14.ちょっと切なくなっちゃった
「今回は、相手が悪かったですね……。さすがにちょっと持ってこれなくて、とりあえずこれだけ」
ハンター協会カウンター、オルファスに熊のしっぽだけを手渡す。
「うむむ……、たしかにハイイログマの尾です。これだけ斬り落として逃げられるということもありますまい。討伐は認めないといかんですな……」
会長のゼービスも出てきてうなる。
「ハイイログマは金になりますからな、本来、死体と合わせての報酬となりますが、今回は依頼があっての討伐ですからそれは抜きで認めましょう。報酬は安くなりますが、よろしいですか?」
「はい」
本当は討伐してないんだけどね、でも、討伐したことにしないと村人も安心できないし。
金貨六枚半枚。日本円で六万五千円の稼ぎ。
「サトウさんたちがこんな金額をちまちまと稼ぐのはなんだか不思議な気がいたしますな。今までが今まででしたから」
「そうかなあ、金にならない仕事のほうが今のところ多いですよ」
「そういえば教会の時計を修理されたとか」
「私も見ました。なんであんなことサトウさんがやってるのか不思議で不思議で……」
ゼービスとオルファスが首をひねる。あれが俺の本業だって言っても信じないだろうな。
「さて次の仕事は……なにかお勧めはありますか?」
「畑を荒らすイノシシ狩りがありますが、こちらはハンター総出で来週一気にやってしまいますので、お手を煩わすほどではありませんな」
「ワイバーン退治は、スミスの隊が出かけておりますし、あちらはまあ任せて大丈夫でしょうし」
「ちゃんとハンターやってるやつもいるじゃないですか」
「チンタラやってるとサトウ夫婦が出てきて仕事が無くなるぞって焚きつけてるんです。そりゃあもう効果満点ですな! 持ち金がなくなるまで次の仕事はしないようなやつらばかりでしたから!」
ゼービスがゲラゲラ笑う。
大口の仕事を全部俺たちに取られちゃうぞってなわけか。
最初にドラゴンを二人で倒したインパクトがでかすぎたね。
「そのサトウさん夫婦がライアン草の採取までやってるのを見て若い低ランカーたちの目の色も変わりましたね。仕事にカッコイイも悪いもないんだって」
プロ意識が芽生えてきたか。いい傾向だ。
「サトウさんたちは、護衛の仕事とかはなさらないのですか? 商人の荷馬車隊とか、要人のボディガードとか……」
ゼービスは面倒な仕事を押し付けたがっているようだ。
「妻も私も人見知りで世間知らずなもので」
「またまた御冗談を……」
いやマジで、対人の仕事はいろいろボロが出そうだよ。
とりあえず今日の仕事は無しってことで、ハンターギルドを出てきた。
「俺たちよく考えてみたら、この世界に降りてからまだ20日しか経ってないんだよね」
「そういえばそうですね。しかもその半分は全部狩りで街にいなかったし、実質十日ぐらいしかこの街に滞在してませんものね」
「しかも異世界人と女神様だから世間知らずなのはホントだし……」
「ホントですねー」
二人で笑う。
「こういうのさあ、ファンタジー的なお約束の主人公だとさ、どんどんパーティーメンバーが増えてってさあ、その、実力はあるんだけど世間知らずな俺たちを女神と異世界人って理解して受け入れてくれた上でいろいろフォローしてくれる案内係とか、メンバーにいるのが普通なんだけど」
「ああ、ありますねー!」
「でも俺たちもう夫婦だしね。もう他のパーティメンバーとか入れる隙間もないからね。しかも客観的に見て完全におじさんとおばさまだからね。若いメンバーとか入れられないからね」
「私も……、パーティーメンバー増やしたいとか、思いませんし。二人のほうがいいですし」
「そこは困るんだよねファンタジーなストーリー的に……」
「ふふふっ」
「おかしいよね」
「あなたって、やっぱりそうやってファンタジー的なストーリーとか考えながらやってるんですね!」
「そうなんだよ……。小説書いてたからなあ。これはファンタジーっぽいとか、これはファンタジーっぽくないとか、考えちゃう。いいオッサンなのに頭の中は中二病。なんだかなーっ」
「私、あなたの小説で一番最初に読んだの、連載中だった『女神様とチートで世直し旅』でした!」
「あ――。未完のまま放り出しちゃった!! 最悪だ……。いまさらどうしようもないや……」
「あれ、楽しかったし、羨ましかった……。私も、あんな風に、あなたと旅をしてみたかった……。ホントです。夢がかなったような気がします」
あれ読まれてたのか……うわーはずかしーっ。
「でもルナさんや、あの二人、ずーっとプラトニックな関係でしたけど……?」
「……。(真っ赤)」
「なんかルナさん、最初からグイグイ来てたような気がしますけど?」
「……。(湯気)」
「一度聞きたかったんだけど、どうしてルナテス教の大罪には『姦淫』が無いの? これがない宗教ってめずらしいと思うんだけど」
「あっあれはですねえっ!!」
「ルナさんてもしかして……」
「違いますっ! そのっ歴代の勇者さんたちがですね、『それを入れるなら魔王討伐は協力しない』ってみんな言うもんだから、入れられなかったんです!」
「あーそういうことかー。まったく勇者ときたらどいつもこいつも……」
「……どうして勇者って、みんなハーレム作りたがるんでしょうね……」
「『英雄色を好む』というからねえ」
「あなたは、どうなんですか?」
「女神様一人で、ハーレム百人以上の魅力がありますから」
ぼんっ。
ルナさんが爆発しちゃいました。
……考えてみると、逆に大罪に『差別』が入っているのが興味深い。これが入っている宗教は案外少ない。なぜなら、複数の宗教が乱立している世界では異教徒はどんどん差別していかないと信者の獲得が難しくなるからだ。天国に行けるのは信者だけ。『異教徒は地獄に落ちる』と教義にある宗教は多い。現代になってそこは改めた宗教も少なくないが。
『差別』を大罪に入れることができた数少ない宗教。
俺がルナテス教を支持できる理由の一つだな。
劇場がある。
デートの定番だな。せっかくだし観ていくか。
「『ショーン』か」
うん、さすがにこれだけじゃわからん。
開拓民の村。そこでは農夫たちが小さな畑を作って生活していた。
その村では、大牧場主の男が、手下どもを使って農家たちにイヤガラセを続け、追い出して土地をブン盗ろうとしていたのだ。
そこにふらりと立ち寄って農夫、スターラットの息子のジョージに水をもらった剣士の男、ショーン。
嫌がらせに来た牧場主の手下どもに反抗する農夫。
「早くこの土地から出ていけ」
「誰が出ていくもんか」
スターラットの後ろにふらりとショーンが立つ。
「誰だお前は」
「スターラットの友達さ」
そうして、ショーンはスターラットの農場で、働くことになった。
牧場主の嫌がらせはエスカレート。とうとう牧場主が雇った用心棒の挑発に乗ってしまった農夫が一人殺されてしまうに至る。
最後の話し合いとやらに出ようと剣を携え、家を出ようとするスターラットに、ショーンが言う。
「あんたでは無理だ」
素手で殴り合いのケンカをする二人。
農夫スターラットを殴り倒したショーンは、農夫の美しい妻、そのかわいい息子ジョージに別れを告げ、一人、牧場主の館を訪れる。
ショーンを挑発し、決闘を要求する用心棒。
用心棒を一蹴し、向かってくる手下と牧場主を全員斬り倒すショーン!
その一部始終を、こっそりつけてきた息子ジョージがすべて見ていた。
「父さんと母さんを、守るんだぞ」
ジョージの頭を撫で、そっと立ち去ってゆくショーン。
「ショーン! 行かないで!」
雄大な山脈に、ジョージの絶叫がこだまする……。
「はあぅ……」
カーテンコールに立ち上がって拍手するルナ。
その瞳が涙で濡れる。
二人で薄暗くなった街を、宿屋まで帰る。
「……ショーンって、なんだか、あなたみたい」
「俺はあんなにカッコよくないよ」
「だって今までだって、世界を助けて……」
「……そのあと死んじゃったけどな。あんなふうにカッコよくは立ち去れなかった……」
「でも、あなたも、自分のためじゃなくて、なんの得もないのに、その世界にいる人のために闘ってくれました」
「どうだろうな。案外、ショーンと同じ、惚れた女のためだったのかもしれないな。あの農夫の奥さん、美人だったもんな」
「……あの?」
「ん?」
「あの……『女神様とチートで世直し旅』、あの二人、あのあとどうなったんでしょうか……」
「アレは考えてなかった……。いつもなら最終回までちゃんと考えてから書き始めるんだけど、アレについてはなりゆきで思いつくままに書いてたな……。読んでくれる人も全然増えなくて、ランキングも上がらなくて、俺の中じゃ駄作だった……」
「そうですか……。でも、私は好きでした」
「やっぱり、女神様は女神様。最後は天界に帰っちゃうかな」
「……」
立ち止まって振り返る。
そんな寂しそうな顔、しないでほしい。
ルナが、そっと寄り添って、俺の首に手を回し、口付けてきた。
俺はそのルナの、ほっそりとした体を愛し気に抱きしめる。
手放したら、きっと天界に帰ってしまう女神様。
もう、二度と会えない女神様。
君は、そうなるんだろうか。




