88:魔力の目で
マハエ達三人とSAAP、そしてゴトー達三人は、上階へと登る昇降機の前で立ち止まっていた。
「この上に、オレ達が統領と会った部屋がある」
リートが言った。
「これで恩は返せたってことで、オレ達は退散するんで」
ツッキーが言う。
ゴトーはまだ黙ったまま、マハエ達三人をじっと見つめていた。
「オレ達を進ませるのに、まだ抵抗があるか」
エンドーがゴトーに言う。
「……いや、もういい。もう何も言わない、ていうか、オレごときが干渉できないことは理解してるから……」
それを聞いてエンドーは、ほほ笑んでうなずいた。
――干渉すべきではない。これ以上、デンテールが残した脅威に近づけさせてはいけない。そう思うのはエンドーだけではなく、マハエやハルトキも同じ。
「そんじゃ、オレ達はさっさと逃げるとするよ。基地の中うろついても、ろくなことないし」
リートは言って、三人とSAAPに背を向けた。
ツッキーと二人でゴトーの背中を押しながら、何の言葉もなく来た道をもどっていくのだった。マハエ達も、彼らに何も言葉も発さなかった。シラタチと彼らは、まだ敵同士であり、リートもツッキーも、少なからず心を痛めているはずだと思ったからだ。それでも彼らが素直に案内役を受け入れたのは、シラタチの意思を感じ取ったからなのだろう。
シラタチの目的は窪井の悪事を止めること。彼らも、思いはシラタチと同じだったのかもしれない。マハエ達はそう解釈していた。
「行くか」
マハエが言うと、二人もうなずく。
昇降機は電源が落とされていたが、近くに登りの階段を見つけ、三人は気合を入れる。
どれだけ登ればよいのかはわからない。それに宗萱やグラソンと合流したいという気持ちもあるが、進むべき道が目の前にあるのなら、迷っているヒマはない。
一段目に足を置き、もう一度気合を込めてから暗い階段を進んでいった。
もう基地の全体を見渡せるほどの高さまで登ったのではないかと、三人は一度足を止め、一つ息を吐いた。
SAAPは周囲を警戒し、三人は進むべき道を考える。
ここまま階段を登って行っても、けっきょくは窪井の居場所を知らないゆえにどうすることもできない。しかし立ち止まってもいられないのだ。窪井が何かしらの動きを見せる前に、彼を見つけ出さなくてはいけない。
いくつかある廊下を一本一本、部屋の一つ一つを探し回れば、何かしらの手掛かりは見つけられるかもしれない。それから人の気配を探すこと。静寂につつまれているこの場所でなら、それは簡単だ。――誰か人が居ればの話だが。
――そのとき、廊下の奥で足音が聞こえた。
三人とSAAPは武器を構えて振り向く。
現れたのは足取りの優れない二人組。体力を消耗し、険しい表情のまま警戒しながら歩いてくる宗萱とグラソン。
三人はその姿を確認してほっと気を吐き、すぐに笑みを浮かべて二人へ走り寄った。
宗萱とグラソンは立ち止まって、表情を緩めて三人の顔を眺めた。
「よくここまで来たな」
グラソンが三人のぼろぼろの服を見て、微笑した。
そう言う彼らも人のことは言えない格好だが、この戦場に屈することなく戦い、生き抜いた仲間の顔、変わらず明るい顔を再度確認することができ、誰もが疲れを忘れてそれを喜んでいた。
――しかし……。
大林の姿は、まだ確認できていない。
だが少し前、どこかで魔力が放たれたことに彼らは気付いて、大林が闘っていることを悟った。
相手が窪井であることは、確認するまでもない。
それを感じたからこそ、彼らはその場を動かなかった。
大林に加勢は無用だ。
あとは窪井の生死。彼を生かすも殺すも大林しだいなのだが、やはり今すぐ駆け付けて大林を止めたいと、それが今のマハエ達の本心だ。
複雑な気持ちだった。「だから止めに行こう」と誰も口に出さないのは、それが無理だとわかっているから。親友で、兄弟で、同時に大切な人を殺した憎き敵……。大林の心はマハエ達よりも複雑で、考えられないほど辛いはずだ。
だから苦しみ抜いた大林の決意に何者も異を唱えることなどできはしない。
「…………」
気持ちを堪えることしか、三人にはできない。
ゴトー達の話を聞かなければ、窪井の身を案じるなんてことはなかっただろう。
数分、誰も動かず、誰も声を発さなかった。
先ほどから大林の魔力が認識し難いほど弱まっていることに、グラソンや宗萱は気付いていたが、続いてそれに気付いたマハエ達は、不安を表情に見せた。
それはつまり、二人の闘いに早くも決着がついたということなのだろうか……。
強大な力を得た大林が窪井に負けるとは誰も思っていない。しかし魔力が弱まっているということは、大林自身も危うい状態である可能性がある。
「大林さん……」
今彼らがいる場所よりも少し階下での闘いだった。
予想に反した状況に、全員が戸惑っていたが、ハルトキが先に駆けだしたのを見て、マハエとエンドー、グラソン達も続いた。どこをどう進めばその場所にたどり着けるかはわからないが、とりあえず走った。階段を降りようと向かったとき、何かの電源が入るような音で全員が足を止めた。
そばにある動かないはずの昇降機。その電球が点灯している。そしてこの上階へ上がってくる。
全員が固唾をのんだ。
――姿を見せたのは黒い鎧姿の窪井だった。昇降機の乗降口、その仕切りの向こう側に。
窪井はシラタチに気付くと、昇降機を止め、ふっと笑う。
「窪井! 大林さんをどうした!?」
ハルトキは短剣を『縛連鎖』に変え、窪井へ構える。
しかし仕掛けようとするハルトキの肩をマハエが掴んだ。
「待てヨッくん。……あの鎧……」
マハエの言葉で、それが“あの金属”だということに気づく。デンテールが開発した最強の金属。マハエは以前に闘った『Rey‐Proto』と呼ばれた敵を思い出した。宗萱もそれを思い出している。グラソンもよく知っているデンテールの研究の一つ。
「……くっ」
グラソンは歯を噛みしめた。
大林が本当に窪井に負けたのか。それを確かめるよりも先に、シラタチは窪井を退けなければならない。
「大林さんは……!?」
ハルトキは窪井への攻撃の姿勢を崩さない。
「大林が気がかりか? ……すぐにわかるさ」
――その言葉のすぐ直後、階下で何かが爆発したような破壊音と、空気を伝って衝撃が轟いた。
「なんだ!?」
マハエ達は眉をひそめた。
同時に今までに感じたことのない強大な魔力の圧迫をその身に受けた。
「…………」
窪井は自分に装着されている鎧の腕を持ち上げた。
鎧が微かに振動している。普通の振動ではなく、組み込まれている『陰の石』がそれに反応しているようだ。
「……ちっ!」
窪井は顔をしかめてから、昇降機を再び上階へ上昇させた。
――そして……、
マハエ達は“それ”を捉えた。
上昇していく昇降機を追う、
紫の魔物――。
縦に伸びた穴を這って上がって来た。
一瞬、シラタチを一瞥したその眼は、濃い紫色に染まっていて――、よく見ると紫色の魔力をまとい、魔力自体がその体の一部のように動いている。その姿は、魔物と言う他に言いようがない。
「…………」
誰もその力を前に口など動かせるはずもない。
何よりも、おぞましい魔力をまとっているのが、大林の身体であったから。
新型の対SAAPを一掃したときよりも、今の彼の魔力は何倍も強力だ。その右手に『聖剣』を握りしめて、再び頭上へ目を戻す。
大林は頭上の昇降機をにらみつけたまま、上へと這い上がって行った。
窪井を追って。
「…………」
ハルトキは口を開いていても、名を呼ぶことができなかった。
今そこに大林はいた。
にも関わらず、そこに彼の心を感じなかったから。
心の虚無に聖剣の強い力が満ちてあふれているように。
その力は魔力とは別の、窪井に対する感情であるようだ。
「大林……」
グラソンがつぶやいた。
とても重たい声で。
「とにかく追いましょう。……彼が完全に魔力に呑み込まれる前に、我々にできることがあるかもしれません」
全員が目を合わせ、それから武器を強く握った。