-7 『チャンスは逃さない』
うろこのような赤色の皮膚。黄色い目、蛇とよく似た縦長の瞳孔。
大きな薄羽を羽ばたかせ、鋭い銀色の牙の間から吐息のように炎がくすぶる。
おそらく体長は三メートル以上だろうか。
その生き物は、圧巻の迫力を見せ付けながら俺たちを見下していた。
――ドラゴン。
ミュンが言ったとおり、そいつはまさしく俺もファンタジーな漫画やアニメでよく知っている強そうな翼竜であった。
俺の世界のゲームだとある程度物語を進めてから出会うような化け物だ。新生活を始めたばかりのひよっ子がいきなりエンカウントしていい代物ではない。
「おいおい、なんだよこれ。強くてニューゲームかと思ったら、敵も強そうじゃねえか」
見上げたそのドラゴンをアナライズで見てみる。
『HP 10』
攻撃力 250
防御力 300』
やっぱりHP上限は10なのか。
強そうだが、10のせいで強いのか弱いのかわかりづらい。
『力ヲ感ジル……強大ナ、チカラ……』
赤色の竜が、唸るような声を放つ。
地鳴りのようだが、言葉なのだとかすかにわかる。
「人語を解する竜。相当な実力を持っているモンスターのようだ。まさか、不穏の正体はこいつか!」
マルコムが剣を抜き、構える。
嘘出鱈目で言ったはずの俺の言葉が真になってしまったようだ。
だが、これはこれで好都合なのかもしれない。
ヴェーナが魔王見習いであることを隠してこの状況をうやむやにできる。
「こ、こいつだ。間違いない。勇者さん、こいつだよ」
「ああ、そのようだな。これほどのドラゴン、人里に下りればどれほどの被害が出るか」
深刻そうにマルコムが息を呑む。
『チカラヲ……寄越セ……』
「私の力を欲するか。だが私は勇者。お前が何者であろうとできぬ相談だ。欲するのならば、まずは私を倒してみることだな」
『ホウ……貴様ゴトキが我ニ勝ツツモリカ……』
「確かに私とお前では遥かにお前の方が強いかもしれない。だが、退けん。いたいけな民たちを守るためならばこの命すら投げ出す覚悟。今このとき、少女二人とその他一名を助けるのが私の役目である。勇者とは、そう、退かぬ心だ!」
――なんか格好いいこと言ってる!
と傍から俺はぼうっと眺める。
まるでマルコムの方が物語の主人公みたいだ。
その他一人、と謎に割愛されたのは少し気に食わないが。
だがこれなら勝てそうだ。
勇者と名乗っているくらいなのだし、秘策、何か特別な力があるのだろう。
自信満々に相対するマルコムは、剣を構え、一息を吐く。
「いざっ!」
そう意気込んで、中空に漂うドラゴンへと駆け出して跳びあがり、切りかかろうとした瞬間、
「フゲェッ!」
ドラゴンの尻尾に羽虫を払うように薙ぎ払われ、マルコムはあっという間に岩肌へと叩きつけられてしまった。
『ダメージ8』
――あっさり返り討ちじゃねえか!
しかも瀕死である。
土煙を巻き上げて地面に打ち付けられたマルコムは、イケメン顔が台無しなほど、鼻から大量の血を流していた。口許から顎にかけて富士山のように血が広がっている。
「うわあ。顔面からやられてたからなあ……」
格好つけたわりにあっけなさ過ぎて、焚きつけた俺も申し訳なくなってくる。
『クダラヌ……』
ドラゴンの視線が、ヴェーナやミュンもいる中で、今度は俺へと向けられる。
力を寄越せと言っていた。どうやら本命は俺のようだ。
もしかするとヴェーナと同じように、俺を倒すことで経験値を得ようとしているのかもしれない。
「俺の力なら簡単に倒せるんだろうけど――」
ふと、腰を抜かしたままでいるミュンや情けなく倒れたマルコムを一瞥する。
せっかくこのドラゴンが不穏の原因だとなすりつけたのに、俺がそれ以上の力を出してしまっては意味がなくなってしまう。
マルコムに最強の力のことを問いただされかねないし、それで根本の原因であるヴェーナが魔王見習いであることがバレる可能性だってある。
できるだけ粛々と解決したいものだ。
「ヴェーナ」
「なによ。あたしとやる気になったの?」
「こんな状況でなるか馬鹿!」
「じゃあなにさ」
気さくに声をかけられて、ヴェーナが不機嫌そうに返してくる。
「できるだけ騒ぎ立てずに地味に倒したい。俺がみんなの注目をひきつけてる間にこっそり攻撃してくれないか。得意だろ、そういうの」
さっきから隙あらば俺の命を狙ってきているくらいだ。
実際、今も彼女の後ろ手には釘つき棍棒が握られていて、俺への殺意に溢れている様子だった。さすがに気付かれたと察したのか諦めたようだが。
「あたしが攻撃? あのドラゴンに?」
「そう。こっそりと、目立たないようにな」
無理を承知で頼み込んでみる。
だが使役されるのが癪に障るのか、怪訝に眉をひそめられた。
「なんであたしがそんなことを。あんたがさっとやっちゃえばいいじゃない」
「うるせえ! いろいろと事情があるんだよ!」
主にヴェーナの命を守るという、俺の命を守るための事情が。
なおも不満そうな彼女に、俺は更に言葉を付け加える。
「やってくれたら、俺を殺すチャンスをあたえてやろう」
「やるわ!」
即答だった。
薄情な奴め。
何も考えずに言ってしまったが失敗だっただろうか。
ヴェーナの表情が気前よく明らみ、引き締まる。
「よし。こいや、ドラゴン!」
俺が目立つように叫んだと同時に、ヴェーナは足音を忍ばせて離れていった。