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94:心に宿すもの

 飛行船はニュートリア・ベネッヘの基地から、遠く離れていく。

 小さな爆発音が船の内部まで響き、その後の大きな爆音とともに基地は吹き飛んだ。


 操舵室の扉の外では、ゴトー、ツッキー、リートの三人が、暗い顔をしてしゃがみこんでいる。


「統領……」


 ゴトーがぼそりとつぶやくと、ゴトーとツッキーは同じように涙を流した。リートは、二人から顔をそむけて、黙っている。

 その頬にも、涙が伝った。

「リートまで、泣いてんのか?」

 ツッキーがリートの肩を思いきり押すと、リートは力なく床に倒れる。

「……おかしいな……。何でオレまでこんなにも悲しいんだ?」

 涙を否定するでもなく、リートは倒れたまま首をひねっていた。



 扉の内側―― 操舵室の内部では、その扉越しにマハエ、ハルトキ、エンドーが壁に寄りかかって座っている。

 扉の外から聞こえる男泣きの声を聞きながら、天井をぼーっと見て、ときどき長い息を吐く。

「あの三人のおかげで、どうにか無事脱出することができたな……」

 マハエが言う。

「まさか、わざわざ助けに来てくれるなんて思わなかったな」

 エンドーが口の端で笑う。

「……どんな心境だろう? 最終的にあいつらは、ニュートリア・ベネッヘとしての意気を捨てたんだろうか? 恩人だからと言っても、窪井と敵対していたオレ達を救ったことに、抵抗はなかったのかな?」

 マハエが言うと、エンドーもハルトキも腕を組む。

「もしかしたら、窪井のためにボクらを助けたのかもしれないね……」

 二人は首をかしげる。

「彼らは、昔の窪井を心から尊敬していたみたいだよ。だから、今の窪井に、これ以上壊れてほしくなかったはず。従うだけじゃなくて、リーダーが道を外しかけたら、ときには命令に背いてでも助け出す。彼らは最後まで、窪井のことを想っていたんだよ……」

「……そうかもね……」

「しばらくは、そっとしておいてあげようね」

 マハエもエンドーも、無言でうなずいた。

「大林さんは、大丈夫だと思うか?」

 エンドーが言う。

 大林はこの操舵室にはいない。まだ貨物室に一人でいる。

 船に乗り込んでからは、誰も今の彼に声をかける者はいなかった。

 誰もが心配をしていても、今の彼にシラタチの仲間は必要ではないと思ったからだ。今は一人にしておいたほうがいいのだと、全員がすぐにその場から離れた。


「大林さんは大丈夫。強い目をしてたね、今までになく」


 そう言うと、ハルトキは笑って見せた。

 マハエもエンドーも、その言葉と笑顔に、安心した。大林のことだけではなく、ハルトキを思って……。ハルトキも、ずっと苦しんでいるように感じていたから。しかし、もうハルトキは苦しみを捨てたようだと、安心した。

 ハルトキは何よりも、苦しむ大林を見たくなかったのだ。この戦いの結果がどうであっても、もう大林の心から苦しみは消えているようだったから、ハルトキも苦しむのをやめた。

 突然、エンドーがハルトキの肩に腕を乗せた。

「……?」

 反対側から、マハエも同じようにする。

「…………」

 ハルトキは口元で笑って、一つため息を吐いた。二人の心がとても温かく感じた。

 ともあれ、兄弟達が無事でいたことが、三人にとって一番嬉しいことなのだ。

「シラタチは……、これからどうするだろうか……」

 エンドーは操舵室の前方―― 舵の前で船を操縦しているグラソンと宗萱を見た。

「前にも案内人が言ってたよね。『シラタチ』はこの世界の平和を守るためにつくられた組織だって。ニュートリア・ベネッヘ―― デンテールの脅威が終わったからといって、シラタチの役目が終わったわけじゃない。……まだ、モンスターの処理も残ってるし、モンスターのことが根本的解決したわけじゃない」

「そうか……。オレ達が帰ったあとでも、やっていけるのかな? SAAPもずいぶん人数減らしちゃったし……」

「…………」

 それから、しばらく何かを考えていたエンドーが、二人に話しかける。


「少し、オレの考えを聞いてくれるか?」



 操舵室の前方―― 

 グラソンが舵を握る横で、宗萱はそっと愛刀の柄をさすった。

 この刀をグラソンの血で染めなかったことに心から安堵して。

[基地に残ったSAAPは、窪井の手下達を誘導し、基地外の森の中へ無事に避難したようです]

「そうですか……。安心しました」

[あとは彼らがどう生きていくのか。ほとんどが孤児なだけに、それも心配です。統領を失ってしまったのですから]

 宗萱は言葉なくうつむいた。

 それからゆっくり顔を上げる。

「彼ら次第でしょう。少し心は痛みますが、我々には彼らが人らしい人生を歩んでくれることを願うしかできません」

 そう言ってから、宗萱はまた床に顔を向けた。

 そして数秒後、グラソンの横顔に喋りかける。

「シラタチに込めた“本来の思い”、忘れていませんよね?」

「……ああ。オレ達の存在理由だ」

[わたし達の存在理由……、造られた者達がこの世界に存在する理由……]

「白い剣は、赤く染まらない真っ白な剣。それはすなわち、平和、戦いの終わり、シラタチの役目の終わりを意味する」

「そうです。戦いが終わった後、我々は、真っ白な剣を掲げ、どういう人生を送ればよいのか……。その疑問こそが『シラタチ』です」

 グラソンはうなずく。

「前に三人で話をしたとき、造られし存在である我々は、正しいことと悪いこと、その区別に疑問を抱いていました。今我々が正しいと思っていることが、己の意志なのかどうかを。……ですが今回、気付けたことがあります」

「……?」

[何です?]

「あまり考えないことです。何が悪で何が正義か、それは他人から受け継いだ意思に、自分の意思を重ねて導いたものを信じること。それが人それぞれ正しいと思うこと、そしてそれを信じて生きる。それが、人という生き物なのです」

 微かに口の端を吊り上げるグラソン。彼の首に下がっている首飾り―― 銀色の金属に絡まれた小さな水晶玉の首飾りに宗萱は目をやり、強めの口調で言う。


「すべてを話してくれますか? わたしを信じてくれるのなら。わたしは、あなたを正義だと信じたいのです」


「…………」


 グラソンは黙ったままで、表情も変えない。

 そっと右手を、ズボンのポケットに入れた。そこにある、小さなカプセルを握りしめ、力を込めて息を吸う。

「ああ、後ですべてを話そう」

 仕方なく言ったのではない。その言葉は彼の決心、そのもののように、宗萱、案内人には思えたのだった。

 もうそれまでは何も問うまいと、二人は決めた。



 飛行船後部、貨物室――

 大林は、開け放たれたままの搬入口に立ち、煙の上がるニュートリア・ベネッヘの基地を眺めていた。

 窪井の魂を見送るかのように、煙が見えなくなるまで、立ちつくしていた。



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