第49話 本業
バギーを走らせていくとようやく防壁の影が見え始める。
風の音で戦闘の音は確認できないが、パソコンによる監視ですでに戦闘は始まっていることは確認している。
こちらの防御態勢は完全ではない、それでも巨大な防壁と堀は簡単に攻略できるものではない。
「設楽先生!!」
俺の姿に部下である衛生兵が気が付く、戦場に来たら真っ先に救護エリアへと向かった。
「誰かいるか?」
「はっ!」
すぐに伝令の物が現れる。俺は手短に状況の報告と情報収集、それに向こうの戦闘が終了し、すぐに援軍が来る旨を伝えるようにお願いする。
煙のように伝令が消えたら、救護室の把握だ。
「状況は?」
「今のところ軽症者が多いですが、怪我人は少なくはないです」
確かに救護室内ではスタッフがあわただしく動いている。全体を見回し、判断が必要な場所を探す。
「先生! いいですか!?」
呼ばれた場所へ足早に向かう。
「肩の部分の外傷ですが、火矢による火傷が酷くて……」
なるほど、火矢が刺さった部分を中心に一部は炭化して周囲は重度の熱傷になっている。
「痛み止めは使ってるな。どうだ、意識はしっかりしてるか? 手を触るよ、わかる?」
「ああ、先生の手は感じる」
「よし、それじゃぁ麻酔をかけて患部を洗浄するぞ。しばらくは戦場を離れてゆっくりしろよ」
最近は半獣ぐらいの姿でも普通に処置が行えるようになった。
もちろん腹腔内処置などは獣姿のほうがやりやすいが、わがままも言ってられない。
感染症予防、炎症制御、そして患部のデブリートメントだ。
炭化したところはもちろん、周囲の再生できない部分を除去していく。
出血はきちんと調整して、神経や血管に注意して壊死組織や熱傷部位を削り取る。
人間とこの子はネズミ族だが、皮膚の血管走行が異なる。
人間の場合は皮弁形成からの皮膚縫合は非常に難しく高度な技術が必要だと効く。
犬、猫、ネズミは皮膚の構造がルーズで皮弁形成が比較的作りやすい。
欠損した部位をある程度被える皮弁を形成して伸展して縫い合わせていく、気をつけるのは皮膚に栄養を送る血管をきちんと温存して皮弁を作ること、それに、無理にきれいに仕上げようとしないことだ。
感染傷になる恐れもあるのでドレーンを設置して漿液などの液体や膿などが出ないかを監視しながら、湿潤環境を用いた皮膚の二次癒合を目指していく。
彼らの皮膚は人のそれに比べて非常に強靭で、皮膚の傷跡なども綺麗に治りやすい。
もちろん清潔な手術の場合は細い糸で丁寧に縫うが、今は戦闘中、しっかりと使えるように治すこととスピードが大事だ。
「よし、縫合終わり。これならちゃんと機能回復も期待できる」
熱傷が深すぎて筋肉を損傷しているとやはり後遺症は残るが、今回はすぐに火矢を抜いたために深さはそれほどでもなく済んでいた。
「ふぅ、他に重傷者はいるか!?」
「大丈夫です!」
「お疲れ様です。報告に参りました」
気が付けば忍び装束の男が立っていた。この人たち気配がなさ過ぎて怖い……
それから詳しい報告を聞くとどうやら防戦は予想以上に苦戦しているようだった。
コブリンの時は運が味方してくれたが、やはり器用な種族というものは色々なものを利用して、ある意味邪道も正道。勝つためなら何でもやってくる。
自らの力を誇りとして正々堂々挑んできたリザードマンは気持ちのいい相手だったが、戦争においてはこちらの罠の前に敗北した。
「加えてこちらの防御は基本防壁と堀だけだからな……」
「それでも随分と助けられてますよ」
「ラージン! どうした? 怪我か?」
「怪我と言えばそうですが、今はガイアに任せて仮眠をね。先生がいらしたと聞いて顔だけでも店に来たってわけですよ」
肩口の切り傷を見せながらいつも通りの調子のラージン、それでも疲労は隠せていない。
「俺が処置する。座ってくれ」
「へい」
「どうなんだ実際?」
「いやー、敵もなかなかですね。
コブリンやオーガをうまく利用して戦ってきますね。
もちろん戦力としても地理的な面もこちらが優位なのですが、被害を出さずに勝つのは難しいですね」
「仕方ないな、向こうも必死なんだろうから……死者は出ているのか?」
「いえ、幸運なことにまだ。先生がやってくれたアイツが一番重症でしたね」
「そうか……」
軽症ではあるものの、次から次へと救護室へ患者は現れる。
清潔な水に医療用具をいくらでも利用できるというチート環境でなければ、どんどん重傷者は増えていくだろう……
「侵攻は諦めたほうがいいな……」
「それなんですが、先生。無理してでも侵攻することをお勧めします」
「なんでだい?」
「まず、今回のコボルトに経験を積ませて時間を与えるとどんなことをしてくるかわかりません。
それこそこちらの装備を開発されたり、そういった危険があります。
コブリンとの戦闘は運がよかった。
ああいう器用で知恵を使ってくる奴らは早めに叩いたほうがいいと思います」
「……わかった。取りあえず今は休んでくれ。君たちの回復力なら明日には回復してるよ」
「もう終わったんですか? いやー、気が付かなかった。それじゃあ少し休ませてもらいます」
その後、救護室にひっきりなしに訪れる患者をもくもくと治療を続け、数時間、ベイオ達の部隊が到着した。この知らせが反攻のきっかけになることは誰の目にも明らかであった。