第3話 限界ギリギリチョップ
パキパキと焚火の木々が割れる音が聞こえる。
うっすらと目を開けると焚火が白煙を上げている。
どうやら初夜に野生動物に襲われてゲームオーバールートは回避したようだ。
パソコンの時間は5時を指している。
なんというか、習慣的にこれくらいの時間に一度目が覚める。
入院の状態などを思い出して、早く行く必要がなければ二度寝に入る。
「さて、今日は村へ向かわないとな」
早朝の気持ちの良い空気の中でパソコンで周囲の状態を把握する。
村はここから南東に進んだ場所にある。森の中にまるで隠れるかのようにひっそりと作られていた。
各種アイテムをパソコンに収納して歩き始める。
寒さも防ぎ、土で寝てもへっちゃらな俺の体をつつみこむ贅肉は高機能なのだ。
周囲の植物に目を走らせて食料になりそうなものを探しながら歩いていく。
これだけ疲弊した土地だ、そういったものがあれば非常にありがたかったんだけど、残念ながら豊富な食料を確保するのは難しそうだった。
「いざとなったらアッチから農産物を持ってくるしかないか……」
生態系めちゃくちゃになるだろうなぁ……ま、神様には太鼓判もらってるからいっか。
「そういえば、神様が言っていた獣医師としての知識とかなんとかってなんだろ?」
アイテムボックスの一番最初に入っている道具を取り出す。
それらは手術などに利用する器具、道具、それに……
「薬剤製造ソフト……取説見ると、すごいなコレ」
あっちの世界で処方していた薬を合材なんかも含めて好きなように作成できる。
フレーバーをつけたり形態を変化させたりそういったことまで可能みたいだ。
手術器具は一般的なものから整形外科、胸部外科までできそうだな……
ディスポでいろんなものがあって、昨日もっと確かめておけばよかった。
医療的な道具は過剰なほど持ってるってことになる。
これはありがたい。人口を見ると絶望的に少なかったから医療的に支えないとどうしようもない。奇跡の一部で種族を復活とかもあったけど、ポイント的に神の手を使うのは遥かに先になるだろう。
「個人的には早いとこ魔法の復活と魔法の深淵ってのを取って俺が無双してしまいたい……」
だいたいラノベでは異世界に転生させられた主人公、つまり俺が無双してやりたい放題やってハーレムと相場が決まっているんだ。
圧倒的な戦力差があるとはいえ、神様が後ろについているんだからもう大船に乗っているようなものだろう。
そんな風に思っていた時もありました。
マップを確認しながら村へ向かうと村の存在する森に到着する。
歩きながら周囲の状況も観察していたが、そんなに悲観するほど荒れ果てた大地ということもない、草原エリアでは農業も畜産も可能そうだし、近くには川も流れている。
「森の中に小川もあるし、なんとかなりそうな気がしてきたぞ」
森に足を踏み入れると外に比べるとほんのり涼しく、そしてとても静かだ。
自分が木々を踏みしめて歩く音でさえもその静寂の中では大きな音と感じるほどだ。
妙な緊張感があるといってもいい。
すでに村落の場所は把握しているし、自分がいる場所を直上から見ている映像で異常も認めないが、妙に胸騒ぎがする。
「生き物の気配がしない……?」
森に入って村までの道を半分ぐらい進んできたが、とても生物が生活しているような気配が感じられない。
自然に存在する動物もいるだろうし、その痕跡が少しは残るものじゃないだろうか?
村を移すカメラにも生体の姿は見当たらない。
気にしていなかったが、昨日も建物はあるものの動く姿はなかった。
「しまったな。もしかしたら廃村か……?」
この国は国土が非常に狭いのでだいたい全部眺めたが、人が済みそうなエリアは今向かっているところだけだった。
しかし、ここまで静かで生物の気配がないと不安になる。
「とりあえず、ほかに情報もないしな……」
イヤーな予感を胸に村へと向かう、自然と早足となってしまう。
「見えた……」
ここからは慎重にいかなければいけない、いきなり村人と遭遇して敵と間違えられて殺されても困ってしまう。
「……やばい、静かすぎる」
村を囲う粗末な柵まで近づいても全く生体の気配がしない、粗末な掘っ立て小屋がならぶ村からは音一つしない……
ケホッ……
前言撤回。物音がする。
頭を下げて耳を澄ませる。
ケホッ、ケホ。
ゲホゲホ……
嫌な音だ。湿性の咳。
分泌物などが多く存在する感染症や重度な肺水腫などのときに認められる比較的深刻な状態のときに聞かれる咳に聞こえる。
「まさか……」
意を決して村の中に入って、適当な小屋の扉を開ける。
草で作られた粗末な扉を開くと、ぶわっと虫が飛び出してくる。
同時に腐敗したような匂いが鼻をつく。
中では二体の大きな服を着たネズミが息も絶え絶えに倒れていた。
「おい! 大丈夫か?」
俺はすぐに不潔な洋服を脱ぎ、ディスポーザブルの手術着、手袋、マスク、帽子とフル装備でネズミ型の獣人に近づく。
「ヒュー、ヒューゴッホ」
聴診器も取り出して音を聞くが、酷い肺音がする。
「そういや、『鑑定』があったな」
ペロンという気の抜けた音ともに動物にコンソールが現れる。
瀕死。
「やばい!!」
ゲームスタートと同時に納める国の国民がすべて病死エンドなんてたまったもんじゃない。
すぐに不潔な住居から飛び出して外で神が用意してくれた『動物病院』を取り出す。
文字通り、病院だ。
最低ランクでプレハブだが、この村の住居に比べれば天国だ。
いずれは病室の拡張などもポイントでできるようなので楽しみだ。
「見た目がまんまで助かる。でかいからマウスより楽だ」
すぐに静脈留置を確保して抗生物質入りの点滴を開始する。
ネズミなどだと犬や猫と同じ抗生物質を利用すると菌交替症と呼ばれる致死的な病気を起こす可能性があるので、きちんと使用可能な抗生物質の中で呼吸器の選択性の高い物を利用する。
栄養状態も悪そうだから別ラインから中栄養輸液も開始する。
湿性の咳を伴って肺自体は弱っているだろうから輸液量は必要最低量にして、肺の回復を促すような薬剤も随時追加していく。
もう必死に家から村人たちを運び出しては次々とライン確保を行って治療を開始する。
酸素ボンベもフル活動してもらって少しでも呼吸状態を改善させる。
何体かレントゲンも撮影して血液検査も行っていく。
これだけ壊滅的な状態でありながら、飢餓状態もひどくなく、感染症のコントロールさえできればなんとかなりそうだった。
ベットから地面にマットを引いたり野戦病院のようになってしまった。
情報で見た36名全員が、肺炎で死にかけていた。
感染源はどうやら排泄物の管理が悪く住居も含めて村全体がはっきり言って不潔だった。
村の住居は悪いけどすべて収納して森から離れた草原ですべて焼いておいた。
表層の地面はすべて収納で取り去り一緒に燃やしておいた。
村はあっという間に土がむき出しの更地へと変わる。
そこに異業の病院がドーンと立っている。
午後になると、呼吸状態は安定してきていた。
こっちの世界の抗生物質がこっちでも効いてよかった。
それにしても一人でこの数の処置を行うのは無謀かと思ったが、この動物病院とパソコンは非常によくできていて、病院内にいる動物の状態のモニターがパソコンを通して可能だ。これによってずっとつきっきりでもなくても看病が可能になる。
「よかったけど、よかったけども、どうすりゃいいんだ……」
今後のことを考えると目の前がまっくらになる。
「ま、でもとりあえず救えてよかった」
とりあえずはそれだな。
なんとなく寝ているみんなの顔も楽そうだ。
すやすやと寝ている大量のネズミたち。こうみると愛らしくもある。
「みんなが目覚めた後のことも考えないとな……」
家は燃やしました! なんて言ったら殺されるかもしれない。
代わりの住居を考えないと……
結局初めての村人が目を覚ましたのは3日後になるのだけど、その間も俺は大忙しだ。
アイテム収納の拡張利用によって森の中を好き放題改造していく、周囲から内部が見えない最低限の木々を残して派手に回収した。
中には食料なども含まれていたのでラッキーだった。
意識して取り込んだ後に各種ソートをかけて分類できる機能は非常に使いやすく助かる。わかってるなぁ神様。
しかし、この方法は今後のことを考えていないので、諦めて通販で各種作物の種も購入して畑を作った。
一度土をアイテムとして回収してもう一度撒くことによって耕す必要もないふっかふかの土壌が作れる。
おなじみのジャガイモを筆頭に育てやすい家庭菜園を少し大規模で作る。
カードが使えなかったら詰んでいたかもしれない、ありがとうデビットカード。さようなら僕の老後資金。
特に役に立ったのはアウトドア商品だ。
住まいは大型テント、コンロだってガス缶を利用した本格的なものも多い。
これに少し調理器具をそろえれば立派な共同キッチンが完成する。
『動物病院』は神の加護を得ているので、電気も水道もネット環境も神の力で使用可能だ。
水の確保なども病院の外のドッグランに併設された小さな水道から利用できる。
「それにしても、この世界に来てから体の調子がいいなぁ……」
かなりハードに動き回っているけども、そんなに疲れも感じない。
病院があるおかげで生活レベルはすさまじく向上していて、手術用のマットで寝れるし、トリミング用のシャワーでさっぱりと清潔に暮らしている。
衣服は白衣とオペ着で生活しているし、快適の一言に尽きる。
そして、とうとう患者さんの意識が回復する日が訪れる。
明日も18時に投稿いたします。