第51話 激戦
派手な手術描写があります。ご注意ください。
日の出とともにコボルト軍の攻撃が再開された。
矢による集中攻撃を受けないように小集団をいくつも作って幅広い箇所への波状攻撃、戦術としても対応が難しい。籠城するならば、だ。
「今だ!」
俺は防壁を取り去り、防壁に取りつこうとしていたゴブリン部隊の横から奇襲部隊を出撃させる。
よもや防壁が消え去り大群が討って出てくるとは思っていない部隊は、数の差もあり一瞬で蹴散らされる。そのままの勢いで急な攻撃に混乱している小集団をいくつも撃破していく。
敵が対応しようと集団を固め始めると……
「退け!! パーシェット!」
パーシェットの部隊がその集合予測地点に掃射をかける。
集まれと言われた部隊は混乱したままに矢の雨によって討たれていく。
敵軍の秩序が完全に乱れた。その瞬間正面の門と、再び俺によって開けられた防壁の隙間からラージンを先頭に全軍を持っての総突撃が開始される。
ラージン、ガイア両名による突撃で敵軍は食い破られ、ベイオ、ラッテの部隊が確実に敵を駆逐していく。
それでも直接的な戦闘が激化していることには間違いないためにけが人も増えていく。
「ラッテ、大勢は決したな! 俺は診療所へ戻る!」
「わかりました。我々はこのままコボルトの国へ進みます。空の玉座を用意してお待ちしております」
「粋な物言いだね、ただ、全員、無理するなよ」
俺はバギーを取り出し診療所へ向かう。
診療所に飛び込むと正に戦場だった。
「すぐに処置が必要な者はいるか!?」
「先生、少し手を貸してください!」
手術室から応援要請だ。飛び込むとすでに処置中だったが一目見て重症とわかる。
「解放骨折、動脈性出血を認めます。他にも内蔵に損傷が疑われます」
「動脈出血をまず止めるんだ、骨折は後回し、……並行して開腹する。
輸血どんどんしろ! 毛刈り時間が惜しい、人型でそのままいく!」
手洗いは最速、大至急腹部を開く、上皮を切り、腹膜を切ると同時に大量の血液が噴き出してくる。
「うわっ!! 先生!?」
「慌てるな、色を見ても溜まっていた血がほとんどだ、そっちは動脈からの出血に集中してくれ、といっても鮮血も混じってるな……」
すぐに吸引して出血点を探る。その間に落ち着きを取り戻した助手が動脈性の出血の出血点を発見して処置をしてくれる。ありがたい。
「回収した血液も念のために点滴バッグに入れておけ!
脾臓破裂確認、脾臓摘出する。管子ありったけ!」
脾臓は血液を貯める場所だ。ここが裂けたり破裂したりしていると大出血を起こす。
一般的に脾臓は成長した動物にとっては重要な造血器官ではないために切除して取り出しても問題が無いと考えられている。
打撃などの外傷性の衝撃で複数個所が破裂した脾臓をきれいに整復している時間はない。
すぐに摘出の判断をしなければならない。
素早く脾臓に流れ込む血管を管子で挟んでいく。血管結紮は後回し。取りあえず流れ込む血液を止めてしまうことで出血を止める。
血管を閉じれば出血は勢いを失っていく。ガーゼで包み込んで様子を見る。
しかし、それでもじわじわと腹腔内に血が溜まっていく。
他にも出血点が存在している。
「もっと開ける。血圧どうだ?」
腹腔内をよりしっかりと確認するために開腹部位を広げる。
同時に見えていなかった胃や肝臓部分をチェックしていく。
「先ほどより下がらなくなってますが、微減」
「肝臓の一部が挫滅してる。この位置なら肝葉の一部をギロチンでいける。非吸収糸2-0大量に持ってきて!」
出血部位を発見した。肝臓の一部がつぶされるように崩れ、そこからダラダラと血が溢れている。
こういう出血はその場所を処置して止めるよりも元を断ってしまうほうが早い。
手早く挫滅した肝臓の根元を管子でつぶしていく、そして管子でつぶした部分を貫いて糸を通して結紮していく。肝臓の組織は管子で容易につぶされて離断するが血管は残る。その血管を素早く結紮して損傷部位を最速で除去する。結紮を終えると血圧が上がってくる。
細かな損傷はあるが、出血は目に見えて減少する。
脾臓にかけていた管子で止められた血管を結紮し離断していく。
裂けた脾臓の除去を終える。
輸血の効果でなんとか乗り切った。
腸管を含め腹腔内の状態を確認する。
消化管の損傷もあれば除去しなければならない。
「肝臓の辺縁の裂傷と脾臓の外傷性破裂、他、大血管、消化管に異常は認めない。
洗浄後閉腹、ドレーンを入れてICU管理だ。
骨折部位は状態の回復を待って再手術……思ったよりきれいに折れているな……
よし、整復して創外固定で行こう。道具用意して、手早くやるぞ!」
それからも重症例が続いたが、素晴らしい連携とチーム医療、素早い判断で、奇跡的に運び込まれた重症例の中から死者を出すことは無かった。
日常からの献血による血液の確保、そしてスタッフの教育が実を結んだ。
この内臓破裂をしていた患者さんも結局創外固定で骨折も回復し、ドレーンも抜けて回復した。
もちろん日常生活に復帰は時間がかかったが、少しでもチームワークが乱れれば命を落としていた。
獣人は本当に強い!
ただ、すべての人を救えたわけではない。
「……もう、亡くなっている。丁重にあつかえ」
すでに亡くなっている命は救うことはできない……
結果として7名の人名は救うことが出来なかった。いずれも即死かそれに準ずる傷によって治療を受ける前に亡くなってしまっていた。
「弔うのは後だ、今は戦場で戦っている仲間のためにも、俺は前線へ向かう、スタッフを振り分けて、前へ行けるものは行くぞ」
悲しむのは戦争が終わった後だ。
今は前に進まなければいけない、神の奇跡で用意した分院と共に俺は前線へとスタッフと追いかけていく。