第56話 戻ってきた日常
戦を仕掛けるには十分な準備が必要だ。
質の高い兵士と数。
その兵士を運用できる物資、食糧。
長期間、軍を派兵できる安定した国内情勢。
いろいろなことが必要なのだ。
そして、それらの準備は大変に時間がかかる。
今は、そういう時間だ。
「次の方どうぞ―」
「先生お久しぶりです。すこぶる調子いいですよ」
「それはよかった。今日は経過を見させてもらうので、一通り診察が終わったら血液検査とレントゲン、CTまでしっかりと診るよー」
「先生のおかげでここまで元気になれました」
この患者さんは少年の時に体が大きくならない、常に疲労感がある、慢性嘔吐、そして診察をすると黄疸が認められた。
詳しい検査の結果、小肝症:レントゲンや超音波検査において肝臓が通常の大きさより明らかに小さい。肝機能障害、黄疸などが認められ、門脈造影、CT検査にて肝外門脈シャントが発見された。
簡単に言えば、大静脈と門脈:消化管と肝臓を結ぶ血管で栄養を肝臓に運んで体が利用できる形へと加工するために必要な重要な血管。が先天的な異常血管によって繋がってしまい。体が利用できない形での栄養素が全身に流れてしまい、体外へ排出されてしまい、身体にとって必要な栄養が上手く手に入らなくなってしまう病気だ。
いろいろな血管のでき方が存在して、中には手術が難しい物もあるが、今回の場合は肝臓の外に数本の血管だけだったために手術を実施した。
開腹をして慎重に門脈部分までたどり着く。
異常血管を確認したら血圧を計測しながら少しづつ血管を結紮していく。
今まで異なる血管に流れていた血液が一気に本来の血液に流れ込むようになると、場合によっては血圧が一気に上がってしまって肝臓に急速な負荷を与えてしまうことがある。それをしっかりとモニタリングしながら、一本、また一本と異常血管を閉じていく。
すべての血管を閉じれば手術は終了だ。
本来の栄養素が流れ込んできた肝臓は時間をかけて元の機能を取り戻していく。
今日の検査結果でも、彼の肝臓は正常範囲内の大きさまで回復しており、肝機能検査においても平均的な数値が出ている。
「よし! これなら、完治したと言っていいだろう。頑張ったね」
「ありがとうございます! 先生! 俺来年から医療の勉強します!
いつか必ず先生の隣立って俺みたいな病気を治せるようになります!」
「そうか、頑張ってな!」
彼のすっかり逞しくなった両肩をばんばんと叩く。
なかなかこんなことを言われる機会がないので、目頭がぐっと熱くなってしまった。
日常診療は毎日続いている。
戦争時のような激しい外傷は少ないが、それでも事故は起こるし、内科的な病気だってたくさんある。
決して暇になるわけじゃないんだ。
「それでも、常に生死隣り合わせの戦場よりはのんびりできる。
お茶もうまいし……」
午後の診療もだいたい落ち着いて、淹れたてのお茶をいただく。
今日見た患者のカルテを見直して、見落としや聞き忘れなどが無いことを確認していく。
診療中にこれをやっておければ、終わった後にすぐに自分の時間を取ることが出来る。
「今日は早く終われそうですねー」
いけない、それは口に出してはいけない。
「先生今日は仕事終わったら何か用事あるんですか?」
それも口に出してはいけないのだ……
「なんか、ダンジョン制覇できそうだからそれについていく予定なんだけど……こういうこと話すと必ず終わるギリギリに何かが来るんだよ……」
これは獣医師あるあるの一つだ。
予定を口にするとその日にどうしようもないことが起きる。
いくらしっかりと予定を組んでいても、事前に何か起きれば潰れる。
飲み会とかもお互いに突然中止になることを踏まえて考えている。
約束の場所に向かっている途中に、「ごめんパイオ入った」この一言で理解する。
普通の人との約束は本当に気を使ったりする。
フラグを破る方法の一つに、フラグの内容を説明するということがある。
この発言はフラグだよね! と、大声で話して神の行動をコントロールするんだ。
しかし、現実は残酷だ。
病院を閉める寸前に、患者は飛び込んでくる。
「すみません、2週間前からお腹が緩くて……」
これも、あるあるだ。
便検査や詳しい問診をして、最近付き合いだした彼女が大量のご飯を作ってくれるから常に食べすぎになっているという微笑ましい理由とわかって、整腸剤を出しておいた。
ギリギリに来院されると、病院を閉めて帰れるのは、来院がなかった場合と比べて1時間から2時間遅くなる。
開けているのだから仕方がないが、これも、みんな思っていることだ。
「先生お疲れ様です」
「ラッテごめん。今終わった」
「大丈夫です。皆待ってますよ」
明日は休みだ。今日からダンジョン探索に籠ることになる。
今回挑むのは自然発生したダンジョンだ。内部構造も自分たちで調べるしかないし、敵の強さも傾向もわからないので少しづつ少しづつ調べていき、とうとう最下層部へとたどり着いた。
「結局は初心者向けのダンジョンで20階層で終わりだったんですけどね」
ラージンがそう付け加える。そしてラッテにどんな場所でも油断しちゃいけませんと小突かれている。
俺がダンジョンに入る場合は、自分たちの食料、素材ダンジョンでなければベイオ、ラージン、パーシェット、ガイア、ミーヤ、ラッテのフルメンバーが帯同する。
大体それに俺と、有望視されている若手が数名というのがいつものことだ。
今日はどう見ても日本刀を持った背の高いイケメンと短槍を両手に持つという変わったスタイルのイケメンが一緒に来ていた。それぞれキツネの獣人、猿の獣人らしいが、いやー、イケメンだ。
なんというか、イケメンだ。
ラージン隊の期待の注目株二人だそうで、実際に戦闘になると切り込み隊長としてバシバシと敵を切り裂いていく。
俺も一応武装しているけど、この接待ダンジョン探検では出る幕はない。
そんなこんなで、大魔石をゲットする。
内政に尽力している日常生活は、こんな感じで過ごしているのであった。




