコッタ! ザックから飴ちゃんを――」
「来るなああああああっ!」
天から稲妻が降ってきた。
俺と麒麟の間に落ちた極太の雷が、視界を明滅させる。
「うお!? な、ななな、なんだというのだ!?」
「フォ、フォルさま! 大丈夫なのですか!」
ぷすぷすと大地が焦げるにおい。
顔を上げれば、麒麟と目が合った。
麒麟は額の一本角に、チリチリと微弱な稲妻の残滓を纏わせている。
「――な、なんだ今のもの凄い音は!?」
「――落雷だ! こっちから聞こえてきたぞ!」
遠くでガヤガヤと騒ぐ声が聞こえた。
大勢の人間の気配がする。王都中央警備隊のやつらだ。
「くそ! アイツらもうこんなところまで追いついてきたのか!」
どうやらいまの轟音を聞きつけたようだ。
彼らの気配に気付いた麒麟が、さっと身を翻した。
俺は立ち去ろうとする後ろ姿を呼び止める。
「ま、待つのだ!」
「うわああ、うわあああああああん!」
情緒不安定な麒麟は泣き止まない。
静止の声を無視して、空中を蹴り、天に向かって駆け出していく。
「ちっ。追うぞ、リコッタ! ここまで来て、逃がしてたまるか!」
「は、はいなのです!」
巨躯が遠退いていく。
俺たちは大慌てで、麒麟の背中を追って駆けだした。




