85:おなか減り……
三人とSAAPはハルトキが来たという道をもどりはじめた。
マハエが闘技場に入った扉と向かい合っていた扉。もう一つの“挑戦者入場口”は“隠し通路”と異なって、電灯が灯ったまともな廊下だ。
[おや、三人おそろいでしたか]
案内人の声に、三人は足を動かしたまま、口をつぐむ。
彼が一度も、何も言ってこないのは、何かと困りごとだった。
まずは仲間の安否が一番知りたいこと。
[宗萱さん、グラソンさんが、紅丸を倒しました]
三人はいっせいに息を吐き出す。
「無事?」
マハエはとっさに訊いた。
[当然です]
そのきっぱりとした言葉に、マハエはほっと微笑した。
ハルトキにはそれとは別に気にかけていることがある。しかし訊くよりも先に案内人が、
[大林さんのことはわかりません。前にも言ったように、わたしは大林さんの居場所を知ることができないので]
言葉が曇っている。案内人も三人も、大林のことが心配でならなかった。
力を手に入れた彼が窪井に負けるなど、考えられないことだ。大林の力はシラタチの誰よりも強大だから。しかし彼が力を欲したのは、窪井を倒すという目的のためで、それ以外の何でもない。強大な魔力で窪井を倒したあと、大林は自分達の、シラタチのもとに帰ってくるのだろうか。
三人は口を開かなかった。
しばらくして歩みを止めるまで、頭の中から余計な考え事を叩き出していた。
足を止めたハルトキが正面の登り階段を見て、
「この階段を登れば、いくつか道があるんだけど、さっきボクが戦ってた広場への道もある」
「また窪井の手下に遭遇するのも厄介だな……」
そう言うと、エンドーは自分の横の扉に顔を向けた。
「もうひとつある」
「……見取り図でもあれば楽なんだけど、広場が一階だとして、ここは地下だよ。その扉を進んで地上へ出られるとは限らない」
「でもさ……、悲鳴とか聞こえない?」
「…………」
マハエとハルトキは扉に耳を向けるが、首をかしげた。
「てか、悲鳴が聞こえても、ここは地下だ。絶対に行きたくない」
マハエは思いきり首を横に振る。
「でもマハエ、もしかすると仲間が戦ってるのかも」
ハルトキも賛成し、マハエは仕方なしに小さくうなずいた。
「知らないぞ、大ノコギリを持ったやつとか出ても」
「それが心配だったの……?」
「電灯が灯ってるから大丈夫だ」
エンドーが扉をゆっくりと開けて言った。
「戦いに支障がなきゃいいってわけじゃないだろ」
そんなマハエの言葉を無視して、エンドーは扉の先へ足を進め始める。
彼の後ろについた二人とSAAPを、案内人は心配そうに見つめていた。
[んー、宗萱さんとグラソンさんは戦っていないみたいですけど……]
この先で誰かが戦っていても、もしくは敵がいたとしても、今は三人がそろっている。三人がそろえば、どんな強敵も恐くなどはないのだ。そう思いなおし、案内人は見守ることにした。
三人とSAAPが進む廊下の先から、人の声が響いてきた。
「何度言えばわかるんだ、まずはここから出る! こんな場所で飢え死にするわけにはいかないだろ!」
三人は立ち止まり、腕を組んだ。
「……何か聞いたような声だ」
そこは適当な電球で灯されただけの、粗末な空間。冷たい石の床や壁や天井。どうやら地下牢らしい。
「そうか、さっきの闘技場とこの地下牢は繋がっている。ここで闘技用の猛獣でも飼育するつもりだったのか」
軽く手を叩いてつぶやくエンドー。それから牢が並ぶ奥の登り階段を見つけ、「あそこから登れるぞ」と、さっさと進もうとする。
「待てよエンドー、そんなことよりも今の声……」
マハエはエンドーの肩を掴んで止め、もう一度声に耳をかたむける。
「だから飢え死にしないように、飯を待とうって。ゴトー君もおなかすいたでしょー」
「オレも腹減ったよー、ゴトー」
「ほら、ツッキーは大ケガしてんだぞ。無理をさせちゃダメだよ」
「なら無傷のお前が飯どうので文句を言うな、リート」
「オレの心はずっと傷ついてんだ! 風呂に入りたいよー! 服着替えたいよー! 手鏡取り上げられたせいで自分の美顔をチェックできないよー!! 一日十回はチェックしたいよー!!!」
「うるさーい!!! てめぇ、そうやって叫ぶから腹減るんだ!! まずはその口を閉じて縫いつけちまえ!!」
「ゴトーにオレの気持ちはわからねぇー!!!」
「わかってたまるかよ」
「オレも腹減ったよー、ゴトー」
「…………」
三人は呆然と立ち尽くしたあと、顔を見合わせて声をひそめた。
エンドーが呆れた顔で、
「あいつらこんなところに閉じ込められてたのか……」
「けっきょく窪井に会ったのかどうなのか……」
「何か可哀そうだね、どうしよう?」
「ていうか、お前が聞いた悲鳴って……」
三人はいっせいにため息を吐き出したあと、もう一度ため息をついてゴトー達のもとへ。
エンドーがゴトー達三人に声をかける。
「おーい、相変わらず元気そうだな」
声を聞いたとたん、絶望的な表情をしていたゴトー達の顔が光り輝く。
「お! その声は宅配屋! 頼む、助けてくれ! オレ達――」
と、ゴトーは現れた三人の顔を見て、
「な!? お前達はシラタチ!!? ど、どういうことだ!!?」
ゴトーは驚愕。ツッキーとリートは首をかしげた。
「まさか……、まさかお前達……」
「悪かったな、あの時は言えなくて。オレ達はシラタチだ」
改めてゴトー達に身分を明かすと、ゴトーは口を開いたまま固まった。しかしツッキーとリートは納得したという顔。
「シラタチって、宅配屋だったのか?」
その二人の頭をゴトーがスパンッとはたく。
「んなわけないだろ! お前らの頭はどうなってんだ!?」
「オレの頭は……、どうなってんだ? ツッキー、オレの髪、乱れてない? ペチャッとしてない?」
「あー、ちょっとだけ乱れてる」
「何!? おいシラタチ! クシを持ってないか!? それと手鏡!!」
暴れ出しそうなリートに、マハエ達は残念そうに肩を持ち上げる。
リートは頭を抱えてのけぞった。声を失って。
「ところでお前らはなぜ閉じ込められている?」
エンドーがゴトーに訊く。
宅配屋がシラタチだったと知り、ゴトーは警戒して口ごもったが、少しして話し始めた。
「船であんたらと別れてから、オレ達は統領を探して基地の中に忍び込んだ。しかしこの広い基地の中、どこに統領がいるのか見当もつかず、考えた末に導きだした方法が、自分達から名乗り出て、統領のところへ連れて行ってもらう、という」
三人は、うなずきながら話を聞く。
ゴトーは気が進まなさそうに、それでも静かに話した。
「……それでとりあえず統領には会えたんだ。……でも――」
「ゴトー君の情熱は通用しなかったんだよね」
リートが眉をしかめて言った。いつの間にか復活している。
「もう統領は昔の統領じゃない……。オレの知ってる統領は、恐かったけど優しい人だった」
「何かオレ達で実験をどうのとか……」
ツッキーがうーんと考え込んで言った。
「けど! お前達に助けてくれと願う気はない。統領の手下として、オレ達は死ぬ。敵に助けられるわけにはいかない」
「おいおい、ゴトー君、ここは助けてもらおう。お願いしよう」
「そうだぜ、オレはまだ生きたい」
「何言ってんだ、シラタチだぞ、こいつらは!」
「じゃあ、宅配屋として助けてもらおう!」
「だからこいつらは宅配屋じゃねぇって!!!」
ゴトー達の言い争いを、マハエ達は呆れた顔で眺めていた。リートやツッキーのほうが正しい。しかしゴトーの気持ちもわからなくはない。彼の忠誠心がまだ窪井にあるのなら、敵に命を救われるほどの屈辱はない。
――ドグンッ!!!
衝撃音とともに、牢の鉄製のドアが破壊された。
「勝手に争っとけ。でも生きたいのなら出ろ」
凝縮波でドアを壊したマハエが、中の三人に言った。
ゴトー達はしばらく驚きの表情を固めたまま、かろうじて繋がっているだけの、傾いたドアを見つめていた。
「……何者?」
ようやく状況を理解してから、三人がつぶやいた。
腕を組んで何かを考えていたエンドーが、三人に頬笑みを向けた。
ハルトキもエンドーを見てから、うんと、うなずく。