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92:独り見上げた道

「すまないタカ……」


 『田島弘之』を抜けることを決心したオレを止めてくれた親友の声が、いつまでも胸に残って消えない。

 ずっとともに生きていきたかった。田島さんや、タカや、仲間達と。田島さんの右腕として、あの人を支えつづけることができたら、それだけでオレは幸せだった。


 ――いや、だからこそ、オレは『田島弘之』にいてはいけないと思ったんだ。


 オレの心の中でずっとくすぶっているもの……。


 “高み”という道。


 オレにとっての高みとは何だろう? そう思ったときにいつも頭に浮かぶのは、田島慎治さんの姿。オレも、ああいう姿になりたいと思っていた。いや、決めていた。

 だからこそ、あの人の背中を見続けているだけじゃダメだと思った。


 『レッドキャップ』は、たしかに悪い噂しかない凶悪組織だ。でも、そういう場所だからこそ、オレはオレを磨くことができる。組織に毒されてしまうなんてことはあり得ない。いつだって、目の前にあるのは田島さんの姿だから。


 オレを見込んで組織に誘ってくれたのは、『レッドキャップ』の統領、アレモフ・キースだ。


 この男は、オレの目指す高みからはかけ離れた存在でしかない。でも、もっとも名の知れた凶悪組織の内部を身をもって知ることこそが、オレの“高み”へ繋がる道だと思う。


 オレは『レッドキャップ』に心までをも売るつもりは毛頭ない。


 ――さすがに、凶悪組織だけあって血走った連中が大勢いる。これがこの組織の中身。

 それでもその中には、まともなやつだっている。オレにはわかる。誰もが親を失くし、親に捨てられた人達だ。世の中の汚い泥を塗られてしまった孤児達だ。

 まともなやつは、しかたなく組織に身を置いているのだろう。ここを出てしまえば、生きるすべを失くしてしまうから。


 ほとんどが、オレと同じくらいの歳。


 ――悪いのは組織か世の中か。正直オレにはわからない。


「おいてめぇら! 今日から新入りが一匹加わる! かわいがってやれよ」


 キースが全員の前でオレを紹介する。そのとき、彼の眼が気味悪く歪んだのに気付いたが、オレは疑問に思わなかった。


 その数日後……。



 オレは走った。


 仲間達のもとへ。『田島弘之』の仲間達のもとへ。


 ――任務から帰還したオレは、ほとんど空っぽの本部を目にした。

 いつもはバカ笑いや怒声に満ちている『レッドキャップ』の本部が、不気味なほど静寂に包まれている。

 立ちつくしていると、一人の少年がオレに声をかけた。

 彼はオレよりも三つ年下の、雑用係。震えていて、涙を浮かべた瞳でオレを見つめていた。


「窪井さん……、早く行ってください……。頭達は、あなたの仲間を――。『田島弘之』を滅ぼしに行ったんですよ!」


「…………」


 オレは何も言葉を返せずに、しばらく呆然としていた。だが何かを考えるよりも、足は走り出していた。


 ――なぜ『田島弘之』が……?


 吐き出しそうな吠え声を、歯を食いしばって耐え、ただ走り続けた。


 曇天の下、数時間走って、オレはふらふらになりながらも、どうにかそこに到着した。

 その頃にはすでに雨が舞い、土砂降りへと変わっていた。

 『田島弘之』がテントを構えていた馴染みある広場。――そこはもう見る影なく、めちゃくちゃに壊されていた。だがその場所に仲間達の姿はない。いち早く気付いて逃げ伸びていることだけを願い、オレは地面に残る大勢の足跡を追った。


 すぐに人影を見つけた。


 引き返していくキースと、幹部、その後ろから手下達。笑いを混じらせながら、物陰に隠れたオレの姿にも気付かず、去っていった。

 オレは必死に冷静を取り戻そうと、混乱した頭を殴る。


 そのとき、どこかから声がした。

 誰かはわからないが、キース達が歩いてきた方向から。


 オレはすぐに走り出した。


 ――雨の中に二人の影。剣を振り上げるキースの手下と、もう一人は、木にもたれて尻を付いている、真っ白な短髪頭の男。


「……ああぁ……!」


 オレは言葉も出なかった。

 抵抗しない田島さんへ剣を振り上げているキースの手下を、どうにか止めようと手を伸ばした。


 でも、遠すぎた……。


「うぐっ!」


 田島さんのうめき声。

 ……剣は無情に、田島さんの腹へ突き立てられた。


 オレの頭の中は、真っ白に染まった。


 ――自分でもわけがわからず、体が動いていた。

 田島さんの腹に刺さった剣を抜くと、キースの手下を斬り殺した。

 そして、意識のない田島さんに目をやる。


 崩れてしまいたかった。


 でも体が動かなかった。

 オレの頭は、完全に思考を停止していた。


 ――ふと、聞き慣れた声で我に返る。


「……ケン……」


 ――タカ……。

 そこには息を切らしたタカの姿。


「よかった……。生きてた……」


 オレは声を発した。だがタカには、その声が聞こえていないようだった。

 それでも、心から安心した。親友が生きていたことに。


 タカが田島さんの姿に気付いた。


 死にかけている田島さんの姿を見て、タカは息を詰まらせていた。

「田島さん……」

 タカが弱弱しく、声を出す。

 オレは押し込めていた悲しみを吐き出したかった。タカの胸にすがって、泣きたかった。――タカのもとへ足を進めようとしたとき、タカがオレの顔に目を向けた。


「ケン、お前が……」


「…………」


 そのとき見たタカの瞳は、冷たく、怒りに震えていた。

 オレは右手に持っているものに気付いた。


 田島さんを貫いた剣が、握られている。


 まぎれもなく、オレの手に。

 これはキースの手下を斬った剣だ。オレが斬ったのは、キースの手下だ。でもタカは……、そのことを知らない。


「――違う」


 オレは剣を捨てて逃げ出した。

 そうするしかなかった。

 いや、そこでオレがタカに説明すればそれで誤解は解ける。なのに……。


 オレは逃げてしまった。


 田島さんのもとから、タカのもとから、仲間達のもとから……。


 恐かったんだ。田島さんの死を再び目にするのが。何よりも、親友になんて言葉をかければいいのか……。もしもタカがオレに刃を向けたら、と思うと。






「……オレは『レッドキャップ』の本部にもどり、キースの部屋へ駆け込んだ」

 窪井は目を閉じたまま、語り続けた。

 呆然と、その話を聞く大林へ。

「そこで、オレは聞かされたよ……。すべてがあいつらのもくろみどおりだった」

「……もくろみ?」

「キースがオレを組織に誘ったのも、けっきょくは、人質を手に入れるためだったんだ……。田島さんを確実に殺すための、その人質が、オレだった……」

「……そんな……」

 大林は口元を震わせた。

「それじゃ……、なぜお前はそれでも組織に? すぐにでもオレ達のところに帰ってくれば……」

「もう、親友達を失いたくなかったんだ……。キースの野郎、今度はお前達を人質にし、オレを組織に留まらせた。仲間達を失いたくなければ、オレの命令に従えと……。別に、あいつにとってはオレなんて駒の一つにすぎない。でも、そうすることで、自分に忠実な駒をつくり上げる。それがキースのやり方でもあったんだ……」

「…………」

 大林はうつむいて目を閉じた。その頬には涙が伝っている。

「何で……。どうして『レッドキャップ』は田島さんを殺したんだ……?」

「……それはオレも知らない。誰が田島さんを殺すように依頼したのかは……」

 大林は頭を振って脳みそを整理した。

 窪井の言ったことは、すべて真実だろう。そう大林が思うのは、今の窪井が、昔の“ケン”そのままだったから。ただ、大林にはどうしてもまだ納得できなかった。

「キースが死んだ後も……、お前は何も言わなかった。なぜオレ達を敵に回すような……」

「お前は……、オレを恨んでいただろう。だからオレは、何も言わなかった。オレはお前達を敵に回すことで、田島さんの死の重みから逃れていたんだ。……でも、もう耐えたくない……」

 窪井は真っ赤な涙目で大林を見た。そして、震える声で言った。


「死ぬまで、言うつもりはなかった。お前と本気で敵対してしまった以上、オレもお前も退くことはできないだろう。だからオレは、お前の敵として生きることを決めた。……でも、お前を敵にしたまま死ぬのは、やっぱり耐えられない……!」


 そして、声を押し殺して言う。


「すまない、大林……!」



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