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魔王様の馬鹿野郎! ~スライムでクリエイトする頭がスローなライフを夢見て。妹には秘密だよ~

作者: 海川 良

短編連作3部目。

 俺の名前は佐藤那音(さとうなおと)


 年齢は17歳で、身長175cmのイケメンだ。


 今年の4月初旬、新学期が始まった日の事だ。


 進級してクラス替えあったので、俺は新たな出会いに胸を躍らせながら教室の扉を開いた。


 17年間のノーガールフレンド生活にピリオドを打とうと思って、鼻息も荒く教室に足を踏み入れたのだけど、そこに待っていてのはJKではなくて、むさ苦しいオッサン連中だった。



 つまり教室の扉の先は異世界の王城に繋がっていて、王様というハゲや大臣というハゲと、兵士というマッチョメンしかいなかった。



 しかし一応姫という名の超絶美少女がいたわけなので、それだけは嬉しかったのだけども。


 転移した瞬間、速攻後ろを振り返ったのだけど、扉はすぐに消えてしまって教室に戻る事は適わなかった。


 新学期の新生活、薔薇色のスクールライフを台無しにされた俺は、当然激怒した。


 勇者召喚というアホみたいな現象によって、個人の自由を剥奪された上に、魔王を倒してこいと上から目線で命令されたので、普通に激怒した次第だ。


 激怒して脅して論破して、ハゲ共が下手に出たので良い気分になって、溜飲が下がった後は議論を再開した。


「勇者様どうかよろしくお願いします。勝利の知らせを姫は心待ちにしています」


 自分の事を姫と呼ぶ姫に対して、若干というか、かなりというか、モヤモヤした気分になった。


「ではこの「ゴルド50枚と」と武器と防具をお納めください」


 大臣のハゲから50ゴルド、つまり大金貨50枚と、王家に伝わる「伝説の剣」やら防具等を頂戴して、魔王討伐のために優雅に旅立ったのだ。 


 即座に武器防具を装備して、ステータスボードというゲーム脳のシステムで確認すると、攻撃力が3の横に「+500」という数値が加算されていた。


 王様のハゲに色々説明をさせたので、1ゴルドが上級国民の年収相当なのも、レベルが99までな事も知っていたので、ハゲ共は「結構良い奴ら」だと思ったものだ。


 もちろん金で魂を売るような真似はしないし、人の意思もお構いなしで、転移という名の拉致被害に遭った事は末代まで忘れない。


 それにもちろん、レーシアという名の美少女姫を頂いて、子孫を繁栄させて、俺が末代になるという事態は絶対に避けるつもりだ。


 王様はハゲだけど、姫の髪の毛はフサフサなので、俺達の子供もフサフサになるだろう。



 せっかく来た異世界だ、これでもかという程楽しんでやろう。



 貰ったお金と地球の知識を生かして大富豪になって、美少女奴隷を買ってハーレムを作ってやろう。


 チート装備と勇者の能力を見せびらかして、民から崇められて、目に付く全ての美少女と美女を手に入れるんだ。


 王城を出て街を歩きながら妄想した。



「貴重な青春時代の学生生活をダメにされたんだ。その程度の贅沢は許されるだろう」



 俺は普通の高3男子で、普通の思春期の猿で、普通ではないイケメンであるからして、頭の中が金や女でいっぱいになる事も仕方ない。



 そんな風に適当に言い訳をしつつ、目に付いた雑貨屋に入っていった。



 _____




 その雑貨屋、その小汚い店のカウンターには、まぁまぁ美少女な女の子が店番をしていた。


 ツインテの金髪で巨乳で白い肌をしていて、見た感じ年の頃は15歳位だろう。


 地球的に例えると北欧系の美少女といった感じだ。


 つまりとても好み。


 揉むと柔らかいだろうし、舐めると美味しそうだ。


 異世界人達が毎日風呂に入っているのか不明なので、実際は舐めるとしょっぱいかもしれないし、外人っぽい感じなので、臭いもキツそうなイメージがあるけど、とりあえず見た目だけは最高だった。


「エリンの雑貨屋にようこそ。何かお探しですか?」


 俺以外には客のいない店の中で、美少女の澄んだ声が響いた。


 扉を開けて10秒も経たず声をかけられたので、この少女は店員としてはそこそこやる気があるのだろうと、そんなどうでもいい事を考えた。


「あぁどうも。特に何かを探しているって訳ではないんだけど、これから旅を始めるんで何か役に立ちそうな物がないかなって思って」


 少し青みがかった銀色の鎧等を身に纏っているので、俺の見た目はいかにも「勇者」って感じだ。


 簡単に言うと強そうで金持ちそうでカッコイイ良い感じだ。


 更に加えて俺のフェイスはイケメンであるからして、今の俺に敵う男はいない無敵ボーイだと断言する。


「そ、そうですか……」


 なのでこの美少女がオドオドしている理由は、一目惚れをしたからなのだろう。


 顔は高潮、はしていないが、明らかに慌てた様子だし、上目使いでチラチラ見ているその様はどう見ても「即堕ち」したって感じだろう、たぶん。


「あぁそうなんだ。ランタンとかテントとかが必要だと思うんで……って、こっちの世界にもテントやらがあるのか分からんな。ふむ……」


 どこか不審者を見るような目つきの美少女から目を逸らして、店内を見渡すと目的の物はすぐに見つかった。


 まるでアウトドアショップのような感じで、壁にはリュックの代わりに、麻袋のような目の粗い袋が並んでいて「簡易テント」と書かれたプレートの後ろには「魔石」が嵌め込まれた厚手の布が置いてあった。


 言語理解というチート能力を使って説明文を読んでみると、どうやらテントは地球産の物と大体同じ用途に使うようだった。


 1人用から10人用の大きさまであって、魔石の効果で雨風や「魔法攻撃」を遮断するらしい。


 値段は銀貨1枚から銀貨50枚まで様々で、魔石の効果も色々あった。


「とりあえず1人用……いや、すぐに人数が増えるだろうし、大きめにしておくか。大は小を兼ねるって格言もあるしな」


 カウンターの向こうからガン見している美少女店員に聞えぬように、小声でブツブツと呟きながら考えた。


「ベッドは付いてないのか。布団は……ふむ、嵩張るな。何かこう異次元収納みたいな物が無いと、持ち歩くのも少し厳しいかな」


 旅の目的は「一応」魔王を倒す事なので、野宿も視野に入れなければならないだろう。


 ハゲの王様の説明では、この世界の街はそれほど数があるわけではないらしい。


 毎日宿に泊まれるなんて期待は捨てた方が賢明だろう。


「すみません、ちょっと聞きたいんですけど、荷物を入れる魔道具的な感じの物ってありますか?」


 不審者を見る目から、ジト目に切り替えてガン見してきた失礼な店員に向けて声をかけた。


 イケメンに対して失礼で、客に対して失礼な感じの「見た目だけはそこそこ美少女」な店員は、渋々といった感じで俺の傍に寄ってきた。


「はぁ、魔道具ということは魔法袋ですか? ウチの店にはありませんね。普通そういった物は魔道具店でしか扱ってませんし……」


 何が気に食わないの知らんけど、俺を見る美少女店員の顔は凄く面倒そうだ。



 つまり俺は憤慨した。



 イラついて、ムカついて、絶対にこの店では買い物をしないと決心した。



 俺は客なんだ。しかもイケメンの客なんだ。


 しかもしかも金持ちの客だぞ?


 そんなイケメン金持ちの上客に対して、まるでゴミを見る目でやる気が無さそうに接客する「ゴミみたいな店」になんて用は無いんだ。


 俺は普通の人間で、普通の感性をもった人間なので、美少女だろうが天使だろうが、失礼な奴に対して優しく出来るほど人間が出来ていないんだ。


 まぁそういったツンツンした美少女を、頑張ってデレデレにさせるのも面白そうだけど、しかし今はそんな暇は無いのだ。


「そうですか、ありがとうございます。では魔道具店に行ってみますね」


 そう言って出口に振り返り、鎧をガシャガシャと響かせて歩いていく。


 扉を開けて外に出た時、そういえば名前を聞いていなかったと気がついて、何とも言えない気分になった。


 名も知らぬ雑貨屋の美少女。


 それが俺がこの世界に来て初めて話した町民だった。


「あの男慣れした様子と、余裕そうな態度からして絶対彼氏がいるんだろうな。つまりリア充で勝ち組ってワケか……チッ、クソが……」


 愚痴りながら街を往く。


 布の服を着た町民に混じって歩を進める。


 鎧姿の者など俺以外誰一人としていない、ファンタジーらしからぬ感じの「普通の中世ヨーロッパ」のような街を行く。


 金髪だらけの人々の中で、黒髪のイケメンは目立ちまくった。


 魔道具屋と書かれた看板を見つけて中に入って、ゴミを見るような目で見つめられる。



 これが俺だ。悲しいけどこれが今の俺なんだ。



「すみません、ウチでは大金貨は使えないんですよ。両替屋に行ってくれませんか? というかですね、普通は街の店では大金貨は使えないと思いますよ?」



 これが現実だ。悲しい現実なのだ。



 両替屋に行って、思ったよりも手数料が掛かる事を知って、王城にトンボ帰りして大臣のハゲを恫喝した。



「学生服の上にフルプレートの鎧を着て、街では不審者扱いされてさ、使えない金を渡されてよ、もしかして勇者の俺を舐めてるのか!?」



 動揺してブルブル震えるハゲの大臣が少し気持ち悪かった。



 申し訳ないと謝る王様の言葉を受けて一気にバツが悪くなった。



 可哀想な子を見るような姫の視線が痛かった。



 お家に帰りたいと喉まで出かけて、泣きそうになった。



 _____




 50枚の大金貨を返すと、ハゲ大臣は5000枚の金貨を渡してきた。


 キラキラ光る純度不明の金貨が詰まった麻袋は、10キロの米袋5個分位の重量があるので、筋トレに丁度良い感じだ。


 ただ丁度良くはあるけど、一日中筋トレをしているわけにもいかないので、頑張って走って魔道具屋に行って、速攻で魔法袋を買うと急いで袋の中に押し込んだ。


「ハァハァハァ、お、重かった……予想通り袋に入れると重さは消えるんだな」


 この世界での金貨1枚は、日本の物価に換算すると大体100万円程の価値があるらしい。


 ちなみに魔法袋の値段は銀貨50枚だった。


 銀貨は1枚1万円で、つまり今袋の中には、お釣りの銀貨50枚と金貨4999枚が収納されている計算になる。


「ハゲ達がくれた金は日本円に換算すると50億円か。少な過ぎるのもアレだけど、いくら何でも多すぎだよな……ていうか大金貨は1枚1億か。そりゃ店で使えない訳だ」


 金を袋に押し込むと、ついでに鎧を脱いで、剣や盾等の「伝説の装備一式」も袋に入れた。


「はぁ、重かった。っと、ついでだし他の魔道具も見ていくかな」


 店の中で袋に大量の金貨を詰めたり、鎧を脱いで着替えをするという、アクロバティックな俺は注目の的だった。


 だから色々誤魔化そうとして独り言を呟いているだけで、俺はべつに年がら年中一人でブツブツ言っている危ない奴ではないんだ。


 赤くなった顔で誰にでもなく脳内で言い訳をしながら商品を物色していると、入り口の扉に付いた鈴がチリンと鳴った。


 この世界で魔道具という物はどうやら高級品らしく、店はなかなかお洒落な感じだ。


 それに高級でお洒落な店であるからして、客も同様に金持ちっぽいお洒落な感じだ。


 王様、まではいかないが、オッサン連中の身なりはいかにも「中世の貴族」や「富豪」といった感じの煌びやかなもので、「オホホ」と甲高い声で笑うババア連中の服装も、ウエストがボンレスハム状になってきつく締められた、いかにも貴族といった感じだ。


 そんな鼻につく客だらけの店で、ブレザーの学生服姿の俺は、鎧姿だった時とさほど変らず、今も浮きに浮きまくっている。


 服装だけではなく、現金も50億円持っているのだから尚の事だろう。


「あ、あの、もしかしてアナタ様は貴族なのでしょうか?」 


 一番槍を決めたのは、薄笑いしたババァだった。


 正直に高校生ですとは返せなくて「俺は勇者です」なんてとてもじゃないが恥ずかしくて言えないので、ここは一つ適当に返事をする事にした。


 厚化粧で気持ち悪いババァだとはいえ、無視するのはさすがに失礼すぎるし仕方ない。


「いえ、貴族ではありませんよ。東の国から商売のために来てましてね」


 嘘は言っていない。日本はアジアの東の国だし、美少女奴隷ハーレムのためにこれから商売しようと思っているのだから、けっして嘘ではないんだ。


「なるほど東の国ですか。東という事はラーメルン辺りかしら? それで御商売というのはどういったものですの?」


 どう見ても貴族っぽい感じのババァなので、商売をしている、商人だと告げればてっきり見下してさっさとどこかに行ってくれると思ったのだが、思いの外食い下がったので俺は少し焦ってしまった。


「え、えーと、そうですね…………すみません、商いの詳細は秘密という事で……へへへ……」


「あ、そうですよね、商人にとって情報は命と言いますし、こちらこそ不躾に失礼しましたわ」


「いえいえ。では私は所用がありますので、これで失礼しますね」 


 本当はもっと魔道具を見ていたかったが、あまりにも注目されすぎて落ち着かないので、一旦退避しようと考えた。


 がしかし、残念ながらそうは問屋が卸さないらしい。


 食い下がったババァを処理した後には、大量のジジババが待っていたのだ。


 無駄に上流階級っぽい客ばかりなので、建前が大好きな彼らは直接50億円に対して質問はされなかったが、遠まわしに俺の情報を得ようと画策しているその言動は、とても面倒なものだった。


「私も以前何度かラーメルンに行った事がありましてね。あの国の穀物料理はとても素晴らしかったのですが……」


 麺類の製造方法を聞き出すついでに、俺の身辺を洗おうと頑張っている。


「お見受けしたところ執政官が着る服に似た服装をされていますが、生地はどういった物を……」


 遠回りに変な服だとディスって、反応を見ようと頑張った。


「素晴らしい鎧でしたね。できればもう1度見せて頂いてもよろしいでしょうか?」


「ふむ、たしかにそうですな。剣や盾も見たことの無い色合いでしたし、青色の銀で、まるで王家に伝わる勇者の……」


「青銀の勇者ですか。子供の頃絵物語で読みましたな。たしか異世界から……」


 金持ちのジジイに囲まれて、金持ちのババァがグイグイくる。


 店員は遠巻きに様子を伺うだけで、俺は人垣の中で俯いていた。


 逃げられなくて、言い返せなくて、荒い息でハァハァしていた。


 俺は普通の高校生だ。


 幼馴染が2人いて、友達が3人いて、好きな女の子はいなくて、最近の趣味は読書だ。


 そこそこ体を鍛えているので痩せてはいたが、それほど筋肉はなくて、しかしガリでもデブでもない。


 可愛い女の子が好きで、自分が好きで、親や先生に怒られるとビクつく小心者だ。


 そんな普通の感性。


 イケメンだけど内面は普通なのだ。


 そんな普通な俺だから、異世界の上流階級っぽい、口の回るジジババに囲まれると、俺には何もなす術が無くなって、半べそをかいて俯くしかないんだ。


「ご、ごめんなさい、ぼ、僕嘘をつきました……実は商人ではなくて勇者なんです。お、お金や鎧は王様に貰って、異世界から召還されて、それで……」



 俺、いや、僕は17歳の子供なんだ。



 身長は175cmあるけど、この世界の人間は顔と同様に白人っぽい特徴があって、つまり軒並み背が高かった。



 大きなジジイと、胸がアホ程でかいババァ。



 そんな怖い大人達に囲まれて、平常心でいられるはずもなくて。



「ゆ、勇者ですか!? え!? ま、まさかそんな……」


「は、はい、一応勇者です……」


 ざわざわして混乱した場から逃げるように走った。


 目指す場所は安住の地。姫がいる王城だ。


 今日の成果は袋を一つ買って、発生したイベントは、店屋で失礼な美少女にジト目で見られた事と、怖い大人達に囲まれただけだった。


 レベル1のままで、修学旅行のような気分のままで。


 王城の門にいた門番に「また帰ってきたのか」といった感じの、哀れむような目を向けれて、大臣のハゲに事情を告げると「そ、そうですか……」と、何か含んだ物言いをされた。


 イライラして謁見の間に行って、王様にガンを飛ばすと、彼もまた哀れむような目で見てきた。



「で、では、今日のところは王城でお休みください……」



 最後の頼みの綱、姫はそう言って逃げるようにどこかに行ってしまった。



 これが冒険の1日目、始まりの日だ。



 冒険なんて一つもしてないけど、最低の日だけど、ここから全てが始まる、予定だ。



 奴隷制が無いのでハーレムは諦めた。



 商売を始めるにも複雑な許可がいるので諦めた。



 まるでゴミを見るような姫の視線で泣きそうになって、王子になるのも諦めた。



 明くる日から【名ばかりの勇者】と、王城で噂される事になる俺の冒険譚、最初の1頁目。



 王都にいると嘔吐しそうなほどに居心地が悪いので、目が覚めて即座に旅立った。


 知り合いが誰一人いないはずの異世界で、人の目に触れないようにコソコソ活動する事にした。


「王都はダメだ。都会の人間はスレてやがるし、元々俺は純朴な方が好きなんだ。そうだな、次は村にでも行ってみるか。田舎の素朴な美少女に癒されたい」


 村までの道中、襲い来るモンスターはチートな伝説の剣で叩き伏せた。


 まるでというか、どう見てもというか、八つ当たり以外に見えない感じで、スライムをバラバラに切り裂いた。


 粘体の相手に飽きると、今度は「ファイアボール」を使ってカラスの魔物を焼き鳥にしてさしあげた。


 大きな街には寄らず、街道から外れて進んで人を避けた。


 森の中で美少女と会うこともなく、普通に村を発見して、普通に第一村人のオッサンに話掛けた。


「あん? なんだテメェは? 変な格好しやがってよ、まさか村で悪巧みしようってんじゃねーだろうな?」


 村の名前さえ聞けず、森の中に逃げ込んだ。


 怖い大人からは逃げるのが一番だ。


 痛い目に会って勉強したんだ。


 俺は勇者だけど、勇者とは肩書きなだけであって、勇者そのものになった訳ではないんだ。


 俺には勇気はない。普通の感性のただのイケメンなんだ。


 焚き火を前に干し肉をかじって、思い出すのは地球の事だった。


 小煩い母親と、無口な父と、アホほど可愛い妹を思い出す。


 アホほど可愛い顔をした、妹の言葉を思い出していく。



「お兄ちゃんっていつまで童貞でいるつもりなの? 里香のクラスなんか皆ヤッてるんだよ? もう高3なんだから、いいかげんこーゆー本は卒業しようよ?」



 顔以外は最悪な、中学生の妹の言葉を思い出しながら瞼を閉じて眠った。


 目の端から流れた涙が冷たかった。


 眠りについて30分後、スライムに襲われて叩き起こされた時、涙の意味を知った。


 情けなくて、悔しくて、やるせない、センチメンタルな気分。


 魔物を倒した後レベルが10になって、ステータスを見て決心した。


「レベルを99まで上げよう。これまでのパターンを考えると魔王は美少女のはずなんだ、倒さないギリギリで止めて、打ち解けた振りをして感動的なエンディングを狙うんだ」


 情けなくない強い勇者になって、世界一強い魔王を倒して、世界一の美少女の魔王と結ばれよう。


 そう、村人なんかよりも、魔王城というド田舎に引きこもっている魔王の方が純粋なはずだ。


 魔王を倒したところで、姫は無表情の棒読みで「スゴイデスネ」としか言ってくれないだろう。


 だから俺は嗤い歩む。 


 復讐、はしないけど、これまでの失敗はキッチリ復習したから大丈夫だ。


 俺は馬鹿じゃないんだ。


 何度も失敗を重ねるほどの愚か者ではないのだ。


 手が届かないものにいつまでも拘っていても、何も得られないという事を知っているんだ。


 可能性が高いものを選ぶ。合理的に取捨選択する。


 童貞を捨てるために頑張るんだ。


 森の中のモンスターを殲滅して、レベルが30になった時、俺の心の中に魔王の顔が浮かび上がった。


 浮かび上がったというか、妄想して描いたというか、だけども。


 長い金髪の中には少し捻れた角が生えていて、パッチリお目目のロリ巨乳の美少女の姿を、脳内にジックリと焼き付けた。


 焼き付けながら静かに呟いた。



「待っててくれ。必ずたどり着くからな。俺のロリ魔王様……」



 その時の俺の顔は狂気に満ちていただろう。


 欲求不満すぎておかしくなっていたのだろう。


 異世界に来てからスライムを倒すばかりで、あまりピュッピュッしていないのだから仕方ない。


 魔王城に一番近い村、村人の平均レベルが60台というチートな村に入って、宿屋の息子から聞いた話で俺はそう確信した。


 間違っていたと。


 俺はおかしくなっていたのだと気がついた。



 何故なら……



「うん、そーだよ? 村長がルーン文字を使って調べたんだけど、魔王は男だよ? 名前デスゲイ・フレイプで、筋肉ムキムキでなオッサンで、レベル65だってさ」



 宿のベッドで横になって目を瞑った時、妹の声が聞えた。



「お兄ちゃん何様のつもりなの? 大した顔でもないのに選り好みしすぎだよ。特に不細工って程じゃないけど、かといってべつに良い訳でもないし。足は短いし、足が臭いしね。モテない童貞が何言ってんだ感じで、スゴク滑稽だよ?」



 今の俺はレベル99だ。世界一強い勇者だろう。



 顔は普通で、足が短くて臭くて、強さ以外は普通の男だ。



 最近の趣味はスライムをグチャグチャに潰して、筒に詰めて色々やる事だ。



 好きな食べ物は母さんの味噌汁で、嫌いな食べ物は生のキュウリだ。



 妹が嫌いで、幼馴染とは喧嘩別れして、姫が嫌いで魔王も大嫌いだ。



 大嫌いなんだから即座に行動する。



 明日は朝一で魔王城に突撃する。



 魔王を倒して始まりの王国に凱旋して、皆に感謝されて、姫に棒読みの感謝を頂く予定だ。



 姫以外の女の子を囲って、酒池肉林のハーレムを築くんだ。



 俺はポジティブなんだ。



 異世界に来て3年が過ぎて、20歳になって、少しだけ童貞を拗らせた男だ。



 名前は佐藤那音で、苗字はサトウでもサトゥーでもなく佐藤だ。



 下の名前はナオトではなくナオトゥーでもなく那音だ。



 親から貰った名前を普通に大切にする男だ。



 武術なんて習っていない普通の男で、人に自慢できる特技や趣味も無い、日本全国どこにでもいそうな普通の男だ。



 普通というか、ちょっとダメというか、カースト的に底辺というか、だけど、ポジティブな性格だけはそこそこのモノだろう。



 それほど格好良くない男で、かといって不細工ではなくて、性格は良くも悪くもない。



 そんな男の冒険譚なので、最後まで山場も見せ場も無かった。




 凱旋して1年後に何故か姫がデレ始めて、2年後には妹がこちらの世界やってきて、という事位しか特筆すべき事はない。




 レベルの上限が9999の世界で、魔王はただの魔界の使い走りで、真の魔王「ファラフェイラ・オクオクイーン」という超絶美少女が存在するという位しか、特別な事はないのだ。




 例えるならば勇者の冒険譚の1章。




 原稿用紙30枚にも満たないありふれた話だ。




 そんな話を毒舌の妹に聞かせてやると、何故か顔を真っ赤に染めていて、イケメンではない普通の俺の顔を凝視していた。



 スライムでピュッピュした話がまずかったのだろうと気がついて、適当に謝ると「へ?」とアホみたいな顔をした後に、アホほど可愛い顔で笑った。

クッソ長い駄文を読んでくれてありがとな!

感想は恥ずかしいから絶対に止めてくれよな?

ポイントポチポチもノーセンキューだ。

振りじゃなくてホントの事だからな?

ホント頼むぞ? じゃあまたな!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かった! 理由もなく偉そうとか、周りを見下してるとかじゃなく、自分大好き主人公(現実逃避から生まれたものだとしても)というのがいいですね。 と思っていたら、あらら?となる。予想外。 …
2018/07/25 12:42 退会済み
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