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slapstick fantasy ~王都外れの幻想動物園~  作者: 猫正宗
第2章 麒麟さんを捕まえて経営アドバイザーにしよう!
10/31

01 黒字にならない!

『……昨夜未明、麒麟さんが逃げ出したとの通報がありました。こちら、王都商工会議所からの中継です』


 麗らかな陽気の昼下がり。

 園長室の片隅に据え付けられた、四角い箱形の魔法テレビから音声が流れてくる。


 つぎはぎだらけのソファに背をもたれかけたまま、俺はなんとなしにニュース画面を眺めていた。


「フォルさま。お茶をお淹れしたのです」

「うむ。では煎餅も持ってくるのだ」

「はいなのですー」


 山猫少女のリコッタがトテテと小走りで、棚から煎餅を持ってきた。


 リコッタはそのままちゃっかり俺の隣に腰を下ろして、持ってきた煎餅を囓り始める。


「あ、こらお前! それは俺の煎餅だぞ」

「ちょっとだけなのです。……うまうま」

「ちっ、仕方ない。……1枚だけだからな」


 今日も、普段と何にも変わらない一日だ。


 邪龍のモツァレラを展示することで客足は増えたといえど、それでいきなり経営難が全部解消するなんてことはなく、我がクラフトマン幻想動物園は相変わらずの閑古鳥。


 金もなければ、急ぎの仕事もない。

 俺とリコッタは2人して、のんびりと昼下がりの休憩を楽しんでいた。


 暇つぶしに、テレビのダイヤルをガチャガチャと回す。


『……逃げ出した麒麟さんは、王都でも有数の経営アドバイザーとして知られており――』

『……こちら商工会議所から少し離れた住宅街では――』

『……逃走した麒麟さんの目撃情報は少なく――』


 テレビはどのチャンネルも、さっきから同じニュースばかりが流れている。

 チャンネルいじりをやめた。


 暖かいお茶を啜りながら呆ける。

 するとリコッタが、不意に話し掛けてきた。


「フォルさま、フォルさま。この逃げた麒麟さんって凄いらしいのですよー」

「うん? なにがどう凄いのだ?」

「なんでも会計全般や経営コンサルティング、果ては税務にまで通じる組織マネジメントのスペシャルアドバイザーさんらしいのです!」

「……はぁ?」


 いきなりなにを言い出すのだコイツは。

 オツムが弱いことは知っていたが、まさかここまでとは……。

 ちょっと不安になってしまうレベルだぞ。


「……というか麒麟だろう?」


 麒麟といえばあれだ。首がニョキニョキと長くて、体は黄色とか茶色っぽいあれ。

 あんなのがどうやって、組織を運営するためのアドバイスをするというのか。


「はい、麒麟さんなのです。……って、ああ! 違うのです違うのです」


 リコッタが両手をわたわたと、顔の前で振る。


「麒麟さんといっても首のながぁいのではなくて、霊獣のほうの麒麟さんなのですよ」

「うん? ああ、あれかぁ」


 霊獣麒麟。

 それは獣類の長とされる幻獣だ。


 鹿や馬に似た体躯で、背丈は象のように大きく、龍みたいな顔をして、額に一本角を生やしている。

 伝説にまで謳われるその霊獣は、邪龍と比較しても遜色のない……どころか、ひとつ飛び抜けてレアな獣だ。


「……そんなものを囲っていたのか、商工会議所のヤツらは」

「はいなのです。結構有名な話なのですよ。麒麟さんは人語も操れますし、商工会議所でも特別な会員の方向けに、麒麟さんの経営相談会なんかを開いていたみたいなのです」


 特別な会員ねぇ……。

 ま、ウチには関係のない話だ。

 お茶を一息に飲み干して、バネのへたったソファから立ち上がる。


「さぁ、もう休憩は終わりだ。ほらリコッタ! お前もさっさと山猫姿になって、午後の展示にいってくるのだ!」

「はいなのです。午後もお仕事頑張るのですよー!」


 リコッタが湯飲みを片付けて園長室を後にした。

 俺はその後ろ姿を見送ってから、園内の視察に出掛ける。


『……目下、麒麟さんの捜索には王都中央警備隊があたっており――』


 誰も居なくなった園長室では、魔法テレビからニュースが流れ続けていた。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 本日の業務もすべて終わって閉園後。

 俺は園長室のソファに腰掛けて、ここ最近の来園者数の資料に目を通していた。


「……ふふ、ふふふ」


 思わず笑い声がこぼれてしまう。

 来園者の数が、思った通り順調に増えているのだ。


 やはり邪龍効果がデカい。

 モツァレラのやつを捕まえてきて展示してからというもの、目に見えて客足が伸びている。


(これはもしかすると……)


 今月は黒字になるかもしれない。

 そうなれば俺の園長就任以来、初の快挙となる。


「ふは、ふはははははははは!」


 笑いが止まらん。

 手に持った琥珀色の麦酒を煽る。

 ゴクゴクと喉を鳴らして胃に流し込み、けぷぅと息を吐いてからまた高笑いをした。

 仕事後のエールがたまらなく美味い。


「ええい、リコッタはまだか! はやく会計資料を持ってくるのだ!」


 リコッタはいま、外注の事務スタッフのところまで今月の会計資料を取りに行かせている。

 園長室の扉が勢いよく開かれた。


「リコッタ、遅いぞ!」

「……ん? なんじゃ?」


 顔を見せたのは、邪龍幼女のモツァレラだった。

 モツァレラは部屋に入ってくるなりどかっとソファに座り、好き勝手に俺の煎餅を食い始める。


「はぁ……。今日も疲れたのじゃあ。あ、お茶も貰うぞえ」

「おい、お前。それは俺の煎餅だぞ!」

「いいではないか、別に減るもんでもなし」

「それもそうか。……って、思いっきり減るわ、この馬鹿者!」


 着物姿のモツァレラは「ふんふんふーん」と鼻歌なんか歌っている。

 お茶を飲みながら、俺のつける文句なんてどこ吹く風とばかりに右から左へと流す。


「煎餅ごときでけち臭い男じゃのう。妾のおかげで売上げも大幅アップしとるじゃろうに」


 ぐっ。

 確かにそれを言われると弱い。


「……仕方ない。1枚だけだぞ」

「ふん、3枚よこすのじゃ」

「ダメだ」


 即座に却下すると、モツァレラのヤツはぶちぶちと文句を垂れ始めた。


「ほんにけち臭い男なのじゃ。こんなブラックな職場環境でも、文句も言わずに働いてやっておるというのに……」

「なにがブラックだ! 3食昼寝付きのホワイトな職場だろうが!」

「どこがホワイトじゃ! 休みは週に1回の休園日のみ! 確かに食事はついておるが、給金のひとつも支払われぬではないか!」


 小生意気な。

 確かに俺は給料を支払ってはいない。

 というかぶっちゃけ、コイツにやらせていることはただ働きだ。

 そこに気付くとは、この邪龍なかなか侮れんぞ。


「給金をよこすのじゃ!」

「却下だ、却下!」

「酷いのじゃ! 横暴なのじゃ! 労働基準法違反なのじゃ!」

「……く、こいつどこでそんな知識を……」


 俺もいまや冒険者を引退し、一介の経営者だ。

 法律を持ち出されては弱い。


「労働組合を立ち上げるのじゃ!」


 モツァレラはどんどんヒートアップしていく。

 さて、どうするか……。


 実はリコッタには給金を与えている。

 毎月3000イエンの従魔手当だ。


 これは長年あいつが俺の従魔を勤めてきたことに対する手当みたいなもんだから、新顔のモツァレラに同じ手当をつけてやるのは、まだ時期尚早と考えていた。

 だがこいつが、我が動物園で一番の稼ぎ頭であることは事実だ。


 ……仕方あるまい。

 1000イエンで手打ちだ。

 腹に据えかねることではあるが、こいつにも従魔手当をつけてやろう。


「なんとか言ったらどうなのじゃ! ほれ、お主! ブラック経営者! ほれほれ!」

「……くっ、よかろ――」


 ――バタン!


 重い口を開こうとしたとき、園長室の扉が再び開かれた。

 慌てて飛び込んで来たのは、さっきから帰りを待っていた山猫少女のリコッタだ。


「たたたた、大変なのです、フォルさま!」

「どうした!? 落ち着けリコッタ!」

「あわ、あわわわわッ! たたたたた、大変なのです!」


 よほど慌てているのだろう。

 会計資料を貰えなかったのか?

 もう出来ているはずなんだが。


 俺の心配をよそに、リコッタはぶるぶると震える指先で、手に持った書類を俺に手渡してくる。


「ん? 資料は貰えているではないか。ご苦労! ふふん、大幅黒字だったりしたら――」

「そそそ、それどころではないのです!」


 モツァレラは煎餅を齧りながら、きょとんとしている。

 そんな彼女には見向きもせずに、リコッタは震える指で会計資料から、ある一点を指し示した。


「あ、あか、赤字なのです! 大幅赤字なのですよ、フォルさまあああ?」

「な!? 大幅赤っ……!? な、なんだとぉ!? そんなわけあるかあああ!?」


 慌てて資料に目を通す。

 たしかに赤字が出ている。


 なぜだ!?

 来園者数はメキメキ増えているんだぞ!?


 だが何度確認し直してみても、資料の内容は変わらない。


「ふ、ふええッ、ふええええええええええっ!」

「な、ななな、なんじゃこりゃああああああ!」


 狭い園長室に俺とリコッタの絶叫が木霊した。

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