95:これからの表情
飛行船は、『シラタチ』本部の広場にゆっくりと着陸した。
貨物室の搬入口からシラタチ一行、大林、ゴトー達三人は地面に降り立った。
ゴトー達は深呼吸をした後に、マハエ達三人のもとへ。
リートが三人に言う。
「さて、無事にあんたたちが帰還したことだし、オレ達はこれでおさらばするよ」
それからツッキーが三人に軽く頭を下げた。
二人はもう調子を取り戻したよう。ゴトーだけはまだ顔に曇りを残しているが、少しは立ち直ったらしい。現実、泣いているだけでは先へは進めない。三人ともこういう結末は覚悟していたことなのだ。
「お前達は、これからどう暮らしていく?」
エンドーが三人に言う。
「そうだなぁ、とりあえずはまず、眠りたいね。肌がカサカサだからさー」
「リート、そんなこと言っても、オレ達に行く場所なんてないんだ。どこへ向かうつもりなんだ?」
「ゴトー君、ゴトー君、旅をするのもいいよね。三人で楽しく世界を冒険しよう!」
「オレは一刻も早く一人になりたい」
「どうしてだい? 一人で思いに浸りたいのかな?」
リートがツッキーと腕を組んで、ニタッと笑う。
「オレはただお前達二人と、さよならできればそれでいいんだよ!」
「…………」
リートとツッキーは腕を組んだまま、ふくれっ面でゴトーを見つめた。
それからいっせいに彼に飛びかかる。
「うわっ! やめろおい!」
「ゴトーくぅ~ん! そんな悲しいこと言わないでおくれよぉ~」
「オレかオレが悪いのか!? オレのこの美しさにすべての責任があると言うのだな!?」
「ああぁ! テメェらといるとオレは日に日に寿命を削られてんだ!! 頼むからもうオレに関わらないでくれ!!!」
ゴトーは二人を力ずくで払いのけた。
「この野郎! オレはお前を見そこなった!!」
リートが地面にあぐらをかいて言う。
「オレ達はチームじゃないか! そう思っていたのはオレ達だけだったってのか!?」
「……もう統領はいないんだ。ニュートリア・ベネッヘを失ってしまった以上、お前らとのチームも解散だ」
「…………」
リートとツッキーは言葉をなくして、うつむいた。
そしてゴトーに飛びかかった。
「うお!? なぜまた!?」
「ゴトーくぅ~ん! オレ達を二人ぼっちにしないでくれよ~! オレ、リートと二人だけなんて考えられない! いや、考えたくない!!」
「ゴトー、頼む! 美しすぎるオレには中和役のお前が必要なんだ! だから離れるとか言わないでくれ!」
「……っ」
ゴトーは耳元の騒ぎに顔をしかめるだけ。
そこへマハエが声を張って言う。
「三人とも、その辺で静まって、オレ達の話を聞いてくれ」
「…………」
一言で静まり、ゴトー達はマハエ達に顔を向けた。
「話って?」
リートが訊く。
「茶でも飲みながら、ゆっくり話そうや」
エンドーが顔で笑って、本部の入口へ歩き出す。
ゴトー達は顔を見合わせた。
三時間後――
戦いで汚れた服を着替えたマハエ、ハルトキ、エンドーは、住民達の避難場所となっている寺院の門をくぐった。
避難民達は、モンスターへの恐怖からか、できるだけ騒がないように心がけているらしい。誰もが寺院の屋根の下やらで雑談している。
「おい、昨夜よぉ、空をでっかい船が飛んでるのを見たんだが、あれは何だったんだ?」
「船だと? 船が空飛ぶって……、そりゃ雲かなんかを見間違えたんだよ。船が空を飛べば、魚だって空を飛ばなきゃおかしいだろうよ」
「むむ、たしかにそうか……。雲…… かぁ?」
「…………」
三人は寺院の広い敷地を歩きまわり、一番目立たない隅っこに、ジンとサーヤ、そして子供達の姿を見つけた。
サーヤはエンドーの姿を見ると、すかさず立ち上がって歩み寄る。
「サーヤ、みんな、調子はどうだ?」
「調子? いいと思うの? わたし達はこの場にふさわしくない存在よ」
「まあまあ、そんなこと言わずに、外が安全になるまでは我慢してくれ。それより、体には何も異常ないか?」
「…………」
サーヤはじっとエンドーの目を見つめた。
エンドーが訊こうとしていることを理解した。昨夜、自分が“あの力”でドラゴンを倒した。雷の長剣がドラゴンを貫き、倒した瞬間を、彼女は忘れてなどいない。
「……とくに変わったことはないわよ。……清々しいくらいにね」
「それならいいんだ」
「…………」
自分に笑顔を見せるエンドーに、無言と愛想のない顔を向けているサーヤ。
しかし、彼女の拳は強く握られている。
本当は訊きたいことがたくさんあった。
エンドー達が持つ力について、自分の中に確かに存在する、この力とは何なのか。
しかし訊けなかった。誰も、サーヤの力について直接訊かないから。彼らがそれを目的で来たわけではないことに気付いたから。
ただ、様子を見に来ただけなのだ。
だからと言って、それを迷惑などとは思わない。それどころか、とても嬉しかった。エンドーの顔をまた見ることができただけでも、不安な思いは消えていく。
彼ら三人は町の人達とは違って、自分達を人として見てくれて、笑顔を向けてくれる。サーヤだけではない、ジンも子供達も、とても温かな気持ちにさせられていた。
「よう、シラタチ」
そのとき、マハエ達の後ろから聞こえた声。
アオバが、彼らのもとへ歩いてきた。
「お疲れ様です、アオバさん」
マハエが笑いかけると、アオバも「おつかれ」とぎこちない笑顔をつくる。
彼も相当、疲労が溜っているらしい。おそらくは一晩中眠らずにモンスターの討伐に励んでいたのだろう。
「そっちの戦いは、終わったのか?」
「はい。無事、帰還しました」
「よかった。こっちも何事もなく夜を越えたが、まあ、事態が収拾するまでここにいれば、まず安全だろう」
「すみません、何か、いろいろと手伝ってもらっちゃって……」
マハエが頭をかくと、アオバは後ろへ向いて歩き出す。
「お前達には恩があるし、住民達を守るのは軍の仕事でもある」
そう言うと後ろの三人へ手を振った。
それからサーヤ達へ、
「そこの子供達も、強い眼差しを持て」
言って、歩き去っていった。
「……どういう意味だ?」
エンドーが眉をしかめる。
「きっと……、前を見ろってことね」
サーヤは鼻で笑った。
それでもどことなく、嬉しさをふくませて。
「そうだ、サーヤ。言っておくことがある」
エンドーは言いづらそうに、少し目をそむけて言った。
「オレ達、しばらく用事でシラタチを離れる」
「……え? どういうこと?」
「いつまでかはわからないけど、ここへも顔を出せなくなるから……」
「どこへ行くの?」
「……うまく説明できないけど……。まあ、そのうちまた会えるよ」
エンドーはほほ笑んでサーヤを見つめたあと、歩いてきたジンへ右手を差し出す。
「しっかり、守ってやれ」
「言われなくても」
自らも右手を差し出し、握手を交わすエンドーとジン。
「…………」
サーヤは少しの間うつむいたが、すぐに顔を上げてエンドーの目を見る。
「絶対、また会えるよね?」
「ああ」
「わかった」
サーヤは深くは訊かなかった。何かを堪えるように、ぎゅっと口を閉ざしていた。
太陽が沈む、夕暮れ――
ゴトー、リート、ツッキーの三人は、シラタチ本部から少し離れた場所にある小高い丘の上で、沈む夕日を眺めていた。
数時間前に本部の一室で、マハエ達三人と宗萱、グラソンの『シラタチ』責任者から、その話を聞かされた。
それはエンドーの提案。
シラタチの戦力が大きく不足している今、責任者二人もそれに同意し、ゴトー達に選択を与えた。
「オレ達に、『シラタチ』のメンバーに入れって……」
リートがつぶやく。
「どうかしてるよな。昨日まで敵同士だったんだぞ?」
ゴトーは声では笑っているが、その顔はいたって真剣だった。
「どうしようかー?」
ツッキーも、悩んでいる。
――たしかにゴトー達に帰る場所などはない。もともと窪井に拾われた身で、本当の家族など、彼らにはいないのだ。
「こいつらなら、信用できる」と言ったのは、エンドーだけではなく、マハエもハルトキもうなずいていた。その熱意もあって宗萱もグラソンもゴトー達にこの提案を進めてきたのだ。
「どうも……、よくわからないな……」
ゴトーはため息を吐く。
もしも『シラタチ』に入る決心がついたなら、また城に戻ってこいと、グラソンに言われ、三人はそれから時間も忘れて座り込んでいる。
「本当は……、もう決めてるんじゃないか?」
リートがぼそりと、訊く。
「…………」
ゴトーは黙っていた。
風が穏やかに、昼間の熱気を冷ましてくれる。
緑色の木の葉がこすれて音を立て、それは自然のしらべのよう。
思えばニュートリア・ベネッヘに入って以来、これほど落ち着いた気持ちになったことはなかった。
心の霧が吹き消されていくような気がした。
ツッキーが伸びをして立ち上がる。
「夕焼けがきれいだなー」
日が沈めば夜になり、また日が昇って朝が来る。
それが自分達にとっても自然なことであるのだと、ゴトーはそれを思いだした。
もう自分は黒き魔物の一部ではなく、後藤伸彦という、一人の人なのだと。