迷子になったので人間に雇われました
《とある手紙の一通目》
同族の皆さん、今日は何処にいらっしゃるのでしょうか。いや、多分皆さんは同じ処に居るのでしょう。
不思議なもので、この世にヴァンパイアとして生まれ落ちて数百年、なぜか皆さんの処からはぐれてしまうこの体質。今では皆さんとより、他種族と過ごした月日の方が長くなってしまいました。
また迷いに迷って、ついには路銀も尽き果て、腹も空かせて、周りには生き物はいるがあれの生き血を啜るくらいなら死ぬが本望という状態までになりました。
どうしたらいいのか、と思いながらふらふら彷徨う内に、少し寂れた街道に出ると、憐れにも野盗に襲われる馬車一つを見つけまして。いくら空腹とは言え人間、それも訓練も受けていないような者共程度でしたらどうとでもできます。
人生最期を人助けで終わらせるのも一興。本音を言いますとそれなりに仕立ての良い馬車ですから、助けた恩として生き血を啜るくらい許してくれたら嬉しいと言う打算で野盗共を追い払いまして。
予想通り大変感謝され、気が付けば私、人間の貴族に雇われておりました。
《とある手紙の二通目》
前回のお手紙のあと、どれ程の時間を人間に雇われて過ごしたでしょうか。そう長くない時間です。我々にとっても、人間にとっても。
私を雇った貴族は地方貴族のようでして、遠い遠い昔の先祖が王族の一人だったという、それだけの貴族でした。
仕事の内容は一人娘の面倒を見る、ただそれだけのことでした。
私のことをヴァンパイアだと気付いているのかいないのかは定かではありませんが、どうやら路銀が尽き果てた憐れな旅人だと思ったようです。あながち間違いではない所が悲しいところではありますが。
本来ならば屋敷の人間だけで事足りるそれを、わざわざ恩人であるからと雇い入れて仕事を与えてくれたようです。
本来ならばヴァンパイアよりもずっと下等な生物、と言うかただの食料の一種族に雇われると言うのは中々奇妙な経験。一生に一度くらいこんなことがあってもいいかと今の状況に甘んじている次第であります。
《とある手紙の三通目》
クソガキが全身の血を啜り尽くしてやろうか。
《とある手紙の四通目》
すみません、何かの手違いで前回の手紙は殊更短く、かつ見苦しいものをお送りしてしまったようです。どうぞ燃やして灰にしてやってくだい。
この屋敷に来て五年目、我々にとっては瞬きのように短い時間ではありますが、彼らにとっては少し長い時間に感じるようです。
今日は旦那様に書斎に呼ばれて、ともにお茶を飲みながら出会ったばかりの頃のことを語り合っておりました。
どうやら旦那様は私がヴァンパイアだと、しばらくの間気付いてはいなかったようです。むしろここ最近になってようやく気付かれたとのこと。
いくらなんでもそれは冗談がすぎるとお思いでしょう?私もそう思いましたとも。しかしどうやら本当らしく、人間は斯くも愚鈍なものなのかと唖然と致しました。
実際はこの家の人間が鈍すぎるだけなのですが。
どうやら旦那様は私を拾った時、いささか奔放すぎるお嬢様を押し付ける相手ができたと内心大層喜んだそうです。恩人相手になんて人間なんでしょうね。
それが最近になって相手がヴァンパイアと分かり、さすがにこのままではいけないと思われたそうです。
普通ならそれで解雇なり討伐なりなんなりあるのでしょうが、なぜか提示されたのはお嬢様との結婚でした。
相手はまだ十歳なんですが。
《とある手紙の五通目》
前回の手紙にあったお嬢様との結婚ですが、断ったにも関わらずなぜか保留とされてしまいました。普通一人娘をヴァンパイアにそこまでして差し出すものなのでしょうか。正直私の知る常識からはいささか外れた行為に感じます。
いつものことではありますが。
さて、今日はお嬢様の十一歳の誕生日を記念して、ささやかながら屋敷でパーティーが執り行われました。
とは言いましても地方の地方、田舎もいいところの我が屋敷でございますから、お集まりになるのはこの辺り一体の有力者たちに限られます。
それでもお嬢様は嬉しかったようで、新しく仕立てたドレスを何度も何度も見せに私の所へと駆け寄って下さいました。
最初の頃の奔放さも、今では許容範囲内となり、可愛らしいものとなったものです。
今日の昼など、私が十七の結婚出来る年になったら、お嫁さんにしてねなどと言い出しまして。いやはや、女の子の成長とは早いものです。
《とある手紙の六通目》
そろそろそちらへ帰るべく、また旅に出ようかと思います。
思い起こせば十年、まるで人間のようにこの土地で、この屋敷で過ごして参りました。それこそ人間の真似事のように食料を旦那様、奥様、お嬢様とお呼びしたのも大変物珍しい経験となりました。
いつもならばお嬢様の生き血を啜るくらいしてから旅立つのですが、やはり遊びは最後まで拘り抜いてこそ。
今回は主人達の血は啜らずに旅立とうと思います。
あぁ、迎えは結構でございます。今度こそ自力でそちらに戻ろうと思います。
《とある手紙の七通目》
おかしいですね、また迷ってしまったようです。
《とある手紙の八通目》
同族の皆さん、今日は何処にいらっしゃるのでしょうか。いや、多分皆さんは同じ処に居るのでしょう。
不思議なもので、この世にヴァンパイアとして生まれ落ちて数百年、なぜか皆さんの処からはぐれてしまうこの体質。今では皆さんとより、他種族と過ごした月日の方が長くなってしまいました。
また迷いに迷って、ついには路銀も尽き果て、腹も空かせて、周りには生き物はいるがあれの生き血を啜るくらいなら死ぬが本望という状態までになりました。
どうしたらいいのか、と思いながらふらふら彷徨う内に、少し寂れた街道に出ると、憐れにも野盗に襲われる馬車一つを見つけまして。いくら空腹とは言え人間、それも訓練も受けていないような者共程度でしたらどうとでもできます。
人生最期を人助けで終わらせるのも一興。本音を言いますとそれなりに仕立ての良い馬車ですから、助けた恩として生き血を啜るくらい許してくれたら嬉しいと言う打算で野盗共を追い払いまして。
おかしいですね、なんでしょうねこのデジャブ。
首を傾げておりましたら、なんと数年前に旅立ったあのお屋敷の馬車でございました。
乗っていたのは妙齢のお嬢さん。こんな方あの屋敷にいらっしゃいましたかね?
疑問を投げかければぴしゃりと頬を叩かれまして。なんと麗しき見た目のお嬢さんは、奔放で手のかかるあのお嬢様でございました。
《とある手紙の九通目》
なぜかまた戻って参りましたお屋敷にて、また人間の真似事をしております。
それも今度はお嬢様の夫として……。
なにがどうなっているのでしょうね?
お嬢様に「私を修道女にでもするつもりか!」と叱責されましては、断ることもままならず。
うん百歳の年の差結婚と相成りました。
あ、結婚式には遠いのでお越し頂かなくて結構でございます。
《とある手紙の十通目》
ヴァンパイアと人間の間にも子供はできるものなのですね。赤子などうるさいだけだと思っておりましたが……悪いものでもないようです。
《とある手紙の十一通目》
旦那様と奥様が、立て続けに天に召されました。
きっとあちらの世で変わらず仲睦まじく過ごされているのでしょう。
《とある手紙の十二通目》
私達の子供ももう結婚できる年齢となりました。
屋敷のことは子供たちに任せて、妻とゆっくり世界を見て回ろうと思います。
まだしばらくそちらに帰れそうにはありませんが、どうぞお許しください。
《とある手紙の十三通目》
親愛なる同族の皆様。
妻を追います。
ふ、と同族の気配がこの世から消えたのは、もう随分と前だ。
それを確信とすべく届けられた手紙の内容にそっと溜息をつく。
我らヴァンパイアの、その中でも尊い純血の一族、その僅かな生き残り。
それも始祖の息子として生を受けた彼は、失うには余りにも大きすぎてしまった。
こんなことなら好きにさせずに、さっさと首根っこ引っ掴んで連れ戻せばよかったのだ。そうは思うが、きっとこんな結末を知っていてもできなかっただろう。
そんな気がした。
やれやれ、と頭を振って最後のそれごと、まとめて全ての手紙を暖炉に放り込む。
だからあれほど言ったのに。
人間を食料としてしか見てはいけないよ、と。