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84:闘技場、組み手勝負

 自分へ向かってこん棒を振り下ろしてきた手下の一人を、マハエは素手で殴り飛ばした。

「いて……」

 人を殴って傷んだ手をヒラヒラと振り、背後の気配へ蹴りを放つ。

 とっさにこん棒を前に防御した手下。しかしマハエの蹴りは防御のこん棒を簡単にへし折り、その衝撃を腹部に受けた手下はそのまま後ろへ跳んで倒れた。


「殴っても蹴り飛ばしても、いくらでも向かってくる……。きりがないな……」


 『壊波槍』を発動させず、少量の魔力で戦っていても、次々に襲いかかってくる大勢の手下達を前にマハエは疲れの色を顔に表す。

 この『組み手』が始まって十分少し。中には気を失って倒れている手下もいる。しかしマハエはまだ膝をつかない。

 軽症なら何度も魔力が治癒をした。それも魔力消費の大きな原因でもあるのだが、今のところ、かすり傷程度のダメージしか受けてはいない。

 マハエの予想外の強さに臆している手下もいるが、周りの勢いに圧されて武器を振り下ろす。

 マハエは凝縮波で高く跳び、攻撃を回避すると、闘技場の観客席に着地した。

「モンスターとは違う。殺す気で向かってくる大人数に、オレは致命傷を与えることを許されないなんてな……」

 武器では加減が難しいから、できるだけ『壊波槍』の発動は控える。――それでは勝てるわけがないとは、マハエもよくわかっている。魔力がなければ十秒で勝負はついていただろう。

 逃げ場はないかと探すマハエだが、入ってきた扉はもちろん、そのほかの出入り口も完全に閉ざされている。マハエが飛び乗った観客席は闘技場と五メートルの高さで仕切られていて、下にいる大勢の手下達はここへ登るのに苦労している。

「降りてこい、臆病者!」とののしる手下達の声を無表情で聞き流し、マハエは呼吸を整えた。

 この勝負に勝ち目があるとすれば、それはマハエと彼らとの力の差。個人同士ではマハエのほうが圧倒的に強者である。大人数の一斉攻撃を受ければさすがに圧し潰されるが、少人数ずつを相手にすればこの窮地をどうにかできるかもしれない。

 それにマハエの『脅威』というものを彼らに身をもって理解させれば、戦意を喪失させられる可能性もある。


「…………」


 マハエは目だけを動かして周囲を見た。

 動ける手下達のおよそ半数が、観客席によじ登ってきたところだった。

「よし……!」

 マハエは凝縮波で跳び上がり、空中で『壊波槍』を発動させると、闘技場に着地と同時に槍を横に振って、手下達に鋭いにらみの眼を向けた。

 壊波槍の一振りは、空気を振動させて空間を微かに揺らした。

 下に残っていた手下達はその力に少しだけ身ぶるいしたあと、武器を振り上げてマハエに立ち向かう。

 今闘える人数は、先ほどの半数。観客席によじ登った手下達は今度は下りるのに手間取っている。

「(この数ならギリギリいける!)」

 マハエは身を低くして、手下の足を蹴り、自分へと倒れ込んだ手下を片足で受け止める。そしてその後ろから二人折り重なった手下もろとも、凝縮波の蹴りで吹っ飛ばした。――すぐに態勢をなおし、立ち上がるときにもう一人を蹴り倒す。

 それから振り下ろされてきた短剣を槍ではじき、柄の部分を首筋に叩きこむ。

 続けて一人、太ももに蹴りをくらわせて倒し、武器を蹴り飛ばす。


「(あと何人だ?)」


 ざっと見まわしたマハエは、まだ立ち上がる手下の人数に驚いた。

 ほとんど減ってはいないのだ。

「くそっ!」

 このままではまた同じこと。観客席からも下りてくるおかげで倒す数よりも増える数のほうが上回っている。

 なぜ何度倒れても立ち上がり向かってくるのか、マハエには分からない。それは彼の予想に反していた。この大勢の手下達に戦意はあるのだろうかと、マハエは疑問に感じた。本気で戦いたくてそうしているのか、それとも、本当はもう倒れて動くのをやめてしまいたいのではないか。

 『ニュートリア・ベネッヘ』の手下達は、窪井を尊敬しながら恐れている部分もある。と、エンドーやハルトキが話していたことがあった。

 この手下達は窪井の恐ろしい圧力に無理やり動かされているのだ。少し考えればそれに気付くのは簡単なことだった。

「くっ……」

 マハエは横からの短剣を槍の柄で防ぎ、その腹に肘を撃ち込む。

 ――違う。簡単なことではない。

 彼らの心に窪井への恐怖心だけならば、逃げ出す手もあったはずなのだ。窪井を尊敬する気持ちが少しでもあるがゆえに、恐怖心を戦いの気力へと変えてしまう。

 ゴトー達が逃げなかったのと同じなのだ。


 どうすれば彼らを止めることができるのか、それを考えても仕方がない。

 今のマハエは自分の命を守ることだけに集中しなければ。

 観客席にはまだ下りられずにいる者もいるが、全員が再び戦闘態勢に入るまでマハエが生きていられるかはわからない。生きていられたとしても、全員を行動不能にするほどの力はもうない。

 一人では到底勝てない。


 ――そのとき、観客席で爆音が響き、悲鳴とともに手下達が落ちていく。


 マハエは攻撃の手を止めた。彼の周りの手下達も驚いて手を止め、振り向いた。


 ――拳の一発で倒れる手下。銀の短剣に武器を弾かれ、二人がかりも蹴散らされていく。


 場は、しんと静まった。

 現れた人物は観客席から飛び降りると、曲げた膝を立たせてズボンのほこりを叩いて払う。

 それから独り言のように言う。


「道に迷った。どこだここ?」


 マハエは、そして手下達も、そののんびりとした口調に言葉もなく、呆気にとられる。

 友人との再会、何より頼もしい味方の登場にも関わらず、マハエは現れた“エンドー”の額に思いきりのチョップをかましてやりたくなった。

「マハエー! 何か知らないけどグラソン達とはぐれて、狭い通路を歩きまわってたら、こんなところにたどり着いてしまった」

「……なに、ここに迷子が集合する構造になってるわけ?」

 戸惑っている手下達の間を、エンドーはマハエへ向かって歩く。

「でもよかった。また会えたな、マハエ」

「ああ、無事でよかった。オレもギリギリセーフでまだ死んでないよ」

 安心したように口の端で短く笑ったあと、エンドーは後ろを向いた。マハエも背中を合わせるように向きを変える。

「団体さんだな。倒すしかないのか?」

「エンドーが入ってきた出入り口は?」

「ああ、外からしか開かないらしい」

「……逃げるのは無理か……」

 疲労で肩を落とすマハエの後ろで、エンドーは短剣から『発破鋼』を発動させた。

「全部倒せば、ゆっくりと脱出口を探せる」

 マハエはさも簡単そうに言う彼に呆れながらも、力なくうなずくしかなかった。何と言っても彼はマハエよりも強い。戦力としては今のマハエにありがたい、大きな味方なのだから。

 それでもエンドー一人ではこの集団に敵わないだろう。少し無理をしてでもマハエも戦わなければいけない。それに消沈しかけていた気力も、友人の登場で力を吹き返した。

 ここからが本当の勝負。

「エンドー、さすがに本気はダメだよ?」

「わかってる。さすがに人を相手に大爆発は起こさない」

 エンドーは腕に魔力を込めて、魔力球を前方に飛ばした。

「向こうに死ぬ気がなければ、少々の攻撃で死ぬようなことはない」

「……なんか、少し心配」


 ――ドォンッ!


 と魔力球が爆発し、二人の手下が爆風で床に転がった。

 それを合図にマハエとエンドーは雄叫びとともに床を蹴り、走り出した。

 手下達も少し遅れて、二人を叩きのめすべく押し寄せる。

 マハエ一人の戦いよりも、勢いは増していた。当然、敵の勢いも。――相手が一人なのと、さらに強者の加わった二人なのとは、敵の心構えも違ってくる。全員が本気で戦う構えで敵を潰そうとする。

 マハエとエンドーはその波を切り裂くように、手下達を倒していった。

 エンドーの活躍も大きく、立ち上がろうとしない手下も大勢出てくる。それでも少し力が残っていれば立ち上がり、ぼろぼろの武器で立ち向かってくる手下もいる。

 ふらつく足取りにマハエはあわれみを抱きつつ、魔力の『衝撃砲』で何人かを倒した。


「タフな連中だな」


 マハエの背にエンドーの背が触れる。

 倒したとは言っても、いくらでも向かってくる手下達に、状況は少しづつ不利になる。

 だが勝てない勝負だと、二人は少しも思ってなどいない。魔力は常に回復し、傷も癒える。冷静を頭に戦い続ければ――。

 しかしこの数となると……。

「エンドー、こいつらを全員ねじ伏せるよりも、先に脱出口を探すべきじゃないか」

「何言ってんだ。戦う気満々のやつらを前に背を向けろと?」

「時間を無駄にできない。ここから脱出しても、この広い基地内の構造はまったくわからないんだ。みんながどこかで戦っている、その場所がどこなのか……」

「……ああ、魔力がざわめく。グラソン達が戦っているのか? 何にしても、今は仲間と合流すべきだな」

 エンドーもマハエの意見に賛成し、うなずいた。

「けど、扉は頑丈だ。そこからの脱出は難しいぞ」

 手下の攻撃をエンドーは受け流し、その腕を掴んで振り飛ばした。

「扉からしか脱出できないのなら、こじ開けるしかないだろ」

 マハエは手下の首を槍の柄で押さえ、足を払って背から床に倒した。

 振り下ろされたこん棒をエンドーは左手で受け、手の中で魔力の爆発を起こして握りつぶした。

「――!」

 それに驚いた手下は、エンドーの蹴りで尻を突き、後ろへ退いた。

「おい!」

 一人の手下が周りに声をかけると、手下達がいっせいに二人へ武器を振り上げて跳びかかった。

 とっさに槍と金棒を上に構え、武器から発生させた衝撃と爆発ではじき返すと、手下達は床に転がって、崩れた態勢で打ちつけた腕や頭をさすり、二人を見上げた。

 マハエとエンドーも、防ぎきれなかった刃物で傷だらけ。痛みに顔を歪めて低く呼吸をするとともに、傷は癒えてふさがっていく。

「…………」

 手下達は言葉なく、それでも恐怖を語っている。

 二人はあまり彼らの顔を見ないようにした。自分でも己の身体から傷が一瞬で消えてしまう光景には、常に異様さを覚えていたから。

 きっとそれ以上に、慣れない連中にとってはおぞましい光景に違いない、と。

「お前ら、そのまま動くな」

 エンドーが言った。

「オレ達と戦っても勝てないことくらい、わかってるはずだ」

 金棒でドンッと床を突くと、黙ったままの手下達はビクリと身をすくませた。

 少しは戦意喪失したかと、マハエも動かずに突っ立った彼らを眺める。

 そのとき、ギッと扉が開く音がして、聞き覚えのある声が静まった闘技場内に反響した。


「マハエ、エンドー、ここだったんだ」


 ハルトキ、そして後ろからSAAPが顔をのぞかす。

「戦ってるキミ達の魔力をたどって、ここにたどり着いたんだ。て、もう終わったの?」

「ああ、もう加勢はいらねぇ。勝負はついた」

 エンドーはそう言って歩き出す。

「待てよ、まだオレ達は戦える! 三人集まったのなら、オレ達にも都合がいいんだよ!」

 尻を着いていた手下達もいっせいに立ち上がる。

 やはり彼らはそう簡単に闘志を失くしはしない。

「……そうか、それなら――」

 エンドーはマハエに目をやり、それにうなずくマハエ。

 二人はハルトキへ走り出す。

 手下の壁が行く手を阻むが、二人の魔力を前にもろく崩れ、マハエとエンドーは組み手を突破した。

 ハルトキとSAAPが待つ扉へ、先にマハエが到着し、後からエンドーも。と、背後で一人の手下が短剣を振り上げ、斬りつける。しかしハルトキがすかさず自分の短剣を突き出して、それをはじいた。

 さらに魔力を飛ばして手下を縛り、エンドーが扉を抜けたのを確認すると、両手で扉を押して閉じた。


「……助かったぜヨッくん」

 エンドーはハルトキの肩に手を置いて脱力気味に言った。

 マハエは槍を短剣にもどしてから、ゆっくりと呼吸を整える。

「たしかに、ヨッくんが来てくれたおかげで脱出成功だ」

 そして彼もまた脱力して壁に手を着いた。

「力を抜くのは早いよ。戦いは終わってないからね」

「わかってるよ、でも少しだけ休息を……」

「歩きながらゆっくり休めばいいよ」

「今まで戦ってたオレ達に、もうちょっとマシなこと言えね?」

「エンドー君、ボクもさっき窪井の手下達との一戦を終えてきたところなのだよ。ねえ、SAAPさん」

「はい、とてもお強うございました」

 と、無表情で言うSAAP。

 マハエとエンドーは「そうですかー」と声をそろえた。

「ボクの活躍をキミ達に見せてあげたかったよ。残念だなぁー」

「うーん、とても残念ですねー」

 と、また二人は声をそろえた。

 ハルトキは、「もぉいーもーん」と、膨れ面で先に歩き出した。



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