02 飼料費だってバカにはならない。
「はぁ、はぁ。フォル、さま、これからっ、どうするのですか?」
大きなザックを背負ったリコッタが、息を弾ませながらついてくる。
ここは王都商工会議所のほど近く。
とある目的のため、俺はリコッタを連れて朝早くからこんな場所まで足を運んでいた。
「ふむ……。とにかくまずは聞き込みからだな」
俺たちが王都の中央くんだりまで来た理由。
それは商工会議所から逃げ出した霊獣麒麟の確保の為だ。
昨夜のドタバタに思いを馳せる――
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「な、ななな、なんなのだ! この大幅な赤字は!?」
リコッタが持ち帰った会計資料を、食い入るように見つめる。
「……あ、意識が遠く……」
「し、しっかりして下さいなのです!」
ふらついた俺を、リコッタが心配そうに支えた。
「ああ!? フォルさま、資料のここを見て下さい!」
リコッタの震える指先を目で追いかける。
「し、飼料費!? なぬぅ!? なんでそんなもんがこんなに高くなっているのだ!」
飼料費といえばエサ代だ。
それが膨大に膨れあがっている。
「こ、これは、なにかの間違いだろう!」
どう考えてもおかしい。
売上がアップしている以上に、エサ代なんぞが増えている。
あり得んだろう!
我がクラフトマン幻想動物園に、そんな大飯食らいはおらん。
「ええい、あの外部事務スタッフめ! 適当な資料を作りよってからに!」
ソファから腰を上げた。
あいつらには毎月、高いお金を払っているのだ。
いい加減な仕事をされては敵わない。
一言文句をいってやろうと、魔法電話へと近づき受話器に手を掛けた。
そのとき――
「あ!? そ、そういえば……」
リコッタがなにかを思いついたように、口に両手を当てた。
「……うん? どうしたのだリコッタ」
「い、いえ、気のせいかもしれないのですけど……」
「いいから言ってみろ! ほれ!」
「か、勘違いかもしれないのですよ? 勘違いかもしれないのですけど……」
リコッタがおずおずと話し出した内容はこうだ。
なんでもここ最近、モツァレラがエサをたんまり食べ過ぎて困ると、飼育員さんがこぼしているのを小耳に挟んだらしい。
与えても与えても、底なしのように食い漁るのだとか。
その話を聞いた俺は、ソファで4枚目の煎餅を囓っている邪龍幼女をジロリと睨む。
「……おい、モツァレラ」
「……な、なんなのじゃ?」
「いまの話は本当なのか?」
モツァレラがすぅっと目を逸らした。
どうやらリコッタの耳に入った噂は本当のようだ。
「こ、この! バカかお前は! そんなにばかすか食ってどうするのだこのバカ!」
「バカとはなんじゃ、バカとは! それより給金を寄越すのじゃ!」
「そんなものやるわけないだろうが、この愚か者め!」
「あ、お給金なら、わたしは従魔手当で毎月3000イエン頂いてるのですよー」
「こら、リコッタ! 余計なことは言わんでもいい!」
「なんじゃと!? おい、どういうことなのじゃお主! 従魔の依怙贔屓をするのかえ!」
こ、こいつめ……。
散々エサを食い散らかした挙げ句に給料まで寄越せとは、なんと態度の太い従魔だ。
ギャーギャーと喚きあう。
俺たちの醜い言い争いは、その後しばらく続いた。
「それで結局……」
ソファに深く腰を沈めながら、ため息を吐く。
「赤字を解消するには、こいつのエサ代をなんとかするしかない訳だ」
モツァレラを見た。
彼女は不満げな顔を隠そうともしない。
唇を尖らせて文句をつけてくる。
「ただ働きのうえご飯まで食わせぬとは、横暴なのじゃ! ブラックなのじゃ!」
「食わせんとはいってないだろうが!」
「フォルさま、フォルさま。ご飯の質を落とすのはどうなのです?」
「な、なぬ!? リコッタ、お主まで!?」
エサの質か。
そういやこいつ、いまどんなエサ食ってんだろう。
手元の資料に目を落とす。
「……おい、モツァレラ」
「な、なんじゃ?」
「……この『王国銘柄牛、特上1頭買い(A5)』ってなんだ?」
「し、知らんのう。なななんのことじゃ?」
俺は立ち上がり、くわっと目を見開いた。
同時にモツァレラのやつが、うっとたじろぐ。
「ふざけるなよお前! どうしてお前が、園長たるこの俺よりもいい飯を食っているのだ!」
「ま、まぁまぁ、フォルさま。抑えるのですよ、どうどう」
鼻息を荒くする俺をリコッタが宥める。
仁王立ちをした俺は、荒ぶる気持ちをなんとか鎮めてどかりと腰を下ろした。
「おい、リコッタ! コイツのエサの質を下げるぞ」
「はいなのです。こちらで手続きしておくのですよ」
「な、なんじゃと!? 契約違反なのじゃ! ブラック! ブラックなのじゃ!」
モツァレラが猛然と抗議をしてくるが、無視だ無視。
第一そんな契約を交わした覚えはないし、うちの職場は至ってホワイトだ。
「それで、どれくらいエサの質を下げれば、黒字に転じるのだ?」
「えっと……。ちょっと待って下さいなのです」
リコッタがタンタンと魔法電卓を叩く。
「ああ、それとこの機会に、他の経費も色々見直しちまおう。削れるものはあるのか?」
「……うーん。ちょっとわからないのです」
わからないか。
まぁ無理はない。
経費というものは複雑だ。
とにかく削ればいいというものではないことは、経営に疎い俺でも分かる。
とはいえ俺たちだけでは、どの経費を削れば効果的かわからない。
外部コンサルティングスタッフでも雇うか?
でもそれにしたって金がかかるしなぁ。
園内に、金勘定が得意な従業員の1人でもいればいいのだが……。
結局、いまの状況のなにが悪いって、我が園に経営管理をするプロがいないのが悪い。
本来であれば園長の俺がそれをすべきなのだろうが、無理なものは無理だ。
リコッタに本格的な経営の勉強をさせるか?
だが、ものになるまで時間が掛かるだろう。
そんなものを悠長に待っている余裕は、うちの園にはない。
「ぐぬぬ……。どうする、……どうすれば?」
頭を抱えた姿勢で、ソファに腰掛けて丸くなる。
「――あッ!?」
ピコンと閃いた。
「……おい、リコッタ。ニュースでやっていた霊獣麒麟だ」
「麒麟さん? すごいのですよね。なんでも経営分析のエキスパートなだけじゃなくて、王商簿記1級から果ては王認会計士や税理士の資格まで持っているらしいのですよ!」
「ほう。展示スタッフとしても役立つだろうし、なら一石二鳥ではないか。くくく……」
「はえ? それで、その麒麟さんが、どうしたのですか?」
ここまで言ってもわからんか。
まったくオツムの弱い従魔だ。
俺は悲しいぞ。
仕方がないので教えてやろう。
「その麒麟さん。……攫いにいくぞ」
「はいなので――はぃぃっ!?」
リコッタの声がひっくり返った。
「そいつかっ攫って従魔にしちまおう。ふは、これはいいアイデアだ! ふは、ふははは!」
「ええええええええ!?」
リコッタが目をまん丸に見開いている。
あたま大丈夫かコイツ、マジモンのバカじゃねぇのって顔だ。
「む、無理なのですよ、フォルさまぁ!? そんなことしたら、商工会議所さんがカンカンになるのです!」
「ええい、お前は黙って従っておればいいのだ!」
高笑いする俺と、おたおたし始めるリコッタ。
モツァレラは話についてこられずに、きょとんとしながら煎餅を齧っている。
「よし、リコッタ! 明日の朝一番で、麒麟を捕まえにいくぞ! 準備をするのだ!」
「は、はいなのです!」
「妾も! 妾もいくのじゃ!」
「お前がいなくなったら来園者の足が鈍るだろう! 居残りだ。邪龍舎に缶詰していろ!」
こうして俺たちの、『麒麟テイム大作戦』が決行される運びと相成った。




