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 -5 『それでも俺はスローライフがしたい』

「私の名前はミュン・リリーテナといいます。実家が冒険者の家系で、かつては百年前に世界を恐怖の淵へ陥れていた魔王を撃退したと伝えられている、名門リリーテナ家の長女です」


 ごつごつとした固い岩肌の上に、短いスカートで正座までして、その助け出した女の子――ミュンは快活にそう言った。


 出で立ちはやや軽装すぎるようには見えるがおそらく彼女も冒険者なのだろう。しかし年齢的にも幼く、華奢な体からとても腕っ節が立つようには見えない。


「俺はエイタ。それで、責任ってどういうことだ?」


 勝手にあの巨大な長剣を使ったことは悪かったかもしれないが、それで結婚を前提に弟子入りとは意味不明すぎる。


 長剣自体、少女の背負った鞘に戻って普通のままだ。歯が欠けてもいない。


「それがですね、この怪剣『クレスレブ』は相当な実力者にしか心を開かず、その鞘から己を引き抜かせないんです。今でも尊敬している私のおじい様の愛剣でしたが、亡くなってからは、誰一人として認められず、引き抜けていませんでした」


「剣が人を選ぶのか?」

「そうです。並大抵の人間には抜けず、それを扱えたのならば、その人は間違いなくクレスレブに認められた相当な実力を持った者ということなのです」


 なるほど。

 俺の勝手に与えられた最強ステータスのおかげか。


 勇者にしか引き抜けない聖剣みたいで格好いいじゃないか、と少し気分はいい。


「でも、それと責任に何の関係が」

「実はこのクレスレブ、一度持ち主を決めると、その人が死ぬまで所有者を固定させてしまうんです」

「え、それって……」

「つまり、『呪い』……ですね。それも厄介なことに、嫉妬深い子でして」


 また更に謎の言葉が続く。

 首をかしげる俺に、ミュンは懐に忍ばせていた短剣を差し出した。


「これを握ってみてください」

「お、おう……うわっ!」


 柄を握った瞬間、ミュンの背負ったクレスレブが震えだし、勢いよく勝手に抜き放たれた。魔法のように宙に浮くと、刃の先を俺に向け、この至近距離を目にも止まらぬ速さで迫ってきたのだった。


 俊敏値が高いおかげで咄嗟に白刃取りのように掴んで受け止められたが、あわや顔面を貫かれんばかりの勢いだった。


 肝を冷やす思いに背筋から汗が垂れ流れる。いま、生きていることに感謝したくなった。


「いまのは『この馬鹿、なに勝手に他の武器に浮気してんのよ』とクレスレブが怒っている表現ですね」


 あっけらかんと微笑んでミュンは言う。


 いや、俺死に掛けたんだけど、というのは野暮かと思ってしまうほど爽やかな笑みだ。


 しかも剣が怒るとはいったい。


「もしかして装着したら外せない的なあれか?!」

「ですね。自分を差し置いて他の武器を使うことが許せないという子なので」


 嫉妬深いってそういうことか。


 他の武器が使えないなんて不便そうだ。

 くそう、鑑定しておけばよかった。そんなスキル、あるのかわからないけど。


「私はこの剣を扱える人を探して旅をしていたんです。その人に弟子入りし、強くなり、すっかり落ちてしまったリリーテナの名をもう一度世界に轟かせるのが夢なんです!」

「な、なるほど」


「その剣は大事な家宝なんです」

「そうみたいだな」

「でも、もうエイタさんを選んだせいで離れてくれません」

「……みたいだな」


 にっこりと、ミュンは頬をかすかに赤らめる。


「責任、とってくださいね」


 なんとも押し付けられた感があるのはなんだろうか。


「ご安心ください。私、こう見えても炊事洗濯には自信があります。いつこの時が来てもいいようにそればかりずっと磨いてきましたから」

「いや、冒険者の腕を磨こうよ」


 俺の突っ込みは聞こえていないようで、ミュンは目を輝かせた風に話している。


「おはようからおやすみまで、なんでも承ります。理想の奥さんになりますよ」


 そう言ってくれるのは一見すると最高に良いことだ。

 ミュンはまだ幼さこそあるが、整った顔立ちで可愛らしい。まだ女性的なふくらみなどは少ないが、将来は美人に育つことだろう。


 それだけで勝ち組。なんの苦労もせずに得られるには十分すぎる幸せだ。


 だが、ちょっと待って欲しい。


 俺が欲しいと願っていたのはなんだったのか。


 そう、それはスローライフだ。


 社畜としてこき使われ、なんの幸せも得られないまま事故によって理不尽に終わらされた人生。そのセカンドライフとして、この与えられた最強の力で、なんの苦労もせずこの異世界生活を満喫したいのだ。


 言ってしまえば、これは老後なのだ。

 縁側で茶をすすりながら年金暮らしのように、俺はほのぼのと生きたいのだ!


 だがもしミュンを受け入れるとしたら、俺は彼女の家名を引き継がなきゃいけないし、なにより俺が働いて彼女や一家を養わなくてはいけなくなる。


『結婚とは墓場だ』


 俺の同級生が、同窓会で酒を飲みながら愚痴っていたのを思い出す。

 自分の時間をなくし、家族のために命を削って働くようになったそのつらさを、彼は涙ながらに語っていた。


 なればこそ、俺は俺らしく、自分のために生きようと心に決めたのだ。


「こんな可愛い子にそう言ってもらうのは嬉しいけど……」


 そうやんわりと断ろうとすると、明るかったミュンの表情がしゅんと暗くすぼまっていくのがわかった。

 まるでいたいけな子犬のように目をウルウルさせはじめる。


 やめろ。

 ペットショップで引き止めてくるようなそのつぶらな目をやめろ!


 断ることに罪悪感を覚えてしまう。


 とりあえず適当なことを言ってお茶を濁しておこう、と俺が思った矢先のことだった。


「誰だ、女性を泣かしている悪漢は!」


 野太い声が響き渡り、突然に俺たちの会話を割いていった。


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