81:親友へ
更新が遅れて申し訳ないです…。
刃物がこすれ合う鋭い音と、斬撃のたびにはしる光のかけら。
そして舞う火の粉。
力が弾ける。
風と炎が。
壁に寄りかかって倒れているのはSAAP。
紅丸の前ではSAAPは無力であった。
宗萱と紅丸の闘いは呼吸一つの間もなく続いていた。
刀で相手を斬る。それを刀が阻止する。
――武器の闘い。
どちらも全力ではない。互いが相手の力を試し合っているよう。
その中で宗萱は自分の力が相手に劣っていることを再認識した。
「(素早さはわたしに有利がある。しかしパワーとスタミナは相手がうえ……。接近戦では勝ち目はないですかね……?)」
紅丸の二本の刀を一本の細い直刀で受け止めるのは無理がある。刀を折らないように魔力をまとわせ、さらに刀をはじくために魔力を上乗せする。――このままの闘いが長く続けば、魔力はもたない。
「――うっ……!」
刀が宗萱の頬をかすめた。
「闘いに集中せねば、拙者には勝てぬぞ!」
頭上から振り落とされる二本の刀が、受け止めた直刀ごと宗萱を床へ叩きつけ、追い打ちをかける。
宗萱はすぐに腕の力でその場から跳び、床を割る刀から逃れた。
「(早さで勝るのなら勝ち目はあります!)」
宗萱は壁を蹴って高く舞い、刀に魔力を注いだ。
「桜舞灯―― 『降風』!」
細かな魔力の刃が紅丸へ降り注ぐ。
紅丸は跳んでかわし、両の刀に魔力を注いだ。
「む?」
コンクリートの塵の煙が視界をさえぎる。
床に降りた宗萱は同時に床を蹴り、煙の中で燃える紅丸の魔力へ。
「斬灯―― 『灯柱』!」
振り下ろされた宗萱の刀は、白い光を帯びて縦に柱を成す。
風の魔力は鋭く、鉄も断つ。しかし魔力で強化された紅丸の刀はそれを止めた。
衝撃で刀をまとう炎は散り、塵の煙もすべて吹き飛ぶ。
どちらの魔力も消えた。
互いを見合う瞬間もなく、すぐに後ろへ退く二人。そして魔力を込めなおす。
「火と風では勝負が見えぬな。しかし、拙者の炎は風で吹き消すことはできぬ」
「……たしかに、わたしが劣っています。しかし風の強みもある」
宗萱の刀が風をまとう。
「ならば見せよ。拙者の炎を吹き消す技を!」
紅丸の二本の刀も炎をまとい、突き上げられると柱を形成して渦を巻く。
「灰と化すがよい!」
炎の柱、渦が宗萱へ向けて放たれた。
炎が呑みこむ寸前、
「桜舞灯―― 『玉風』!」
宗萱の刀から風があふれ、高速回転する大きな球体に。
『玉風』は炎を切り裂き、宗萱を守っている。
炎は細かに散っていく。
完全に防がれた炎の渦。紅丸は目を見開いて、自分の技を破った風の魔力を眺めている。
宗萱はさらに魔力を込めた。
「桜舞灯―― 『斧風』!」
『玉風』が別の風に砕かれて、重く鋭い魔力が紅丸へ放たれた。
紅丸は攻撃を炎で防ぐが、『斧風』に通用しない。
炎の守りでは消えない風を、紅丸は刀で受け、力で耐えた。
『斧風』は刀の刃に裂かれたが、その破片が紅丸の腕や胴にかすり傷を負わせた。
「――っ! なぜ……?」
完全に防ぎきれなかった刃。炎が風に劣ったように。
「魔力は己の力だけでは発動しない」
刀を下げ、宗萱は言う。
「グラソンの魔力は『氷』。しかしその魔力はそこに氷のもととなる水分が存在してこそ。あなたの『炎』も同じでしょう。炎は酸素がなければ燃えることはない」
「…………」
「わたしの『桜舞灯』は、空気を乱して『真空』発生させるのです。真空では炎は燃えない」
口元でほほ笑む。
「余裕などとは思わないでください。命をかけましょう」
「…………」
口を閉じていた紅丸もほほ笑んでうなずいた。
「そうでござるな。それが戦なり」
紅丸の刀が、炎に消える。それまでとは少し違って、炎は勢いを強めていた。
魔力に守られているはずの紅丸も、その炎の熱に若干、顔を歪める。限界を超えた魔力の炎だ。
「プログラムの力が、魔力の守りを越えている……」
宗萱は焦りを感じている。それもそうだ、紅丸の魔力は宗萱の力を圧倒している。
「ようやく力を発揮できる……」
「……しかしその力はあなた自身も……!」
「拙者が己の炎に焼きつくされる前に、勝負はついておる」
「…………」
触れただけでも焼き尽くされるような猛炎を前に「余裕などとは思わないでください」とはもう言えない。
紅丸がまとっているうろこ模様の着流しも、炎にあぶられて燃えてしまいそうだ。
「“火トカゲの革”すらも、この炎には耐えられぬか」
――どう闘おうと、宗萱に勝ち目はない。
室内の温度は真夏の晴天すらも越える。おまけに酸素が炎に燃やされて、呼吸も苦しい。
どう闘おうと―― それ以前に身体を動かすことすらも難しい。
「なるほど……、あなたがこれまでその力を隠していたのは、戦う場所を選んでいたから……。初めはミサイルの組み立て施設。大量の可燃物が存在する場所では危険すぎる。そして二度目は山の中でした。……窪井が近くに潜んでいる中で、大火事を起こしかねないその力はまた危険……」
「それゆえ、窪井殿が拙者の力を恐れたことであろう」
「恐れる……?」
恐れるべきは彼と対峙したシラタチのほうだ。
背を向けた瞬間に、焼き尽くされてしまうだろう。退くことも闘うことも、死に通じる。
宗萱にできることは、自分を犠牲にすること。命と魔力のすべてを一撃に込めれば致命傷を負わせることくらいはできる。
「ここでわたしとあなたは消滅すべきでしょう」
「この世界に我らは存在すべきではないと……。それは少し違ってござろう。どのような世界においても、存在する者が存在してはならぬ理由などはない。……いや、存在する理由があるのでござろう」
「わたしやシラタチが存在する理由は、この世界のバランスを守るためです」
「ならば独り散りゆくがよい」
紅丸が刀を―― 炎を振り上げた。同時に宗萱も両手で刀を握り、集中した。
帽子が熱風で後ろへ飛ばされ、床を転がる。
常人では耐えがたい熱の中、吹き出る汗が目の横を滑り落ちて行く。
「……?」
全身の神経が熱を感知しなくなった。
紅丸の炎に呑みこまれたのだと、宗萱は思った。――しかしそれは違った。
熱されていた空気が温度を下げたのだ。
宗萱の後ろで壁が崩れて破片が舞う。灼熱の空間に、外からの冷たい風が押し寄せた。
二人は戦闘態勢のまま、壁に開いた大きな穴を見る。
壁は爆発物で崩れたのではなかった。
床で逆を向いて揺れている宗萱の帽子を、男が手に取り、ほこりを叩いて払う。
「異常だな、この力は。来てみて正解のようだ」
現れた男を、宗萱は初め、幻覚かと思った。しかし彼に信頼を抱く自分が、その可能性を払いのける。
「……グラソン」
宗萱の前で口の方端を吊り上げる男は、間違いなくグラソンであった。
「どうして来たのです?」
「いけなかったか?」
「……いえ、来るとは思っていませんでした」
グラソンはひとつ鼻を鳴らし、歩み寄る。
「オレはお前達を仲間だと思いたくない」
「…………」
宗萱は口を開いたが、言葉は喉で止まった。彼の言葉の意味が理解できずに。
「……“戦いのための仲間”など、オレはいらない。行く先に死しか存在しない、そんな仲間はいらない」
帽子を上げて、宗萱の頭に乗せる。
「親友だと思いたい」
グラソンの言葉は、宗萱の背中を力いっぱい押した。危険を承知で助太刀に来た仲間。二人が敵一人の戦いに散るわけにはいかないことをわかっていても。――一番胸を突いたのは、そんな考えすらも曲げてしまう、グラソンの「親友」という言葉。それが、彼の言う「親友」。
「オレはお前を死なせるつもりはない」
「…………」
宗萱は何をどう言えばいいのかわからない。言えることは、彼も同じ。
「わたしも、あなたを死なせません」
戦いに少しの勝機が見えたことよりも、グラソンの言葉のほうがずっと嬉しかった。どれほどの数の援軍よりもずっと心強かった。
体が軽くなったように、不思議と体中に力がこもった。
仲間を一人として死なせない。とは言っても、これは命をかけた戦いであることに変わりはない。誰かを守りながら戦う余裕などない今の状況でも、二人はその言葉に自信を持った。
「この戦い、生きて帰られれば」