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1-1 『こんにちは、異世界』

基本的に、1日1回を目標に更新する予定です。

文量は日によってまちまちですが、のんびり、ごゆるりとお付き合いください。

 俺の名前は田口エイタ。


 地元のそこそこ名のある国公立大学を卒業して社会人となってから三年。大手企業の下請けの会社に入り、ひたすら社会のために貢献してきた。


 急な案件で休みが潰れることなんて少なくもなく、残業なんて当たり前。それに疑問を呈する人たちは社内でも多いが、声を上げても環境が変わる気配などまったくない。


 消耗品の歯車のように馬車馬のごとく働かされる。

 溜まっていくのは疲労と少ない貯金ばかりだった。


 こんな生活、いつまで続くのだろう。


 寿命が尽きるまで絶え間なく無限に続きそうな毎日。

 けれどその轍から脱却する気力も湧きあがらず、流されるままに日々を送り続けている。


 プロアスリート。芸能人。芸術家。

 そんな一般とは逸脱した職業に憧れたことなど何度もある。


 なれるものならなっていた。

 だが俺にはそんな才能なんてなかった。


 結局、凡人には凡人の生き方しかない。


 こんな人生、糞食らえだ。


 今日も今日とて出勤しなくてはならない。

 まだ四時間も寝てないのに、朝早く起きて、通勤ラッシュの人混みに呑まれながら会社へ向かう。


 夏の炎天下での出勤はまさに地獄だ。

 クールビスでシャツでこそいいものの、白地は汗の跡がくっきりと出て不恰好だし、スーツパンツは汗でふくらはぎに張り付く。


 次第に高くなり昇りはじめる日差しの下で待つ信号は、横断歩道の先が陽炎のように揺らめいて見えた。


 また、大変な一日が始める。

 変わり映えのしない一日が。


「あぶない!」


 ぼうっとしていたせいで、誰かがそう叫んだことに俺は気付けなかった。


 気が付くと、猛スピードのトラックが俺のいる交差点へと突っ込んできた。近くにいた人たちは咄嗟に逃げたようだが、疲れからか反応が遅れてしまった俺は、足をとられて逃げ遅れた。


 やばい。

 そう思った瞬間には、激しい衝突の痛みが襲っていた。


 体が非力にも宙を舞う。


 飛ばされる俺を見て驚愕の色を浮かべる周りの人たちの顔が、まるでスローモーションのように見えた。


 俺は死ぬのだろうか。


 イヤに冷静で、心が冷めたように何の感覚も無くなっていた。


 今日の会議で俺がいなくなったら誰が企画書を発表するのだろうとか、先日取引先から頼まれていた案件を進められなくなるとか。


 そんなどうでもいいことが俺の頭を埋め尽くした直後、


 ――まあ、なんとかなるか。


 そう落ち着いた。


 俺以外にだって会社に人はいる。


「お前がいなくなっても代わりはいる」といった雰囲気で仕事を押し付けてくるくせに、

「お前がやらなければ仕事が回らない」とばかりに重責を押し付けてくる。


 だったらいっそ、回らなくさせてやりたい。

 俺が死んだら、会社の上司はどんな顔をするのだろうか。


 そんなことも、もうどうだっていい。


 どうせ上手くやりくりして事なきを得るのだろう。。

 俺が一人いなくなったところで、なんだかんだ社会は問題なく回るのだ。


 なんと無意味な人生だったのだろう。


 ――ああ、次に生まれてくるときは、最強系の主人公みたいに苦労のない人生がいいな。


 なんて、少し前に見たアニメの設定を走馬灯のように頭に浮かべながら、俺の目の前は暗転し、意識を遠のかせていった。



   ◇



 目が覚めたら薄暗い洞窟の中だった。


 ドーム状となった鍾乳洞のよう巨大な空洞の中で横たわっていた。


 地面に付いた頬から冷たい感覚が伝わってくる。どうやら生きているらしい。

 けれど俺はついさっきまでコンクリートジャングルの真っ只中にいたはずだ。


 しかし地鳴りのように不快な雑踏も、行き交う車のエンジン音も、今はまったく聞こえなくなっている。


 いったいなにがあったんだ。

 俺は死んだんじゃないのか?。


 わけもわからず、とりあえず体を起こしてみた。


 手足の感覚はある。五体満足だ。

 調子もいたって健康。むしろ寝不足や疲労感すらも消えている。


「どうなってるんだ」


 戸惑いの声が洞窟に反響する。


「どこだよここ。薄暗くてよく見えないし」


 状況を理解できないままぼうっとしていると、がさり、と何か黒い影が動いた。


 なんだろう。

 目が暗闇に慣れていないせいかまだよくわからない。


 じっと目を凝らしてみる。


 そこにいたのは、


「ね、ネズミか?!」


 それもただのネズミじゃない。

 俺の腰くらいの高さはありそうな巨大なネズミだった。


 二足で立ち、赤い瞳を浮かび上がらせ、棍棒のような物を手に持っている。よくRPGで見かけるような雑魚モンスターのような外見だ。


 俺の凝らした目が少しだけ熱くなり、途端、頭の中を電気が通り抜けていったような感覚がした。


 ――感知魔法、アナライズ発動。


 視界に捉えているネズミの輪郭がハイライトで浮かび上がる。

 するとそのネズミの周りに数値が表示され始めた。


  『HP 10

   攻撃力 3

   防御力 2』


 まるでこれこそよくあるゲームのステータスみたいだ。


「なんだこれ。どうなってるんだ」


「ヂュゥゥゥ!」


「うわぁ!」


 戸惑ったままでいる俺に、ネズミが棍棒を振りかぶって襲い掛かってくる。


 俺は喚くように腕を振り回した。

 それがネズミの手元に軽く当たったかと思うと、


   『50000』


 そう視覚的に数字が浮かんで見えたかと思うと、まるで思い切り蹴り飛ばされたかのようにネズミの体が吹き飛んでいった。


 俺が殴り飛ばしたにしては強力すぎる。


「な、何がどうなってるんだよ」


 凝らしたままの目で自分の手を見る。


  『攻撃力 999』


 俺の手からそう表記が出ていた。


 今度は俺の体を見てみる。


  『防御力 999』


 こっちもだ。


 吹き飛ばされたネズミは壁に叩きつけられ、気を失っていた。


 いや、死んでいる。

 地面に横たわって心臓が止まっていることもそうだが、そのネズミの頭上にゲージが表示され、それが『0』となっていた。


 まさにゲームのようだ。


 これはつまり、そういうことなのだろうか。


 死んだかと思えばよくわからない見知らぬ場所。

 とってつけたかのように与えられた物凄そうな力。


「まさか、これが最強ものの異世界転生ってやつか!」


 突然異世界に飛ばされたかと思えば、人知を超えるような最強スペックを授けられて新しい人生をスタートさせる。


 最近、そんなアニメをよく見るが、まさか俺もそれを経験しているのか。


「夢じゃない、よな……」


 事故にあって植物状態のまま都合のいい夢を見続けている、なんて馬鹿げた話だったら悲しすぎる。


 だが自分の頬を叩いてみても痛覚はあるし、やはり地に足が付いた現実味もしっかりとしている。今のところ、これは現実と見てもよさそうだ。


 となると、やはり俺は転生した、ということか。


「い…………」


 ぐっと拳を握り締める。


「いやっほおおおおおおう!」


 天は俺を見捨ててはいなかった。

 汗水流して、誰のためかもわからないひたすらの奴隷労働を続け、老後すら安定しない現実から、俺への救済を与えてくださったのだ!


 最強ものといえばノーストレス、フリーダム。

 多少の苦労はあれど、ほとんどその強大な力で問題を解決しきってしまう使用回数無限の最強のジョーカー。


 ――俺の人生、勝った。


 この最強の力を使って、俺は憧れの『スローライフ』を送るのだ。


 悠々自適に異世界を堪能しながら、仕事という枷から外れて好き放題に生きられるのだ!


 心が湧き立つ。歓喜に震える。

 胸の奥からだくだくと涙が流れ出る。


 ようこそ異世界。

 ようこそ最強スローライフ生活。


「俺は、ここで自由に生きられるんだー!」


 そう拳を突き上げて叫んだ瞬間、身の毛もよだつような悪寒がして、俺は咄嗟に体を動かした。


 と、さっきまで俺がいたところには、鈍色の切っ先を光らせた槍が振り下ろされていた。


「な、今度はなんだ?!」


 慌てて向かいやる。


 そこには、刃が沈められ深く亀裂の入った地面と、その刃先の持ち主である人影が佇んでいた。


 だんだん目が慣れてきたおかげで、その人影の顔がわかり始める。


 女の子だ。

 少し小柄なシルエット。細身の輪郭。

 片側で結んでちょこんと跳ねた、褐色の肌とは対照的な白銀の髪。


 子供、と呼べるほどにあどけない顔つきのその少女は、真ん丸く赤い瞳を俺へと向けていた。


 誰だ、と俺が言うよりも先に、少女は舌打ちをして口を開く。


「その命、今度こそもらうわ!」

「ええっ?!」


 いきなり変なところに飛ばされたかと思えば、初めて出会った女の子にいきなり殺害宣言。


 どうなってるんだ俺!

 どうなってるんだこの世界!!


 ――グッバイ、俺のスローライフ。


 手に入れたと思った念願のセカンドライフが音を立てて崩れ去っていくような気がした。



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