7.お化けを退治しちゃった
「で、次の仕事は……」
「私これやりたいです」
「お化け退治……?」
「はい、これは任せてください」
「……そ、そ、それ、来週に教会本部が総力を挙げて除霊を行うことになっていますが」
会長のゼービスがびっくりする。
「いいよ、なんとかなるだろうし。火事で焼け落ちた教会跡なんだろ?」
「はい……。地下墓地まで延焼してしまって悪霊のたまり場になっているという話です。新しい教会を建て直したいんですが、事故ばかり続いて手がつけられていません。実際に幽霊を見た作業員がたくさんいて、もうどこも引き受けてくれないんです」
お化けか。
科学的に説明できないことだから俺の出番じゃないけど、女神様がいるんだからなんとかなるかもな。
「じゃ、今週中に俺たちが帰ってこなかったら、そのまま教会の仕事ということに」
「はい……お気をつけて」
「ルナ、除霊ってどうすんの?」
「私は女神ですから、私がお化け屋敷に入るだけでまあ……たいていの霊は逃げちゃいますね」
「逃げない霊は?」
「昇天したがってる霊なので浄化してあげます」
「襲ってくる霊は?」
「私の結界に触れたら消滅しますね」
「俺はどうしよう」
「武器に聖魔法属性つけてあげますよ。それで殴ってください」
「……なんかえらく簡単な仕事ぽく聞こえちゃうんだけど」
「簡単な仕事ですもの。私の本業みたいなものですから」
……武器屋に行って安い棍(長いひのきの棒)を買ってきました。
だって気持ち悪いんだもんリーチの長い武器とか欲しいし、終わったら捨てたいし。
さて霊が出やすいという真夜中にやってきましたお化け屋敷。
月明りに照らされて、石造りの教会が火事で焼け落ちて、屋根とか無くなっているが崩れず残っている石積みがかろうじて建物の形を作っている。
「照明弾」
ぴゅんぴゅんぴゅんとルナが矢を撃つと上空が明るくなって死角がなくなる。
「聖域を掛けます。これで中にいる霊は逃げられません」
ふわっ。優し気な光が教会を覆い、包む。
「サトウさん、武器出してください」
「ほい」
棍が淡い光に包まれる。
「それで触れれば霊は昇天します。なにか襲ってきたらそれで」
「なにその絶対除霊武器」
二人で教会跡地に踏み入る。
さすがに俺は怖くなってきたので、ルナの後ろからついていくぞ。
だって幽霊だぞ幽霊! 俺は理系だからな、幽霊なんてこれっぽっちも信じたことが無く子供のころから肝試し最強と言われたこの俺でも、ルナの当たり前のように幽霊が実在するかのような話されたらさすがに怖くなるって!
恐る恐るルナの後について教会の祭壇跡に入ったら……。
……パーティー会場ですか。
なんか白いもやもやした人の形してるものがたくさんいるんですけど……。
すごい数なんですけど……。
ぼんやりしたものからはっきり人だとわかるものまで、もうホラー映画の一場面のような……。
「夜分失礼いたします。こんばんはみなさん。女神ルナテスと申します」
そう言ってお辞儀をする。
そうすると幽霊が一斉にルナに向かってお辞儀する。
なんだこれ――――!
なんだこれは――――!!
「今宵、お集まりいただきありがとうございます。これより浄化の儀式を行います。もし皆様が、この世に未練なく、罪を洗い清められ、天に帰りたいと希望されるならば、私に懺悔をしてください。ではそちらのお方から……」
幽霊が一人進み出て、跪くというかうずくまって口をぱくぱくさせる……。
俺には何を言ってるのかわからない……。
ルナはそれをうんうんと、頷きながら聞いている。
「……あなたの罪は、許されました。共に祈りを捧げてください」
ルナが祈り、手を伸ばして霊に触れると、その幽霊はふわっと光に包まれて、消えてしまった。
すげえ――――!
初めて尊敬した!!
あんたやっぱり女神だよ!!
そんなこんなで、ルナはそこにいた幽霊二十体ぐらいを全員成仏させてやった。
成仏は仏教か。そういえば「昇天」って言ってたな。
話の長い奴もいてなんかもう三時間ぐらいかかったけど……。
「地下墓地にいきましょう」
「墓地って怖い」
「墓地って別に怖いことないですよ。だってちゃんと埋葬されて、毎日祈りも捧げられて、教会が管理していますもの。みんな昇天してるに決まっていますからこの世で一番幽霊が出ない場所ですよ墓地って。出るのは悪霊ぐらいです」
「だからそれが怖いのっ!」
地下への階段を下りてゆく。
ルナが手元に光球を作ってふわりと浮かせているので照明は十分かな。
俺は完全に後ろからビビりながらついていく。
だって本物の幽霊をあれだけ見たらそりゃあ怖いよ。
俺みたいな理系の人間の最大の弱点。それは、「科学的に説明できない何か」だったりする!
科学で説明できないことをリアルに突き付けられるとマジで怖い。
いつもならどんなオカルトも「そんなものは科学的にあり得ない」「科学的に説明できる」と言って鼻で笑うのに、リアルで本物の幽霊見ちゃったし――――っ!
ここはファンタジー世界だからなんでもアリだとは思うんですけど――っ!
でも、俺、万が一、日本に帰ったとしても、もう幽霊否定派でいられないよ!
なんか襲ってきた――――!!!
なんか飛んできた――――!!!
ルナが手を振るだけで消えちゃうぞ!
なんだそれ!!
ミイラがいっぱい! 死体がいっぱい!
ミイラ動き出した――――っ!!
アンデッド!? ゾンビ?
いっせいにルナにかかってくるけど、なんか結界ぽいものに触れて崩れてる。
「だ、大丈夫なのルナ?」
「はい。死体が操られてるだけですから。奥になにかいますね」
そのまま進んで、目の前になにか気持ち悪い背筋がぞくぞく来るようなものが集まり出す。
「あなたがこの教会に火をつけた、放火の犯人ですね!」
ルナが弓を構えると光る矢が現れ、それを放つ!
ぎゅわああああああぅうあうううう……。
地下墓地にものすごい悲鳴が響き渡って、静かになった。
「サトウさん?」
「……」
「サトウさん?」
「あ、はい」
「終わりました。帰りましょ」
「……はい」
ルナが教会の結界を消して、歩き出す。
ここは首都ラナスから離れたとある農村なのだ。
歩いているうちに日が昇ってきて、明るくなってきた。
ふんふんふん……ルナは鼻歌なんか歌って上機嫌。
「いやあ、凄いなルナは」
「これでも女神ですもの」
「うん、やっぱりな……。普段忘れてることが多いけど」
「女神は人々の幸せを祈ることが仕事です。不幸な者、迷う者あれば、救うのも大切なお仕事です」
「そうかあ……」
首都近郊の農村なので、城塞門が開く時間には到着した。
朝食を屋台で調達して食べてから、ハンター協会に行く。
「ほ、ほんとうに除霊というか、悪霊退治というか、できたんですか?」
「はい。もう大丈夫ですよ」
「なにかわかったことは?」
「教会を放火した犯人はマーク・トレビン。四十五歳の男です。村にいておかしな魔術を研究していて教会から異端扱いされたのを恨みに思っての犯行です。教会で礼拝中、村人が集まっているところで自爆しようとして失敗し、自分が燃えちゃったので火事になりました」
「……そこまでわかるんですか……。教会に報告しておきます」
「よろしくお願いします」
「あとで教会の人が調査に行きますから、結果が出たら教会から報酬が払われると思います」
「わかりました」
その日は徹夜だったので、まだ明るいけどそのまま宿に帰って寝ることにした。
「あの、ルナさんや……」
「はい?」
「あの……、俺も眠くて……。その」
「はい」
「その……、一緒の部屋で、寝てもいいですかね?」
「はいっ!」
だって怖いんだもん。ホントに怖かったんだもん。幽霊だもん!!
ベッドが二つある部屋を取って寝ましたけど、朝になったら、俺のベッドでルナが俺に抱き着いて寝てました。
「だって佐藤さん、うなされててかわいそうだったんですもん」
パジャマがぐっしょり寝汗で濡れてて気持ち悪いです。
やってないよっ! やってませんからねっ!
既成事実を一つ作られてしまいました。
なんか見えてる地雷原の包囲網が着々と俺を取り囲んでいるような気がします。