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第1話 獣医師は忙しいのです

新作です。

読んでいただけたら幸いです。

「よし! 今だ! 全員弓を放て! 槍を突き出せ!」


 俺は精一杯声を振り絞って号令をかける。

 この戦いにおいてこのチャンスを逃したら全滅は間違いない、唯一の勝機がここなのだ。 すべての準備がこの瞬間のために積み上げられて来たと言っていい。

たとえ俺の喉が潰れてもここで皆を奮い立たせなければいけない。


 俺の号令に反応してくれた村人たちは、一生懸命訓練通りに罠にはまった敵に弓を放ち槍を突き出している。

 油断しきっていて突然罠にはまった敵は何が何だかわからない狂乱状態で一方的に攻撃を受けて絶命していく。

 圧倒的な戦力差、数も装備も敵が圧倒している。

 個体としての能力も敵が上、慢心するなというのが難しい。

 今まで遊び感覚で狩り続けていた獲物が、突然牙を剥くなんて想像もしていなかっただろう。

 

「頑張れ!! ここが最後のチャンスだ!

 生物として虐げられ続けてきた俺たちの……唯一の逆転の可能性を、自分たちでつかみ取るんだ!!」


 我ながらよく口が回る。

 この世界に放り込まれてから培ってきた信頼関係を俺自身も信じるしかない。

 

 落とし穴に落ちた敵の主力は弓と槍によってほぼ壊滅状態だ。

 問題はここからだ。主力の大半を壊滅させてなお、戦力差はあちらのほうが上なのだ。 つまり、この罠が暴露したうえで慎重に敵に攻め込まれれば、俺たちは死ぬ。

 

「聞こえるか敵将!

 我らを狩る獲物としか見てこなかったお前たちの慢心、怠惰、暴虐、それらに神の罰が下ったのだ!」


 俺は罠を超えて敵の眼前に一人立ち大声を上げる。

 本当は小便がちびりそうだ。

 それでも、この一世一代の演技の背中に村の人々の命が乗っかっている。

 

「虐げられ、侮辱され、耐えるだけの日々は終わった。

 我らには神から与えられた力がある!

 帰って王に伝えるがいい! 神の怒りは激しく、貴様らを食い破るまで止まらぬとな!」


 心の中では(帰ってくれ、帰ってくれ、帰ってくれ、帰ってくれ)と繰り返しながら何度も練習したスピーチを声が震えないように気を張りながら声を張る。


「神の罰を恐れぬものはかかってこい!!

 俺が相手をしてやる!!」


 おっ、敵がざわつき始めた。お願いだから帰ってください。何でもしますから……


「見事だ神の使いとやら、今回は我らの負けだ。

 お主、名をなんという?」


 見事な鎧に大きな剣、明らかに実力者、多分敵方の将軍なのだろう。

 体こそ俺よりは小さいが、鎧の下には強固な筋肉の鎧を隠しているんだろう。

 声からすると結構齢を重ねていそうだが、威圧にも似た迫力がある。

 いくらゴブリンと言っても一対一で勝てるか不安になる。


「俺は羽計はばかり 設楽したら。獣人を救いに来た神の使い。

 人間だ」


 敵軍に動揺が走ったのがわかる。


『人間』


 この世界ではすでに滅んだ種族の名前だ。

 

 この世界、エンディウム。

 俺はその異世界に放り込まれた異世界人だ。


「なるほど……伝説の人間か……神の使いという話、与太話でもなさそうだ。

 それに今回の戦で見た恐ろしい罠の数々、数多の叡智を操るという人間であるならうなづける……

 総員、撤退するぞ!」


 将軍の号令とともに混乱していた敵兵が整然と撤退準備に入る。

 ああ、おそろしい。

 

「冷静な判断、敵ながら見事と称しておく。もしよければ名を教えてくれないか?」


「伝説の存在から褒められるのは悪い気はせんな、シタラと言ったな。

 我が名はゴーゼム、総大将を任されておる!

 次はお主の首を取る。それまで壮健あれ!!」


 巨大なオオカミにまたがると颯爽と引いていくゴブリン軍。

 主力を壊滅させてなお整然と引いていく。あのゴーゼムという将軍の有能さが嫌でも理解できてしまう。

 次……どうしよ……


「か、勝ったぞ……本当に勝ったんだ!」


「やった、やったぞーー!!」


 俺の不安をよそに周囲から歓声が一気に上がる。

 俺を信じて一緒に戦ってくれた村人たちだ。

 みんな嬉しそうに抱き合って、誇らしく耳をぴんと立てて、喜びからひげがプルプルと震えている。

 大きな瞳に特徴的な前歯。

 俺の居た世界では、ネズミと呼ばれる姿だ。

 ネズミが二足歩行で喜び合っているという何ともメルヘンな景色が広がっている。

 手とかは俺と似た感じで、事実非常に器用だ。

 今回の罠や武器を作るのにもみんなの技術が大変役に立った。

 俺の守った村、ラッティウム村。

 元、人間と獣人の世界エンディウムに最後に残された獣人の村だ。


 今、この世界は先ほど攻めてきたゴブリンなどの魔族に完全に支配されている。

 この世界で生き残っている獣人は過酷な環境下で小さな小さな村を作り細々と生きていくか、魔族たちの下僕、玩具として生きていくしかない。

 人間は、その小賢しい知恵と技術を恐れられ、完全に滅亡してしまっている。らしい。

 そんな世界になぜ俺が来ることになったのか、それは信じられないかもしれないけど、この世界の神に頼まれたからだ。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 俺の名前は羽計 設楽。34歳。独身。

 職業は獣医師。趣味はゲーム、小説、アニメ、漫画。

 その日も仕事を終えて、本日発売の待望の趣味レーションゲームを家でプレイするために必死に自転車を漕いで家に続く坂を上っていた。


「あと少しで、下り坂。そこを降りれば織田の野望の最新作が俺を待っているんだ!」


 ママチャリが100キロの体重を運ぶことで悲鳴に近いギシギシとした音を上げる。

 わがままボディから力を振り絞って俺はママチャリを立ち漕ぎしている。

 時計は23時を指している。今日も忙しかった。

 朝は6時に病院入りして昨日預かった動物たちの状態を診て回る。

 一日の治療計画を立てたり検査の予定を組んでいく。

 朝の処置を終えてスタッフ同士で現状の報告を行う。

 診療が始まれば戦争だ。つぎつぎと差し込まれるカルテをひとつひと丁寧に診療していく。終わることのないように思える外来時間、その間にも入院が増えたり、退院させたり、検査したり、検査を評価して治療指示出したり、手術をしたり、まぁ、大忙しだ。

 昼休みという名の外来が止まる時間を利用してたまりにたまった仕事をこなしていく。

 食事をとる暇なんてない、菓子パンを放り込んでカロリーだけ摂取する。

 午後の外来が始まれば減ったカルテがまた積み重なってくる。

 夜の外来終了時間後にも待合室は飼い主さんでいっぱいだ……

 中堅のうちの動物病院の当たり前の日常の一幕だ。

 俺も必死に仕事しているが、うちの院長の半分もカルテをさばけていない。

 あの人は化け物だ。


「悪い設楽先生、今から急患来るから入院処置お願い」


「わかりました。オペになりそうですか?」


「たぶん、まったく一週間もほっといてから時間外とか……」


 院長はため息をつくが、この人はどんな動物も見捨てない。

 悪いのは動物ではない。それが院長の口癖だ。

 俺が誰よりも尊敬している人間だ。

 羽計 熊野介くまのすけ。地域でクマ先生として愛される名物先生だ。

 俺の、父親でもある。

 仕事中はきちんと俺のことを先生と読んでくれて、一人の先生として扱ってくれる。

 一緒に働いて、自分の父親がいかに凄い人間か思い知らされた。


 今日も病院はどったんばったん大忙しだったが、なんとか日付を跨ぐ前に終えることができた。

 院長は病院の上の家に帰る。俺の実家だ。

 俺は近くに一人暮らしをしている。

 正直、逃げたと言っていい。

 帰ってからも院長の仕事は終わらない。

 それを毎日見ていると俺の中の劣等感が耐えられなかった。

 病院から自転車で15分のマンションに俺は暮らしている。

 あの家にいると、アニメを見るのもゲームをするのも漫画を読むのもまるでやるべきことをさぼっているような気分になってしまい、俺は一人暮らしを選んだ。


 自分の生活を自分でできないとこの時代駄目だからな。親父は笑って一人暮らしを許してくれた。

 親父は大好きなおふくろと夫婦水入らずで暮らせて結構楽しそうなのが救いだ。

 弟も獣医師だが、今はアメリカで勉強している。

 あの病院は弟に継いでほしいと思っている。

 俺は40になったら開業しようと考えている。

 俺は、海の側の小さな動物病院を作って、釣りをしながらのんびりと仕事をするのが夢なんだ。

 今は、親への恩返しだと思って働いている。

 激務すぎるうちの病院にくる獣医師さんは、結構すぐにやめてしまう。

 親父の技術を学ぼうという野心あふれる人間は頑張ってくれるが、技術と知識を得ると開業していってしまう。

 それが、この業界の姿だ。

 俺も弟が成功して帰ってきてあの病院を継いでくれれば安心できる。


「あと、少し……」


 そんなこんなで、今は家に帰って長年続く歴史シミュレーションゲームの新作を楽しむためにとうとう試練のぼりざかを乗り越えた。

 あとは下り一本でマンションの前まで到着する。


「え!?」


 坂を上りきると、そこには何もなかった。

 文字通り、何もない。

 地面も、街並みも、空も、突然そこですべてが途切れていた。

 必死に坂を上っていた俺は、突然の変化にも対応できずに、その何もない空間に落ちるしかなかった。

 落下したと感じた瞬間、俺の意識も消失してしまっていた。




「……ここは……」


 目を覚ますと俺は路上に転がっていたわけではなかった。

 真っ白な世界に横たわっていた。

 空も地面も壁も、いや、壁があるのかもわからない、どこまで広がっているのかもわからない真っ白な世界に倒れていた。


しばらくは毎日投降18時にしていきたいと思います。

よろしくお願いいたします。

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