第54話 食後や飲水後に散歩に行ってはいけません
「どうした!?」
病院に駆け込むと、異常はすぐに理解する。
ぐえーぐえーとお腹を押さえながら空吐きを繰り返している獣人がベッドに横たわる。
「各種検査は?」
「大きな異常は無いです。それでも吐き気が止まらないんです」
「レントゲンは?」
「あまりに気持ち悪がってしまって移動が……」
「ラインは取ってある?」
「はい、なんとか」
「プロポ入れて、一度寝てもらって検査する。
あと、もっとよく患者を触って診なさい。その腹の膨れ方、たぶん胃捻転だ」
患者の上腹部が異様に張っている。さらにまだ血液検査に異常は起きていないが、強い吐き気。
さらにカルテをみると、食後子供と遊んでいるときに急に症状が起きたそうだ。
鎮静剤を入れ、すぐに挿管を行いレントゲンを撮影する。
「典型的な胃捻転拡張症候群だな。ガスを抜いて整復のために開腹だ」
内視鏡を利用してホースを胃の内部へと挿入、もちろんできなければすぐに開腹だ。
ぼふーーーーーーーーっと匂うガスが抜けて来て腹部も凹む。
「よし、捻転度合いが軽くて助かったな。
点滴をして全身循環改善してから開腹だ」
胃捻転胃拡張症候群。
胸の深い犬に多い病気で食後、飲水後に運動をすることで胃内容物が振り子のように揺らされ、ぐるんと回転してしまい消化管がねじれるように閉塞してしまう。
放っておけば胃の循環不良から最悪死に至る。脾臓を巻き込んで捻転した場合は急速に状態が悪化する。
緊急に捻転した胃の整復、それに再発防止の固定手術が必要になる。
「す、すみませんでした!!」
胃の状態も脾臓なども巻き込んでおらず、整復固定はスムーズに終えた。
手術を終えると診察をしていたスタッフが頭を下げてきた。
「すぐに俺を呼んだんのはいい判断だったよ。
俺も無理なことをみんなにやらせている自覚は誰よりもある。
今回は吐いていることに集中しすぎて単純なことを見落としてたね。
まず、いつも通り全身を見る。
次に原因から考えられる可能性を羅列して、一つ一つ否定していく検査を考えていく。
もちろん可能性は出やすい、珍しいものがあるから、極端な検査を最初っから選んだりはしない。
そうやって診療を重ねていけば、きっといい医者になれるよ。お疲れ様」
せめてもしかたながない、今回のことからきちっと問題点を理解して次に生かしてくれればいい。
「あ、あと本人が回復したら食後の運動の危険性をしっかりとお話してね。
それに国にも伝えるよう手はずしといてくれ」
こういう公衆衛生的な知識も学校とかで学べるようにしておかないとなぁ……
国というものは大変だ……いろいろとやってはいるが、まだまだやれることはあるみたいだ。
とりあえず現状は情報収集に注力することで決まった以上、久しぶりに穏やかな日常が戻ってくる。
朝から夕方まで病院勤務、夜はダンジョン探索だ。
ラッテとも穏やかな生活を送ることが出来て。
「まるで新婚みたいですね」
「……そうだなぁ……」
なんて会話を交わしてイチャイチャさせてもらっている。
漆黒の風が何個かのダンジョンを制覇して俺も最深部まで連れていかれる。
ガウス曰く、一応コアのマスター権限は受け取っておいたほうがいいとのことなので、皆に守られながらダンジョン制覇を続けていく。
神様も【そういえば君自身がもっとこの世界を楽しめるように変えておくから、まぁあんまり怒んないでよ、楽しんでいこう!】なんて無責任なことを言っていた。
このダンジョンでの経験からか、漆黒の風のメンバーがさらに上位職にジョブチェンジを果たしていた。
上位職になると指揮する部隊にえぐいバフがかかったり、敵に対してデバフがかかるようで、わが軍の戦力は思わぬ形で強化される。
例えばラッテは世斬華という何やらかっくいい名前の職業、どうやらクノイチの進化系なのだが、指揮部隊の機動性がめっちゃあがり、敵からの視認性が極端に落ちる。
不意打ち、奇襲成功時に敵軍が混乱状態に陥り、こちらの攻撃力が爆揚がりして、さらに被害無効状態になる。なんじゃそりゃ。
特殊行動時は散開し敵部隊に紛れ込み、攻撃、防御、移動不可、同士討ち、混乱状態に陥れる。
これが範囲攻撃だってんだから、敵にいたら無理ゲーだぞ。
遠距離ユニットであるパーシェットもぶっ壊れだ。まぁ全員ぶっ壊れだけど。
ユニット名、天弓。
指揮部隊の遠距離可能距離が猛烈に伸びる。命中精度が爆発的に上がる。敵指揮官狙撃効果あり。
広大な範囲に対する斉射による敵の移動阻害、範囲を絞った激しい掃射による敵防御低下。
特殊行動は3部隊による間断のない斉射攻撃、矢が尽きるまで文字通り雨を降らせる。矢の。
さらに個人による狙撃は敵防御を無視しての部位破壊、即死確率付きの長距離攻撃が可能だ。
俺の収納による弓矢の提供と組み合わせると……防衛戦なら敵は一歩も進めないんじゃないか?
そして、最大の変化は、俺に職が付きました。
やったぜ。
ユニット名:獣医師
そのまんまでした。
でも、効果は皆の役に立てそうでとても嬉しい。
指揮下にいるユニット、動物、獣人であれば全能力向上。
俺はどうやら総指揮官らしいので、皆強くなってもらえる。
そして、致命的な攻撃を受けた時にギリギリで踏みとどまることが出来る。
重傷者以上の負傷者は獣医師の保有する病院へと転移される。
特殊能力。命を繋ぐ力。致命的な病気を治療中は病院内で時間経過を止めて治療することが出来る。
なお、MPもしくはHPを消費する。
「ああ、俺にとって一番皆を助けられる。ありがとう神様……」
失いかけていた、神への感謝が復活しました。




