第60話 過ぎる日々
「平和だなぁ……」
「平和ですねぇ……」
それからしばらく、恐ろしいほどに平和だった。
リザードマンたちにやりすぎたせいか知らないが、他国は引きこもってぬくぬくと内政をおこなっているのだろうか?
今のところ諜報部隊から目立った変化を知らせられることは無い。
空白地帯に何度か周囲の国が入り込んで、わが国の戦闘訓練に使われていたぐらいだ。
病院も落ち着いて通常診療をおこなっている。
さらに、十二分な能力を手に入れたスタッフにはのれん分けではないが、様々な場所で分院的な物を出してもらっている。
一応使用する衣料品は、目玉が飛び出るほどアイテムボックスにがめていたので、弟子たちには本院に発注する形で物資を管理している。
こうすることで能力のない信頼できない医者を増やさないようにしている。
人口が右肩上がりで増加している現状で医者の育成は国家プロジェクト、おかげでうちの病院には未来の医者を目指した人物がひっきりなしに訪れる。
病院業務だけでは学習が難しいために、一部の優秀なスタッフを教師として基礎的な勉強を受けてから病院での実習という流れになっている。
本当に優秀なスタッフたちは医者となるべく必要なことをしっかりとまとめ上げて、半年ほどの座学、半年ほどの実習を経て送り込まれてくるスタッフは本当に優秀で俺も驚いた。
国としての体裁は優秀な幹部たちが構築していく、どうしてもみんなが俺に気を使うので、一応助言だけしておいた。
あまり固い上下関係で国を作るんじゃなくて、相互扶助社会を作ってくれとだけ。
難しい言葉を使ったけど、お互い様という気持ちを大事にみんなで支え合っていってほしいという気持ちをそこに込めた。
国全体が一つの家族のような、あったかい家族であるような国にして欲しい……
獣人同士はお互いのつながりが強いからきっとうまく行くだろう。
「ラッテ子供たちは?」
「ラージンと遊んでますよ」
「成長早いよね……ほんとに……」
まだ3歳だというのに、人間で言えば小学生高学年くらいの体つきになっている。
5歳くらいになるとほぼほぼ成人化する獣人の特性が俺の子供にも出ていた。
これで80くらいまで若々しいんだから獣人の成長力と生命力は凄い。
長男モカが3歳、長女タイムが2歳、次女ネレが半年になる。
すでに上の二人はラージンをはじめ幹部たちを始めとした大人たちににかわいがってもらって大騒ぎしている。
うちの子たちは皆曰く素晴らしい素質を持っているらしい。
親としては普通でいいから健康に育ってほしい、ただそれだけを願っているが、素質があると言われると心躍ってしまうのも事実だ。
……それでも、この世界で素質があるということは、強さを意味する。つまり、戦場で役に立てるということだろう、親としては、複雑な思いも抱えてしまう。
ラッテは、それならばどんな状況でも生き残れるために鍛えます! と頼もしいことを言ってくれている。個人的には、我々親世代で争いの時代を終わらせたいものだけども、なかなかに難しい。
「……ラッテ、子供を持って思ったけど、戦争を早く終わらせたい」
「それはみんな思っていますけど、戦争を終わらせるためには、世界を治めるしかないでしょうね」
「だよねぇ……せっかく国内が落ち着いて人も増えているのに……戦火に巻き込むのはなぁ……」
「それでも、何もせず他国が力を得るのを指をくわえて見ていたら、最終的には蹂躙されてしまいますよ?」
「……今日は手厳しいねラッテ」
「先生がおっしゃらずとも、いろいろと思うところのある人間は多いですよ。
自己のわがままではなく、国にとってもある程度の拡大は必要だと思います。
まだ活発な軍事行動は起こっていませんが、動き出したら激動の時代になると、予感がします」
「ラッテのとこに集まる情報は正確だろうし、それを分析しての予感なら、事実なんだろう。
あーあー、偉そうなこと言ってたのに、自分に子供が出来たら皆を戦地に送るんだから、酷い人間だな俺は、せめて一人でも犠牲を減らすことに尽力します」
ラッテはあえて何も言わず俺の考えに従ってくれる。
俺の気持ちを汲んで、旨い事引き出してくれる彼女と会えたことは、本当に幸運だったと思う。
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ラッテは悩んでいた。
自分の旦那が何を心配しているのかわからなかった。
この旦那、重傷を負ったものがいれば距離関係なく転移させて、全て完璧な処置を行って病院に収納して、一度に何名が受傷しようとも関係なく、ひと呼吸の間に誰よりも完璧な処置をしてしまう。
ラッテからすれば神の御業としか思えないが、当の本人は怪我をさせた事実に心を痛めている。
戦うと決めたのはラッテ達獣人だし、絶滅寸前を救ってもらった恩をいまだに一つも返せていないのに、この先生は常に自分よりも我ら獣人のことを気に掛ける。
朝も晩もなく働き続け、ようやく後進が育ってきたら、さらに新人育成に力を入れて忙しくなっている。
本当にこの国に生きるすべての人が足を向けて眠れないし、頭が上がらない。
そのくせ先生は過度な崇拝は迷惑がる節がある……
その先生が珍しく自分の意志を言ってくれたことはラッテにとって幸せだった。
先生の夢をかなえる。
そのことが獣人にとって幸せにつながる。
その意識は、ラッテだけでなく、この国に暮らす獣人の総意であった。
知らないのは、設楽先生その人だけであった。




