3.教会に本物の女神様が来ちゃった
教会に入る。
昼過ぎなので人が少ない。祭壇の上、飾られている御神体は女神ルナテス様と七人の勇者たち。うん、ルナテス若いしナイスバディ。ルナテスは降臨したことが無いので、歴代勇者が伝えたお姿なのでしょうな。ちょっと美化入ってるのか、それとも若き日のお姿なのか。
俺の隣にいるルナはちょっとくたびれちゃったよ。
「素敵な女神像だね」
「そんな……」
くねくね、顔を赤くして照れております。真面目な人かと思ったけど、可愛いところも少しはありますな。
「七人の勇者たちか……。これが魔王を倒した歴代勇者ということか」
「……人間視線で話しますと、千年前の魔王出現に対して、人々の願いが神に通じ、初代勇者が現れ、パーティーを率いて魔王を倒しました。その時勇者が語った、自分を召喚した女神ルナテスが神格化され、ルナテス教会が設立され信仰の対象となりました。その後、およそ百年ごとに魔王が復活し人間社会が攻撃を受けるたび、教会が女神に祈りをささげ、女神がそれに応えて勇者を召喚し、魔王が倒されている、ということです。その繰り返しなんです」
人目があるといけないので、自分の話ではなく、他人事みたいな言い方をするルナテス。
「つまり人間は魔王については女神と勇者に丸投げ、自分たちでは魔王と闘ったことは無い?」
「魔王復活と共に魔物が攻めてきますので、それとは軍を挙げて戦ってくれますが、魔王を倒すのは勇者でないと無理なほど魔王が強いのです」
「人間同士で戦争が無く平和が続いている理由は?」
「歴代勇者が女神の言葉として教義を伝えました。憤怒、強欲、怠惰、傲慢、嫉妬、虚飾、差別などを罪として戒めるように。魔王の復活があるたびに世の中が乱れました。そのたびに世の中が乱れた原因となった大罪を教え、それを罪としたのです」
「なるほど……魔王も女神も勇者も、想像上のものじゃなくて、実在してるんだから効果はてきめんだな。女神自身が降臨するわけでもなく、英雄である勇者に語らせる点も良い。なによりわかりやすく信仰も集めやすい。教義もシンプルで必要最小限。教義を原則に、あとは治世側で細かく法整備、うまくいった例だろうな」
「はい。そこはうまく行ったと思います。教義も尊重されていてありがたいと思います」
「うん、よくできた世界だ。よくここまでやった。今まで見た世界の中じゃ一番うまくいってるよルナテス様。95点だ」
「あの……ありがとうございます。5点減点の理由は……?」
「女神がいなくなり勇者召喚がなくなったら簡単に魔王に滅ぼされてしまう危うさを持っている点だな。人間にはこれに対処する能力がすでにない」
「……その通りです。そこをなんとかできないかと、思っているんですが」
「勇者と女神頼みの平和な世界か……。そこが危険なんだよな」
「結果的に、そうなってしまったのは私のいたらなさだと思います……」
「かといって人間が魔王をも倒せる力を持つと、今度は人間同士の争いになるだろうな……。魔王がいるから戦争も起こらず、人類が団結している」
「抑止力がなくなっちゃうんです。バランスが難しいところです」
「そこで君は人間も知らないうちに、密かに魔王を封印し、今うまく行ってるこの世界を維持しようというわけだね」
「……はい」
ふーむ……。俺は前の世界でいつも魔王と仲良かったからな。
魔王は本当に倒すべきやつなのか?
「魔王ってどんなやつだ。復活すると何をする?」
「魔物を魔族化して操って人の住む街を次々と破壊します。人間は全て殺されます」
「是非も無しか……。魔王の目的は?」
「人類の絶滅でしょうね」
「そこに魔王のメリットはあるのだろうか?」
「人類に対する遺恨かと」
「復活するたびに倒されちゃな」
「……そうですね」
魔王と仲良くなって人間と手を結ばせる。いつもの手は使えないか……。
「君は魔王を倒せる能力はあるのかい?」
「地上ではありません」
「どうやって封印するの?」
「勇者として地上の自分自身に女神の加護を与えて、修業してレベルを上げて、封印の力を強くするようになってからということになります」
「要するに君のレベル上げの手伝いをしろということになるのかな?」
「……申し訳ありません」
ルナが顔を伏せる。
勇者だって修行の旅をしてレベルを上げてから魔王に挑む。
女神も自分が勇者になるのなら同じことをしなければならないということか。
「じゃ、君も冒険者とかハンターとか、そういうやつになってもらうことになるのかな」
「はい、それがいいと思います。お願いします」
「よーし、じゃ、行くか。君が今持っている能力は?」
「女神なので聖魔法系になります。今は回復、治療」
「かなり強力?」
「パーティー全体を完全回復できるぐらい?」
「凄いじゃないか!」
「まだまだです。この世界で使える魔力を上げて、最終的に魔王を封印できるぐらいにならないと」
そんなことを話しながら、ハンター協会に着いた。
前々回はハンターギルド、前回は冒険者協会、今回はハンター協会ですね。
名前は変わってもやってることは同じですわ。システムもそう変わりようがありません。要するにハロワだからね。
ギルドに入ると、ガラが悪そうなやつらがいっせいにこっちを見る。
酒場というかたまり場というか、場末な感じがムンムンするぜ。
こんな場所にいい年したおっさんとおばさんが入ってくるんですからそりゃあもう場違いな感じで悪目立ちするわ。
そういうのは一切無視して、カウンターまで行く。
「こんにちは。ハンター登録したいんですけど、受付はどちら?」
「……ここはあんたたちみたいのが来るところじゃないと思うがね」
カウンターのオヤジが言うと、周りのハンターたちがいっせいにゲラゲラ笑う。
ルナテス様が怯えてるよ。まーしゃーないな。
「おいオッサン、そんな歳でハンター始めたいとか正気かよ?!」
「歳考えろよ、こんなところに女房連れとかありえねーし! おばはんビビってんじゃねえか?」
「お前みたいなやつに魔物狩れんのかよ。ふざけんなよハンター舐めんな!」
みんなニヤニヤ笑いながら俺の周りに集まってくる。
うーん、今までで最悪な感じですな。
せっかく治安いい街だと思ったのに……。だいなしです。
「ハンターになるのにはなにか資格がいるのかな?」
無視を決め込んで、カウンターのオヤジに言う。
「別にないがね、まあ死ぬ覚悟があるかどうかかもしれんがね」
「じゃ、登録してくれ」
「二人で金貨二枚。あとはこの用紙に書き込んで」
「はい」
ルナが出された用紙にすらすらと書き込む。
ふむ、こちらでの読み書きは問題ないと……。
俺も書こうと思ったら、用紙を、さっとニヤついた兄ちゃんが奪い取る。
「おいオッサン、ハンターになりたかったらこの俺から紙を奪ってみろよ!」
「ひゃははははは!」
周りのガラ悪い奴らが一斉に笑う。
「そうしよう」
兄ちゃんの書類をつまんだ腕をつかみ、ひねり折る。
ぼぎいっ!
「ぎゃあああああああああ!!!」
絶叫が響き、手首を折られた兄ちゃんがへたり込む。
ひらりと落ちそうになった書類をつまんで、カウンターの上に置く。
「てめえ――――!!!」
仲間らしい奴らが飛び掛かってきたが、これをぶん殴る。
顎が骨折して一発で気を失う。
「こ、この野郎!!」
その場にいた十人近いハンターたちが一斉に俺にかかってきた。
面倒なので二人ずつぐらい腕を折ったり足を折ったり首をねじったり腹を殴ったり。
わざわざ十手を使うまでもないね。まあ二十秒あれば全員床に叩き伏せさせることは簡単だな。
「おいっおい!! しっかりしろ!!」
腹殴られた奴は内臓を損傷したか仲間に抱えられ血を吐いており重傷だ。
俺は気にしないで、自分の分の書類を書いていく。
「さ、佐藤さん! やりすぎです! やりすぎですってば! 死んじゃいますよ!」
震える声でルナテス様が倒れているみんなを見る。
「あ、ルナ、悪いけど治しといてやって」
「あ、はい!」
ルナテス様が跪いて祈りを捧げると、ふわー……と金色の光が協会ホールに降り注ぐ。
「あ……」
ガラ悪いハンターたち、全員があっというまに全回復。
キョトンとしてやがる。
俺は書類を全部書き終わったが、それをカウンターの親父の前でヒラヒラさせて、「まあ、俺たちみたいなおじさんおばさんに用はないらしいんで」
と言ってその書類をゆっくり、びりびりびりびり……と破く。
「他を当たるわ。いこうかルナ」
そうして俺たちはボーゼンとしたハンターたちに見送られてハンター協会を出た。
「さて、今夜の宿でも探すとするか」
「佐藤さん……強いんですね。今更ですけど……」
「アレぐらいは軽い。俺をおじさん、ルナテス様をおばさんと呼んで馬鹿にしたからちょっと実力見せてやっただけさ」
「やりすぎだと思うんですけど……」
「アレはデモンストレーション。十人以上のハンターを一瞬で叩きのめすおっさんと、重傷で死にかけている奴までいるそのハンターたちを一瞬で全快させるおばさま。これだけ材料があれば向こうのほうで俺たちを探すだろ」
「そうだったんですか。そこまで考えていたんですね」
「まあね。今回時間があんまりなさそうだ。こそこそやってる暇がないんだよ」
「それにしても、あの人たち……ハンターの質が低いですね」
立ち止まって、ルナテス様に振り返る。
「大きな社会ではどうしても落ちこぼれが出るのは避けられない。世の中治安が良く戦争もない、英雄になれるチャンスも成り上がれる舞台もない。そういう荒れたやつらの受け皿になるものがどうしても出来てしまう。それはヤクザだったりギャングだったりするわけだが、この世界ではそれをハンター協会がやっているってことだな。どんな世界にもあることだ。君のせいじゃない」
「……申し訳ありません」
「とりあえずハンター登録は、もっと別の田舎町のハンター協会でやることにしよう。あそこはちょっと空気が悪いや」
「わかりました」
「さて……金はいっぱいあるし、今日は疲れた。宿は……あれでいいかい?」
でっかい高そうな宿屋というかホテルを指さす。
「あっ……は……い……」
なにその間。
宿屋に入る。
「予約ないんだけど、一部屋、宿を借りたい」
「いらっしゃいませ。どのお部屋にいたしましょう?」
リストをくれる。
「じゃあここ」
「夕食と朝食、お風呂はどういたしましょう」
「全部頼む。夕食はルームサービスで」
「はいかしこまりました。金貨一枚銀貨六枚になります」
「どうぞ」
「お部屋のキーです」
「ありがとう」
そのキーを、真っ赤になってモジモジしているルナテス様に渡す。
「?」
「じゃ、明日の朝、ここに迎えに来るから。おやすみ」
そう言って俺は、宿屋を出ていった。