表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/97

80:氷の瞳

 穴を落ちていくグラソンとセレーネ。

 気を失った彼女をグラソンは左腕でしっかりと抱きしめ、見えない底へ目を向ける。

 穴はとても深く、このままでは二人とも命はない。

 しかしグラソンはここで死ぬつもりなどなかった。

「(頼むぞ、力を貸してくれ!)」

 右手の平を首飾りの水晶に押さえつけた。


 ――手の平から光があふれる。


 瞬間、グラソンは自らの魔力が膨張し、あふれ出るのを感じた。

 光はグラソンを包み、彼の背で翼を成した。



 着地したグラソンの背から、氷の翼が砕け散った。

 彼は両腕にセレーネを抱えて、ひざを曲げた状態で動かずに、しばらくしてからセレーネを足元に下ろした。

 氷の翼に助けられたが、グラソンの魔力は数秒間で大きく削られていた。

「……くそっ」

 グラソンは立ち上がるのをあきらめ、その場所を見回す。

 冷たい鉄板の床。冷えた空気。そこは洞窟の入口らしく、鉄の床と土の地面の境から、真っ暗な横穴が伸びている。

「(光の石の採掘トンネルか?)」

 近くには基地の内部へもどるドア。そのドアを照らす電球の明かりに、セレーネの顔も照らされる。

「くっ……」

 傷の痛みが、セレーネを目覚めさせた。

「セレーネ!」

「…………」

 グラソンの呼び声でセレーネは目を開いた。

 彼の左腕に支えられて、静かに息を吐く。

「……グラソン……」

 小さな声で彼の名を呼び、彼の頬へ手を伸ばすが、傷の痛みにうめいて力なく腕を下げた。

 モフキスの剣に貫かれた彼女の横腹からは、大量の血が滴り落ちている。グラソンは傷口に手を当てて、じっとセレーネの瞳を見つめる。

 ――なぐさめる言葉も出なかった。

 傷口を冷やし、出血を抑えてはいるが、命の炎は少しずつ、瞳の中で弱まっていく。

「……セレーネ」

 セレーネは傷口に当てられたグラソンの手に、自分の手を重ねた。

 そうすると少しだけ、瞳に温かさが揺れてきた。

「……私は……、両親に愛されて育てられた……。私の父は、フーレンツで武道を教える、道場主だったの。私は兄とともに、父のもとで強く育った……」

「…………」

 グラソンは黙って、彼女のと息を肌に感じている。彼女がしゃべるたびに傷口が出血を起こすが、グラソンは彼女の口をふさごうとはしない。

 わかっている。もうセレーネに生きる力が残っていないということを。

「……でも二年前、両親と兄は死んだ。……父の道場は、焼き討ちに遭い、全焼。稽古の最中で、何人も火の中で焼け死んだわ……。私は必死に火の中から逃げ出した」

 セレーネは口を閉じる。彼女の瞳から、涙があふれ出た。

「外に出た私が、夕焼けの下で見たのは……、数人の少年達に斬り殺される兄と門下生達。私は逃げて、木の陰に身を潜めて燃え落ちていく道場を目にしていた……。恐くて動けなかった……。殺される理由なんか知らないのに……」

 呼吸が乱れた。

 グラソンは彼女を抱き寄せ、セレーネは何度か小刻みに息を吐き、呼吸を整える。

 出血をやわらげることしかできない。彼女の命はもう何分ももたないだろう。

 セレーネは目を閉じて涙を消した。

「…………」

 目を開いた彼女の瞳には、恐れの色はなかった。

「動けない私を、少年の一人が見つけた。剣を振り上げる少年を見て、もう死ぬんだと思った。……けどそのとき、“あの方”が私を助けてくれた。数秒で少年達を蹴散らすほど、強い方だったわ」

 その言葉をグラソンはつらい思いで聞いていた。

「お前の中のデンテールは、命の恩人か……。しかし――」

 デンテールが人を助ける。気まぐれか、何かの目的のためか、どちらかだろう。しかしそんなことを今のセレーネに言うのは、気が引けた。

「でも、私はあなたにも助けられたわ、グラソン。……あの方は、私を実験のためのネズミとしか思っていなかったこと、気づいてたけど、私はあの方のためならと思ってた。今は、あなたのおかげで助かったと、思ってる……」

 セレーネの明るい笑顔。彼女のそんな表情がグラソンには言葉よりも最高のお礼だ。

「……私の過去、あなたには知ってほしかった」

「…………」

「そう、忘れてたけど、マントの中を……。あなたが探していたもう一つのもの……」

 セレーネはグラソンの頬へ手を伸ばし、彼の顔を自分に近づける。

「今の私は、女に見える?」

「……ああ」

 グラソンはうなずく。これまでの彼女よりは、ではなく、本当に彼女が美しく見えたから。

 遅くなっていく彼女の脈を感じながら、心は熱に燻られる。

 自分の心……。グラソンはその意味を理解できず、呼吸の止まったセレーネの体を抱きしめたまま言葉も出なかった。

 それでも一つだけふと思った。


「案内人……」


 ずっと黙っていた案内人へグラソンは小声で話しかける。

[……はい]

「オレの心は……、氷ではなかった」

[…………]

 グラソンの手に重ねられたセレーネの手が、音もなく滑り落ちた。

 怒りとは違う、悲しみの痛み。

 なぜこんなにも悲しいのか理解できない。それが苦しくてしかたがなかった。

 しかし、その感情を押し込めておくことしか彼にはできない。

 それには少しの時間だけ。すぐに心は落ち着き、片手でセレーネのマントを探って、それを見つけた。

 手のひらに乗る小さなカプセル。それをズボンのポケットに入れ、小さな声でセレーネに礼を言った。

[……なぜ言ってくれなかったんですか?]

「…………」

[いえ、まだ何も言ってくれていません。あなたの目的は何なのですか?]

「…………」

 グラソンはゆっくりセレーネを離し、立ちあがった。

[グラソンさん! わたしも宗萱さんも、あなたを……!]

「オレを、信じていなかった?」

[信じていました! だからこそ、今まであなたとともに戦ってきたのです!]

 その言葉も耳に入れないかのように、グラソンは歩き出す。

[なぜ言えないのですか!? 仲間にも言えないのですか!?]

「…………」

[どうして……、宗萱さんにも……!?」

 グラソンは足を止めた。

「……お前達を仲間だとは思いたくない」

 冷えた空気に、とても冷たい言葉が馴染んだ。

[グラソン……]

 どんな言葉も、出てこない。

 発声機関が停止したかのように。

 本心で言ったとは思えない。思いたくなかった。

 グラソンは無心で前を見つめているようだ。

「…………」

 空間が振動している。

 基地内の戦いをグラソンは魔力で感受し、それから覇気も。

 どこかの戦いで、覇気と魔力が強まった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ