91:魔物が見上げる道
窪井は後ろ向きによろめきながら大林から離れ、昇降機横の壁にもたれて崩れた。
大林は剣を下げる。
もう魔力はまとっていない。この闘いの終わりを、無言で示していた。
大林の瞳からも、紫の魔力は消えている。
「…………」
窪井を見つめたまま、大林は剣を背におさめた。
「……やっと……、もどったか大林……」
窪井がかすれた声で喋りかけた。
赤く、筋肉隆々の体から、もとの姿にもどる窪井。鎧の胸部には、丸い穴が穿たれていて、窪井の胸には焦げたような痕が。傷はないが、彼の内側は深い傷を負っている。少しずつ、魂を、命を削るように。
「……窪井、とうとうお前もここまでだな……」
大林はじっと窪井の顔を見据えている。死にかけた敵の姿を。
窪井は微かに笑って、苦しげにうめくと壁に頭を預けて空を仰いだ。
「死ぬまでに、いろいろと答えてもらおうか……」
「……冷たいねぇ……。どこまでも、オレを憎んでいるらしい……」
窪井はまた微笑する。
「当時のオレには、信じられなかった。……あれだけ尊敬し、愛した人を、なぜ殺すことができた? 何がお前をそこまで変えてしまった?」
「…………」
窪井は無表情で、青い空を眺めていた。
そしてふと、悲しげな、辛そうな表情を見せる。
「……オレは、オレを小さいなどと思ったことはない……。ずっとあの人の背中を見て育ったから、ずっと、あの人に憧れて育ったから……、いつかあの人のような、大きな背中になりたいと、思っていた……」
「そうだ。誰だって、あの人に憧れていた、『田島弘之』には、誰一人、あの人を尊敬しない者などはいなかった!」
「……それだけじゃない。オレの中には、ずっと消えないものがある。……“高み”というオレの道だ。オレの目指すべき、場所だ……」
「『田島弘之』にいるかぎり、その高みは遠のいていく……。だから、お前は『レッドキャップ』に身を売った。そしてキースに代わり、この極悪集団を率いるボスになり下がった! それがお前の“高み”だったというのか!?」
「…………」
窪井は長く息を吐き出し、目を閉じた。
「自由を求めて高みを目指す黒き魔物は……、赤く染まった道を見上げながら、ひたすらに這い登る……。その腹が汚れてもなお、また、自らの赤で染まりながらも……、たどり着けない高みを、見上げ続ける……。――魔物がその頂上で見たものは、何だったのか……」
涙が、窪井の閉じられたまぶたから流れ落ちる。
それはしだいに、あふれ出て、頬を伝っていく。
「すまない大林……。やっぱり、オレには無理だ……」
悔しげに、歯を食いしばり、窪井は泣いていた。
「違うんだ……。違うんだよタカ……ッ! あのとき田島さんは……、田島さんを殺したのはオレじゃない……!!!」
「……なに……?」