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89:刃の五体

 昇降機の停止とともに、窪井はすぐさま外へ飛び出した。

 そこはこの基地で最も高い建物の屋上。

 重たい鎧の脚を持ち上げて、昇降機をじっと見つめたまま数歩後ずさる。


 一秒後、凄まじい破壊音とともに昇降機が破壊された。下方向から吹っ飛ばされた。


 そして現れたのは紫の魔物。

 触手のような魔力の腕がのっそりと現れ、よじ登ってくる。

 窪井はまた一歩、後ろへ下がった。


「……どういうことだ?」


 窪井の頬には汗が伝っていた。

 得体のしれないバケモノ―― 窪井自身もそうではあるが、それさえも圧倒する魔物。


 破壊された昇降機の下からあふれてくる魔力の中で、聖剣を石の床に突き刺し、大林の身体―― 本体が姿を現す。


 剣を支えに立ち上がり、うつむいたまま大林は低く、息を吐きだした。すると、大林のまとっていた魔力が、彼の身体に取り込まれるように薄らいでいく。

 いくらか魔力がしぼんだところで、大林が顔を上げた。


「…………」


 窪井は身を震わす。

 窪井をにらむ大林の瞳は、変わらず濃い紫色に染まっていた。

 剣を抜いた大林。彼の右腕には、聖剣から伸びた魔力の触手が絡みついている。


「ふっ……。ウィルスは効いていないようだな……」


 窪井は苦笑い、ゆっくりと首を横に振る。

「どうやら、お前を止めることはオレにはできないようだ」

「…………」

 大林は動きなく窪井をにらみ続けている。

「当然か……。オレは憎い敵。何度も立ち上がり、オレが死ぬまでこの争いを続ける」

 窪井は腕を持ち上げ、闘いの姿勢に入った。

「だがこれで最後だ。……もう終わらせよう」



 魔力が空間を歪ませている。

 大林が聖剣を右手で横へ振り、床を蹴ると、その圧力が床を削った。

 窪井は迫る大林に両手の鎧で受けて立つ。


 聖剣と鎧が衝突し、空間に衝撃が広がった。


[……大林さんっ!!!]


 案内人は何度も叫んでいた。

 姿を変えてしまった大林の耳に自分の声を届かせようと。


 ――だが大林はほんの少しの反応も見せない。


 これがあの心優しい大林だとは、とても信じられなかった。

 無表情で、ただ敵を打つ、魔力に動かされるだけの人形となってしまったかのように。


[大林さん……!]


 今の大林に対して、自分達仲間は何もできないのかもしれない。

 どうしても案内人には、大林が苦しんでいるようにしか見えなかった。


 大林の聖剣が窪井の鎧に一撃を入れた。その威力は先ほどとは違う。大林自身の腕力も増している。

 鎧には、いくつも傷が付いていた。――しかしまだ鎧に打ち勝つほどの威力ではない。それに腕力も窪井のほうが勝っている。窪井は聖剣を力づくで払いのけ、鎧の重量を遠心力にし、重たい腕振りを繰り出す。それを瞬間的に聖剣で防いだ大林は、威力で吹っ飛んだが、空中で一回転して着地、と同時に姿を消した。

 目では追えないほどの素早い動きで窪井の背後にまわり、無防備な鎧の背中に斬りつける。それからよろめいた窪井に魔力をまとわせた強烈なひと蹴りをかまし、前のめりに倒した。

 窪井は倒れるのと同時に床を転がり、すぐさま大林のほうへ身体を向け、すかさず斬りかかってきた聖剣の縦振りを、両腕で受け止めた。


「……っ!」


 一太刀を繰り出すたびに、威力が上がっているようだ。

 それだけではなく、鎧の重さだけでも身体に負担がかかっているのだ。窪井は聖剣を腕でのけることをあきらめ、代わりに大林を足で蹴飛ばした。

 体勢を立て直したばかりの窪井に対し、すでに攻撃体勢に移っている大林。聖剣を後ろ方向に構え、魔力を集中させて、紫色の瞳で窪井を見据えている。

 それを避けるべきか防御するべきか、


 避ける間などなかった。


 その瞳が一瞬で窪井の目の前に迫った。

 窪井はとっさに左腕を身体の前に構えていた。それから気付く。左腕はすでに聖剣の一撃を防いでいた。


「…………」


 大林はまっすぐに窪井の目に視線を向けている。

 ――いや、防いだのではない。

 防御した左腕に負荷などかかっていないのだ。窪井は聖剣の一撃を防いでなどいなかった。

 攻撃部位を確実に破壊するために、魔力をその部分に集中させて放ったのだ。

 左腕の超強化金属の鎧にヒビが入り、もろくも砕け散った。

「くそっ……!」

 組み込まれた『陰の石』すらも、この圧倒的な魔力に敗れた。それだけではなく、窪井の左腕も無傷ではすまなかった。魔力によって腕の筋肉にいくつもの深い傷を負った。

 窪井は負傷した左腕を右腕でかばい、大林を蹴り飛ばした。すきができていたのか、大林は窪井の蹴りを避けることはしなかった。

 蹴り飛ばされて転がった勢いで床を滑り、大林はすぐに立ち上がる。

 いくら強烈な一撃を食らおうと、大林は痛みの表情ひとつ見せない。

 こんな大林を、窪井は見たことがない。

 すでに人ではない。――これまでの大林ならば……、死を覚悟し、己の命を捨ててまで闘っていたあのときすらも、大林は己の闘志をしっかりと宿していた。だがここにいる大林から感じられるのは、闘志などではなく、ただ一つの“憎しみ”という感情。

 今の大林は、本当に窪井を見ているのか、対峙する窪井ですらそれを疑問に感じる。大林は―― いったい誰を見ているのだろうかと。

 ――憎き仇? それとも殺された田島慎治? 親友であったかつての窪井賢?


 違う。


 破壊対象だ。


 もう大林は痛みで止まることも、感情で容赦することも、いっさいない。

 窪井はそれを悟った。


 大林は再び聖剣に魔力をまとわせる。

 窪井は瞬き一つたりとも大林から目をそらさず、一瞬で間合いを詰める大林を見逃さず、次の一撃をすれすれでかわした。――振り下ろされた聖剣が鎧をかすって地面をえぐったとき、窪井は剣を握る彼の腕を右腕で押さえつけ、左の拳を頬に叩きこんだ。

 左腕の傷が血を吹いても、窪井は力を緩めなかった。

 一度床に身体を叩きつけて、大林は転がった。

 すかさず窪井は床を蹴る。

 走って間合いを詰め、右手で大林の首を床に押し付けた。

「大きな攻撃の直後は、すきができるらしいな」

 窪井は右腕に圧力を加える。

「…………」

 だがそのとき、大林の身体を魔力が包み込む。

「ちっ……」

 魔力に呑まれる寸前に、窪井は大林から離れる。

 再び立ち上がった大林は、剣を構えて、窪井に接近した。聖剣の一太刀を右腕で弾き、蹴りを放つが、大林は身を逸らして回避し、また剣を振る。その攻撃に鎧を破壊するほどの威力はないが、重量のある窪井を後ろへ退かすほどの圧力はある。

 防御する窪井だが、連撃の最後に体の回転を加えた一振りに、とうとう後ろへ倒された。

 ズシィン! と、鎧の重量も合わさり、完全に倒れるまで窪井は抵抗すらできなかった。そして自らの重さですぐには動きが取れない窪井へ大林が剣先を下にし、振り上げる。


 鎧の守りのない頭部へ、聖剣が下ろされた。


 ――ズグンッ!


 石片がとび散る。

 窪井は寸前で首を横に曲げ、どうにか回避した。頬に石片を浴びながら、大林の左腕に右拳の一振りをお見舞いした。

 大林が吹っ飛んだところで、窪井はすばやく身体をねじらせて重い鎧を持ち上げ起き上がった。

 見るとすでに大林は次の攻撃態勢に入っている。


 窪井の一撃ならば大林を軽く吹っ飛ばすことはできる。しかし何度攻撃を受けようとも、大林は少しも攻撃を止めることはない。

「ちっ……、今のてめぇは何のために闘っている?」

「…………」

「ケジメのための殺し合いだって? 笑わせるなよ大林! お前はただオレを殺すことさえできればそれでいいってのか!?」

「…………」

「違うはずだろ? ――大林、オレは“お前と闘いてぇんだよ”」

「…………」


 大林は魔力をまとわせた聖剣を振り上げた。


「聞こえねぇか……」


 窪井は右の拳をパキパキと鳴らした。

 迫る大林へ、窪井も自ら間合いを詰める。


 大林が聖剣を振った。


 窪井も拳を振った。


 ――バシィィィンッッ!!!


 拳と剣が衝突した瞬間、鋭い爆音と衝撃波。

 窪井の右腕の鎧は微塵に弾け飛び。聖剣をまとった魔力も弾け飛んだ。


 大林は即座に後退し、間合いを取る。窪井はその場で右腕を力なく下げた。

 大量の汗が額を流れ落ちる。

 窪井の右腕は、左と同じように負傷していた。もはや攻撃を繰り出すことは難しい。


 だが窪井は気力で腕を持ち上げた。


 それを大林は、やはり無表情で眺めていた。

 しかし窪井には、その瞳に少しだけ大林の闘志が瞬いたように感じた。



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