2.女神様と地上に降りちゃった
ふわーっ……と光に包まれて、気が付いたら街のど真ん中にいた。
でっかい街だな! 教会らしきでっかい聖堂、王宮らしいでっかいお城、遠くのほうでかすんで見えるよ。
人も多い。にぎわってるよ。
不思議なことに突然現れたはずの俺たちに誰も注目もしない。
まるで一時間も前からそこにいたみたいに。
えええええ! ショートカットしすぎだろ!
隣を見ると、女神様がいる。
なんかパーティードレスというかヒラヒラの全身白の、ってそれさっき着てたやつ。
なぜかつないでいた手を放して、女神様を見る。
「あの……。これ……」
「うわあ――――!」
女神様の顔が輝く。キョロキョロ、キョロキョロ!
「佐藤さん! 街! 街ですよ! 人間の街!」
「って見たこと無いのかよ!」
「ありませんよ!」
「いつもどうしてるの?」
「モニターから見てるだけっていうか」
「『神は見ているぞ』的な?」
「はい」
「なんだかな……えっと、あの、そういえば女神さん?」
「はい」
「お名前を聞いておりませんでした」
「あっ失礼しました。私、ルナテスと申します」
「ではルナさん、まずなにからしましょうか?」
「……なにからしましょう……」
「無計画かい――――!!」
突っ込んでいいものやらどうしたものやら……。
その歳で世間知らずなお嬢様キャラはいくらなんでも痛いです……。
まず現状確認だ。
【ステータス】を見る。
LV (レベル) 999
HP (体力) 999
MP (魔力) 999
STR(筋力) 999
INT(知力) 999
AGI(敏捷) 999
ATK(攻撃) 999
DEF(防御) 999
MGR(抗魔) 999
うん、まったく変わってないね。
……このパターンも三度目ですかね。
使える魔法もなにもかも一つも変わってないわ。生前のまま。
身に着けている物を見る。
うん、貴族風魔界正装。俺が持ってた一番いい服だもんな。
らぶちゃんがこれを着せて俺を棺にいれてくれたわけか……。
それ考えたら涙出そう。まだ新婚さんいらっしゃいと言ってもいいぐらいの時間しか過ごしてないもんな。あんなウサギの若奥様がもう内縁の妻とは言え未亡人。
奴隷から解放され、娼婦もやめて、これからだってときに……不憫だ……。
腰には長年愛用していた十手が挟まってる。
最初の世界の武器屋でたまたま手に入れたんだよな。たぶん昔の日本人の誰かが召喚されたときに持っていたんだろうと思う骨董品だ。
俺が唯一、日本との繋がりを、今でも思い起こさせてくれる逸品だ。
俺が死んだとき、らぶちゃんが持たせてくれたんだろう、ありがとう……。
よかった。これがないと困ってしまうところだった。
もう一つ、全長40cmのハンティングナイフがある。
これには俺もびっくりした。だってこれ、前の世界で仲良くなった、魔王ルシフィスの愛用品だったからだ。
魔王ルシフィスが前の世界で一流の職人に特注し、魔王自らあらんかぎりの魔法属性を付加しまくった最高級の超チート武器だ。
あんなに自慢してたのに、俺を棺に入れるときにあっさり俺にくれたのか。
ありがとう……。俺の親友。
ポケットを探るが、空っぽだ。金がない。
「あの、ルナさん?」
「はい」
「お金って持ってる?」
「……いえ」
そこからか――――!! そこからかよ――――!!
「なにか売れそうな物なにかない?」
「あ、これでしたら」
髪飾りを取る。うわっ凄い高そう……。
ってこれ鑑定したらどう出るの? 女神様の装備品でしょう?
ちょっと売るのは問題ありそう。
「いいや。金は俺がなんとかするからそれは持ってて」
これはアレか。アレやるしかないか。
食堂を探して、こっそり裏に行く。
「あの、佐藤さんなにを」
「いいからいいから」
食堂には料理をするために木炭を使う。そのための灰捨て場みたいなものがある。
そこをあさって、木炭のかけらを一握り分ぐらい持ってくる。
裏通りの人目に付かないところに来て……。
「それをどうするんですか?」
「こうするの!」
木炭のかけらに【ギガコンプレッション】をかけて保持する。空間を圧縮する物理魔法だ。ベキバキメキメキと木炭が圧縮され、潰れ、赤く、そして青白く発光する。この状態を保持、保持、保持――――!!
たっぷり三十分ぐらいかけて高温、超高圧力を保持し、結晶を成長させ、重力制御の【フライト】でそのまま空中で放熱させると……。
「ほら、ダイヤモンド完成」
「だっダイヤモンド!?」
「ダイヤは炭素の単結晶なんだ。炭から作れるんだよ」
「ええ――――!」
そのまま地形走査の地図魔法、【マップ】で宝石店を探し、二人で入る。
「いらっしゃいませ! ご夫婦でパーティーですか? よろしければどうぞご覧ください」
貴族風の魔界正装と、ヒラヒラの白いドレスだもんな。これからパーティーに出席するため妻のアクセサリーを選びに来たように見えるかもな。
見た目は大事だね。うん。店員も対応が丁寧です。
「いえ、今日は買いに来たのではなく、売りに来たのです。旅行の路銀がちょっと不安になってきましたので、これなんですがダイヤの原石を買い取ってもらえないかと」
「はい、よろしゅうございますよ。鑑定させていただきますので」
「どうぞ」
「ふーむ……」
俺たち、見た目は正装した紳士淑女だもんな。怪しまれたり余計な詮索されたりしなくていいや。
「確かに、4カラットで品質も上々です。ただ、上等すぎてなかなか買い手が付きません。カットすると3カラット以下になってしまいますしカット代もありますので原石なら金貨三百枚でよろしゅうございますか?」
「はい。お願いします。金貨二枚分は小銭で」
「かしこまりました」
ここまで全く怪しまれずに話できたぞ。
異世界言語翻訳能力も健在だ。
もらった革袋には、大金貨29枚、金貨8枚、銀貨20枚が入ってた。
大金貨十万円、金貨一万円、銀貨千円ぐらいかな。
いきなり三百万円ゲット。
「またのお越しをお待ちしております!」
店員も嬉しそうだ。ホントはもっと高かったのかもしれないけど、元はタダだし文句はないよ。
店を出ると、ルナテス様がびっくりする……。
「さ、さ、佐藤さん?」
「はい?」
「いつもこのようなことを?」
「異世界でいきなり貧乏からは始められないよ。女神様もいるのにさ」
「はあー……、なんか詐欺みたいな気がします」
「正真正銘、本物のダイヤモンドなんだから詐欺じゃねえよ! ま、最初だけ最初だけ。でもこれでいろいろわかる」
「たとえば?」
「まずこのような多額の金額でも驚かれることもなく普通に取引されるほどこの世界は商業が発達している。だまし取られたり買い叩かれたりしないほどこの世界は治安が良い、そしてこういうダイヤを買える層はいるにはいるが、店を見る限り宝飾品の相場は他の異世界よりかなり安く贅沢を楽しむ富裕層は少ない。そして大金貨、金貨、銀貨で十倍ずつ値打ちが違う」
「はー……。慣れてますねぇ……。さすがです」
「さ、次はいろいろ買い物しよう」
レストランとかに入るのは面倒なので屋台で買い食いする。
うん、何を食べても銀貨1枚でおつりがくる。
銀貨一枚千円、大銅貨一枚百円、銅貨十円といったところか。
食べ物もなかなかうまい。世界が平和で安定している証拠だな。
「この世界の農産物は小麦、大豆、ジャガイモを主食に、乳製品、卵、肉は畜産肉、それに野生肉が少々、魚は珍味、野菜は一通りなんでもあるな。農業が盛んで流通が行き届いている。塩だけでない調味料がちゃんと商品化されていて、平民でも入手できる。貨幣が十分に流通しているから主食だけに食物生産が偏らない。食料以外でも財産を貯めこむ方法がちゃんとあるということだ。経済は豊かだと考えていいな」
「はー……。屋台で食べるだけでそこまでわかりますか……」
次に服屋に入る。
ルナテスには金貨百枚渡してこれで必要なものを必要なだけ買えと言った。
俺はさっさとこの国の冒険者風の服を買いそろえて、着替える。
布が厚めの、丈夫そうで動きやすくポケットが多い服だ。
着替えた服は全部布のカバンに入れた。
さてルナテスだ。
あれだけ金を渡されてどう使うか……。それでどういう女かわかる。
うん、フツーでした。フツーの街角のオバサンぽいロングスカートのシンプルな人の出来上がり。
別に露出が多いわけでなく別に派手な色でもなく、不要な飾りがたくさんついているわけでもない、全く目立たないふつーのオバサン。肩にショール。頭にスカーフ。よくわかってるわ。
「こういう格好、してみたかったんです!」
そうかそうかよかったね。普通のちょっと綺麗なおばさんにしか見えないけどね。
余った金を返そうとしてくれたが、必要なこともあるだろうから持っていてもらう。
「着替えた服は?」
「アイテムボックスがありますので」
「さすが女神。俺の荷物も入れてもらっていい?」
「いいですよ!」
たとえ女神でも、女はいっぱい買い物すると機嫌がよくなるのは同じですな。
ここは城塞都市なので城壁まで散歩する。
「路面はきれいに石畳で舗装されている。夜間照明のための街灯もある。下水は運河と別になってるな。インフラはよく整備されている。要所要所に衛兵もいて街の雰囲気は明るく人通りも多い。大人だけでなく女性や子供も一人で出歩ける治安の良さもポイント高い」
「はあー……」
「城塞壁はあるがかなり古いものだ……。櫓に常備兵がいるわけでもなく戦争に備えている様子はない。他国との戦争や小競り合いは長い間無い証拠だな。出入り口で衛兵のチェックがあるが、見たところそれほど厳しくもなく、市民も作物を運ぶ農民も衛兵と笑顔を交わして素通りだ。国と市民との信頼関係はできているな」
「よかった……」
「種族は人間だけか……。他は滅ぼされたのか?」
「最初からいませんでしたね」
「文明ができる以前の進化の過程で脱落したか……」
「そうかもしれません」
「おかげでファンタジー世界でいつもトラブルのもとになる種族間のいざこざ、争いが無いと、それだけでも恵まれた世界だな。城も教会も大きさはあるが人口で考えれば必要な規模だ。実用的で華美な装飾もなく質素なものだ。権力のむやみな集中は見られないな」
「はい」
「……ふむ、いい街じゃないか」
「……あの、佐藤さん、そのものすごい分析力はいったいどうやって……」
「ファンタジー世界もこれで三つ目。最初の世界では魔王の代行として実際に治世にもかかわった。たいていのことは見ればわかるな」
「それで、どうでしょうか。私の世界は」
先生の採点を受ける子供のような不安げな顔で俺を見上げる。
「うん、80点。ファンタジー要素少な目で何もかもが及第点。異世界放浪ぶらぶら旅の日常系ダラダラファンタジーの舞台にピッタリ。イベントがあんまり作れなくてストーリーを面白くするのが難しいっていうほどいい世界」
「……ありがとうございます。あの、残りの20点は?」
「それはこれから聞きに行く」