第41話 距離
目の前に石だらけの河原が広がっている。
たくさんの人々が川を渡っている。
俺は、その川に近づいて周囲を見渡した。
川の向こうで見知った顔を見つける。
祖父と祖母だ。すでに5年前に他界した二人の姿を見つける。
祖母が亡くなると、まるで後を追うように数か月で祖父も亡くなって、寂しかったんだねなんて親戚にからかわれていた。懐かしいな……俺は久々のおじいちゃんとおばあちゃんの姿に惹かれるように川へと足を踏み入れる。
冷たい、しかし、不快ではない。
川の深さはひざ下程度で簡単に歩くことが出来る。
「……」
しかし、妙に足が重い。まるで何かが絡みついているようだ。
川の向こうの二人が何かを言っているような気がするが、耳を立てても何も聞こえない……
「……い……」
いや、何か聞こえるような気がする。もっと近づかなければ、俺は重い足を必死に動かして川に入っていく。
「せ……い……せん……!」
段々と声が聞こえてくる。焦る気持ちで必死に足を動かすが、川を進むほどにどんどんと足が重くなる。
「先せ……! 起きて……い……先生!!」
バチーーーン!! バチーーーーン!!
突然激しい痛みが頬に走った。
「くわっ!!! こ、ここは!?」
「せ、先生!! よかったーーーーー!!」
ラッテが抱き着いてきた。フワフワとした真っ白な髪の毛と柔らかい耳が頬に触れる。
めっちゃびりびりする。
「ちょ、ちょっと、ラッテ、まって頬がめっちゃ痛い、あれ、顎もいたい、口の中が血の味がする!」
「いや、その、あの……」
ラッテがとても申し訳なさそうにしている。
とりあえず落ち着いて俺は自身の体の状態を確認する。
それと、何が起きたのか思い出す。
……ああ、俺は地雷を踏みぬいたんだな。
我ながらあほなことを言ったものだ。
「その、ラッテ、さっきはすまなかった」
「いや、私も、その、ごめんなさい」
「ラッテお気持ちを知っているのにあんなことを言ったら、そりゃ怒るよな……」
「……ごめんなさい」
ふーっと俺は息を吐く。この世界にきて、ラッテ達と出会って、なんとかゴブリンの国を手に入れて、たくさんの仲間を作ることが出来た。
ただの獣医師に過ぎない俺が国家運営みたいなことを出来ているのはたくさんの仲間と、なんといってもラッテのおかげだ。
俺だってラッテのことを嫌いなわけはない、以前のネズミの姿をしていたラッテを可愛らしいと思っていたし、女性の姿になったラッテはびっくりするほどキレイで、それがなにか特別な存在のような気がして、ラッテに好意を告げられてもどうにも現実感が無くて考えられなかった。
「ラッテ……」
「はい……」
「怒ってるんじゃないよ、また怒らせちゃうかもしれないけど、俺はこの世界の人間じゃない」
「……はい」
「でも、この世界の皆が好きだし、この生活も気に入っている。
獣医師としての知恵や技術が必要とされているのも嬉しい。
冒険をしているときは最高に充実している。
この世界をすごく好きになっている」
「はい」
「それでも、もし、この世界を魔物たちから取り戻したら、俺は元の世界に帰ると思う」
「……はい……」
「そんな男でいいの?」
「……! え、それって……」
「未来のことはわからない、それでも俺はその時が来たら元の世界に戻るよ?
君を永遠に大事にすることを約束できないような男だ。それでもいいの?」
「……はい! 私は、たとえその時が訪れても設楽先生を好きな気持ちを大事にしたいです!」
「そうか……まったく、俺なんかのどこがいいんだか……あんまりいうとラッテに失礼だな……」
「そうですよ、先生は自分で思っているよりずっと魅力的で……ブツブツ……」
「ラッテ、俺はきっとどこまでいっても俺のままだけど、そんな俺を好きだと言ってくれるラッテの気持ちは本当にうれしい、これからも俺のそばで俺を支えてもらえるかい?」
「……はい! はい! 喜んで! 私は設楽先生のそばで先生を支えます!」
大粒の涙を流してそれでも満面の笑顔のラッテの涙をそっと吹いてあげる。
俺は、そういう経験がないから、ぎこちなかっただろうけど、そっとラッテの唇に唇を合わせる。
「こ、これからもよろしくね」
「ひあい! はい!」
三途の川でじーちゃんとばーちゃんに出会ったら、俺に彼女的な存在が出来ました。
34年間の彼女いない歴がとうとう終わりを告げるのでありました……
と、言っても……
「ラッテ、外来は今の方で終わり?」
「はい、入院患者の処置はほかのスタッフが終えてくれています。お疲れさまでした」
「いやー、優秀なスタッフがいると仕事がはかどるねー。どうする今日は食事でも行く?」
「あのー、その、今日は訓練がありまして……すみません」
「あ! 俺も東の防壁の補修を頼まれてるんだった!」
「お互い、忙しいですね」
「ははは、そうだね。夜のダンジョンでゆっくり話そうか」
「そうですね、いつも通り」
結局お互いに多忙なので、夜のダンジョン探索の時間が一番ゆっくりと一緒に過ごせる時間になってしまっていた。
「よっしゃ! とうとうヘヴィーリザードソロ討伐出来たぞー!」
「お疲れ様です先生」
振り返るとラッテの手には巨大な魔石が光っている。
「どうしたのそれ?」
「たぶんランダムボスのヘルリザードが沸いたので狩っておきました。突然遭遇をしたら訓練生でも負傷者が出るでしょうから」
実力差は天と地ほどある。
それでも、俺はこの関係でいいと思っている。
だいたいそういう経験がこれっぽっちもない俺が、もうこんないい歳になっていろんなことに積極的になって無理なんだよ!
でも、まぁ、一緒にいると以前よりずっと楽しいし、安心する。
いい物だなって思う。うん。
しばらくはゆっくりと二人の距離を縮めていけばいいと思うんだ。




