11.頭ン中お花畑になっちゃった
丸々一昼夜村に滞在し、夜が明けてから俺は更にグールの残りがいないか索敵、ルナは村の中央になにか魔法陣描いてる……。
「この地面に書いた線の上に、石を並べて形にしてください」
村人総出であっというまに石の魔法陣完成。
ルナがその中央で祈ると、ふわっと光が満ちて消える。
「これでグールは村に入ってこられません。畑仕事も今まで通り続けられます。またグールが近くに現れたら、知らせに来てくださいね」
すげー―。女神万能……。
六人のハンターには、「もう大丈夫だと思うまで警戒したほうがいいな」と言い残して、俺たちは帰ることにした。
仕事を最後まで完遂する、自分の判断で行動する、そういうことも学ばないとな。
ハンター協会に戻るともう昼過ぎだ。
ゼービスに詳細を報告すると、三十を超えるグールの数に驚いていた。
「そうですか……。今回のことは、あいつらにも薬になったでしょう」
ゼービスがうんうんと頷く。
「ハンターたちに、少し、変化が表れています。ハンターは金のためなら何でもやっていい恥知らずでないとできない仕事っていう意識が蔓延してました」
「……まあ実際そういう仕事なところあるだろうし」
「それがなんというか……、うーん、そう、あいつらに言わせると、『カッコいい』ですね」
「ん?」
「ハンターってのは、カッコいい仕事だ、そんな感じです。あなたたちを見て、誰もがそう思います。ハンターってのは、カッコいい仕事だ、だから、カッコ悪いことをしてたらダメなんだって」
「なるほど、善悪がわからないほど頭悪くても、カッコいいかカッコ悪いかならバカでもわかると」
「正直、村がグールに襲われてるって話があった時、あいつらがすぐに自分たちが向かうって言ってくれた時は、不安もありましたが、嬉しくもありました。以前だったら、そんな割に合わなそうな仕事お断りって感じでしたので」
なるほどね。
「最初に会った時、お願いしました。ハンターの目標になってくれって。本当にそうなっていただいているようで、感謝します」
「ま、まあ、それぐらいにしてください……」
「あの、ミスリル鉱山の件なんですが、調査した結果、完全に討伐されてましたね。鉱山ギルドのほうで感謝されましたよ。報酬をお受け取りください」
どっさり革袋で渡された。
中身を見ると、金貨、銀貨、銅貨でバラバラだ。お賽銭ですかね。
「鉱山が魔物で閉鎖中は、関係者も失業中なもので……。その、労働者も含めてカンパを募って集めた金なのですが……」
「ありがたいお金です。大切に使わせていただきます」
うん、嬉しいね。大金もいいけど、こういう報酬もほっこりするわ。
「あと、これは王宮から。金貨百枚です。お納めください」
すとっ。別に革袋を渡された。
「王宮から?」
「特別褒賞です。ミスリルは国にとっても大切な戦略物資、採掘が再開されればこれぐらい安いものです」
「そうですか……ありがたいです。あとで国からいろいろ厄介ごとを頼まれることにならないでしょうね」
「……そこは当然そうなるでしょう。それも含めてのこの褒賞です。サトウ夫妻のことはもう有名ですから」
……有名税かな。
派手に活躍すれば当然ついてくるものだ。
「サトウ夫妻……」
ルナさんてれってれですな。嬉しくてしょうがないか。うん、俺も嬉しい。
「で、今回のグールの報酬なんですが、どうしましょうかね……」
「今回は全部あいつらの手柄にしてやって下さい。ヘタしたら全滅しそうな目にあったんですから。俺たちは無しでいいです」
「重ね重ねありがとうございます。頭が下がる思いです」
「次の仕事はどうしようかな。俺もルナも寝てないんで今日は休みにしようと思うけど、緊急のものがあれば」
「今日明日というものは無いですね。あちらのボードから選んでいただいていいですよ」
……うーん、ハンターの仕事とはちょっと違うな。
大勢の人手を集めて作業するようなものばかりだ。
「二人でやる仕事じゃないですね」
「今までも二人でできるような仕事じゃないですが……まあ、ここに張られてるようなやつは、本来私どもで人員を集めて協会で動くような仕事ですから。お二人でやるなら下のホールの掲示板に貼ってある仕事のほうがいいでしょう」
「そうですね。緊急の仕事があったら知らせてください。いつもの宿に泊まってますから」
「はい。お願いします」
街の中央のベンチに座って、大きく伸びをする。
「うーん! ひと仕事終わったな――!」
「はい。穏便に片付いてよかったです!」
あれが穏便か……まあ魔王の復活に比べれば穏便だな……。
「結局徹夜しちゃったし、今日はもう飯食って寝るとするか」
「はいっ!」
……ウキウキしてますな。
「まずレストランで食事でも」
「私は屋台でもいいですが……」
「ダメダメ、金をいっぱいもらったらいっぱい使わないと貧しい人たちに金が行かなくなる。俺たちが屋台で食うと二人分だけの金しか屋台の店主は儲けられないが、俺たちがどこかで贅沢するとその金を受け取った人たちが十人屋台で飯を食う。お金をたくさん持っているのに、それを使わないってのは結果的に誰も豊かになれない。解り難いけどそれも『強欲』だろう」
「はあー……。そういう考え方もありますか……」
「かといって貧しきものにタダで施すのも救いにならない。働いて、稼げるようにしてやらないと結果的には救われない。社会が豊かになれば貧しき者にも仕事がまわる。そういう場を作ってやらないとな」
「佐藤さん、私より女神に向いているかもしれません」
「おたわむれを」
「またあ、そんな言い方して……。私も勉強ですね。せっかく下界に来たんだから」
「そうそう。じゃ、行こうか」
レストランでちょっといい食事して、宿屋でいい部屋取って休みます。
まだ明るいけど、さっそくお風呂ですかルンルンですねぇ女神様。
俺と関係した女性は、お風呂に入るのがOKサインって、早々に学習なさいますね。
全身あんな風にされてしまうんじゃあ、女性にしてみればお風呂に入ってからでないと恥ずかしいのはまあ当然ですな。
「これがいいです、これがやりたい!」
ルナがボードの依頼票を指さして言う。
今日も朝からハンター協会にやってきました。
こうして生き生きしている女性は美しいですね。日に日に綺麗になっていくようで、その変化が嬉しいです。
「ライアン草の採取か。どんな植物?」
「お花です。黄色くて花弁が多くて沢山群生して生えていて、種ができると綿帽子が風に乗って飛んでいくんです」
タンポポか。
タンポポなんてどこにでもたくさんあると思うんだけど……。
「魔よけのお守りとして花輪を作ったりするんですよ。赤ちゃんの洗礼とかにも使われます」
「それじゃ春にしか子供産めないんじゃないの?」
「だからドライフラワーにして、安産祈願に出産予定の家とか、子宝に恵まれますようにって新婚さんの家とかに飾っておくんですよ」
「面倒な風習だなぁ……だから枯渇もすると」
「勇者様が広げた風習のひとつですね」
「どこの国の勇者だったんだか……。うん、じゃそれやろっか」
依頼票をカウンターに持っていくと受付のオルファスがびっくりする。
「サトウ夫妻にいまさらこのような仕事は……」
「別にダメじゃないでしょ? 詳しく聞かせてよ」
「はい、ライアン草はよく使われますので、乱採取がたたりラナス近郊ではほとんど見られなくなってしまいました。これを採取するとなると魔物も出るような地域に行かないといけなくなってしまって市民も教会もちょっと困ってる感じですね」
「教会も?」
「はい、ライアン草は女神ルナテス様の花ですから」
あーそーいうことね。
キリスト教でも聖母マリアの花は百合、ギリシャ神話ではヴィーナスは薔薇がシンボルだったりする。
「春はとっくに過ぎちゃったし、北のほうへ向かうか。長旅になりそうだ」
「はい」
「なにか暖かい上着とか、用意する?」
「そうですね……北に行くならそうしましょう。それに空を飛ぶのって、やっぱり寒いです」
二人で服屋に行って、季節外れのふかふかのオーバーと手袋、帽子を買ってきた。
あと、寝袋も二人で入れるでっかい奴も用意した。うれしそうですねルナテス様。寝袋ではしませんよ?
郊外に出て、ちょっと確認。
「ステータス見せて」
LV (レベル)73
HP (体力) 65
MP (魔力) 999
STR(筋力) 31
INT(知力) 999
AGI(敏捷) 54
ATK(攻撃) 102
DEF(防御) 99(※装備込)
MGR(抗魔) 999
「おーっ上がったなぁ!」
「はいっがんばりました!」
「夜も頑張ってたし!」
「知りません!!」(真っ赤)
ちょっと考える。
「ルナってさ、そろそろ飛べるんじゃないの?」
「……飛べますけど……」
「なにか問題が」
「羽を出さないといけなくて」
「それで?」
「……今の服だと、脱がないと……」
そっか。そうだよな。はいはいわかりましたよ。
抱いてみてわかったけどルナに羽はありません。使う時だけ実体化。
買ってきた防寒具を身に着けて、ルナを背負って【フライト】で飛び立つ。
【フライト】はちゃんとルナにもかかるし、重くないし、楽だしね。
黄色いお花の群生地だから。まあ簡単に見つかるね。
半日ぐらい飛んで、一番大きくて風光明媚で綺麗な所を見つけて、降り立った。
お花畑の真ん中で、ルナのアイテムボックスからテーブルと椅子出して、お茶とお昼にする。
花畑全体にどーんと大きな東京ドームぐらいの【ウォール】を張って一応魔物避けにして、ちょっと寒いけど風も無いし、二人で贅沢なピクニックです。
朝買ってきたクロワッサンみたいなパリパリのパン。
クッキーとかのお菓子。
お茶はルナが淹れた。
ほんと幸せそうにニコニコしながら食べてくれる。
「……嬉しいです、こういうの……。ずっとあこがれていました」
「こんなのでよろしければいくらでも」
「ありがとうございます……。あの、佐藤さん今日はこんな仕事でもよかったですか? もっとこう凄い仕事とかもあったのに」
「こういう仕事こそ魔王の仕事じゃ。大きなこと、皆で力を合わせてやれることは誰でもできる。でもこんなふうに小さなこと、ささいなことこそ民草は自分でできず、人に頼むこともできなくて困るのじゃ 」
「?」
「とある魔王様のお言葉です」
「……素敵な魔王様だったんですね」
「ああ……。俺はその言葉をずっと心に刻んでいる。人の役に立てる仕事に大きい小さいもない。喜んでくれるのが一人だろうと、価値のない仕事なんて無いと思うよ」
「はい。私も心に刻みます」
「さて、はじめよーか」
俺はハンティングナイフ、ルナは花切鋏で、ぷちぷちとタンポポを摘んでゆく。
束ねて、縛って、ルナのアイテムボックスに入れてゆく。
ここならしおれたりもしないからね。
夕暮れになる頃には荷馬車一台分ぐらいのタンポポが採れたんじゃないかな。
夕食にしてから、二人でおっきい寝袋に入ります。
いい匂いしてやわらかくて気持ちいいんだけど、ここじゃ朝湯にはいれないので二人で我慢しました。
「あっ、ここで降りてください!」
次の日、南下してる途中でルナから声を掛けられる。
降りてみると一面、大量のタンポポの綿帽子。
一つ一つ、つまんで、アイテムボックスに入れていく。
もちろん俺も手伝う。うん、なにがしたいかわかったしね。
ラナスの郊外から、城壁門まで街道を歩いてきた。
ルナは、アイテムボックスから一本ずつ、タンポポの綿帽子を取り出して、ふーって口で吹き飛ばす。
「初夏の芽生えを、秋の育ちを、冬の凍えを、全てを春の恵みのために、女神の祝福を」
手を広げる。光に包まれて綿帽子が飛んでゆく。
ふわふわ、ふわふわ。
そうして、日暮れまで、城塞をぐるっと一周した。
「これでもう大丈夫」そう言ってにっこり笑う。
きっと、春には街道と、城塞都市の周り全部にタンポポが咲き乱れるのだろう。
なんて優しい笑顔だろう。
なんて素敵な人だろう。
春のあたたかさをみんなに運ぶタンポポの女神様。
あなたのような人にこそ、タンポポはふさわしい。
俺の女神様。
逢えてよかった。




