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78:侍の力

 たった一人のマハエは、はぐれた仲間を探して暗い隠し通路をひたすら前進していた。

 壁に現れた孔の中まで手下は追ってこなかったものの、本当にこの通路を進んでも大丈夫なのかと考えながら、足を前へ動かし続ける。

 別れのない通路に人の気配はない。背後も同じく。

「何なんだよ?」

 これ以上は進みたくはないが、ここで待っていても味方は来ないだろう。

 自分から先へ行くしかない。

 ――例えこの先に怪しい扉があったとしても……。


「……怪しい扉だ」


 真黒で大きな扉から十メートル離れた位置で止まっていた。

 ――怪しい。

 黒が基本のこの基地に、真黒な扉。とくに変わった部分はないのだが、正確には扉というより、怪しいのはマハエが見下ろす床。そこには扉へ向かって白い大きな矢印が描かれている。

「……入らないぞ。入るわけないだろ」

 マハエは扉へ、べっと舌を見せ、向きを変えた。

 後ろへ。

「…………」

 しかし足は動き出さない。来た道を見つけたまま立ちつくし、

「……くっそ! この、何と言う―― 矢印め! この矢印! 引き返せないことを知っていて!」

 しばらく矢印へ文句をぶつけたあと、マハエは扉をにらみつけた。

 何度も深呼吸をして、慎重に扉の取っ手を握る。それから、思い切って前へ開いた。

 ――そこはやはり黒いながらも、明るいホール。

 天井のいくつもの照明を腕で遮りながら、マハエはホールを見回した。

 広い空間。高い天井。マハエが立つ入り口から五メートルほど上には、ホールを囲むように設けられた観客席のようなものが。

「これは……」

 見るからに闘技場。

 どうやらマハエは、闘技場の挑戦者入口から入場したらしい。

 ……しかし観客席から見下ろされる戦闘場にはマハエの相手らしき敵は見当たらない。

「ここはスルーか? でかいモンスターでも出てくるかと思った」

 後ろで閉じた扉が、嫌な音を立てた。

「ロックされました?」

 振り返るが、内側からの扉には取っ手がない。

「…………」

 マハエはしっかりと短剣を握りしめて、ホールの中央へ歩み進んだ。

 見たところ観客席にも人の姿はなく――

 気配を感じて足を止める。

 観客席の死角に隠れていた手下達が次々に姿を見せた。

 何十人、数えるだけでも面倒くさいほど。

「なるほど。そういうこと?」

 大勢の手下が武器を手に中央のマハエを囲み、見下ろしている。

「いい気分じゃないな。少なくとも」

 不良達とケンカなど、人間世界でも経験したことはない。できるだけ不良などとはかかわらずに生きていたいと、常に思っていたほどだ。

 学校のトイレで小便器の右と左を名の知れた不良に挟まれたときほど、恐ろしいことはなかった。これまでは。

 しかしこの状況のもとでは、そんな彼らと肩を抱き合って用をたすことさえ簡単に思える。

 レベルが違いすぎる。――それよりも、これは緊張感や恐怖などとは違う。不良達の威圧感に、そんな感情は押しつぶされるほど。

「ようこそ、お前の墓場へ」

 手下の一人が声を上げる。

「せめて死に際まで、組み手を楽しんでくれ」

 鼓膜を激しく揺すぶる笑い声。

 マハエは眉をしかめて目を閉じた。

 手下達が観客席から跳び下りて、武器を振りかざし、マハエに走り迫る。

「……こんな場所、オレの墓場には広すぎるな」

 押し寄せる敵。しかしマハエは目を閉じたまま顔を床に向けている。

 マハエは笑っていた。

「お前ら、オレと戦うのなら、命を賭けろよ?」

 押し寄せる群れに呑みこまれる。マハエは手下達の中に消えた。


「――オレを殺るよりも先に、自分の命を守れよ!!!」


 床が、空間が大きく揺れた。

 マハエが呑みこまれて消えた場所から、すさまじい衝撃波が発生し、手下達を吹き飛ばしながら広がる。

「何だ!?」

 波に舞い上げられ、落下する者、床を転がっていく者……。被害を受けなかった者もみな立ち止まった。

 能力に動揺して。それだけではなく、マハエが発する、彼らを超えるほどの威圧感に、全員が動きを止めた。

 周りの手下達へ、マハエは威嚇の眼を向け、声を低く言った。


「さっさと逃げろ」






 宗萱とSAAPは基地中枢へ続く通路を探して、歩きまわっていた。

 記憶していた見取り図の範囲から、別のエリアへ移動したらしく、そこに薄暗い廊下はない。

 金網の床を歩きながら、発電施設のような広い空間を見まわして扉かドアを探す。

 壁や床のパイプ。大きな蓄電池のようなものが、いくつも並んでいる。

「火力発電ではなさそうですね。風力か何かのエネルギーを『光の石』で増大させ、送電する、この基地の動力源……」

 見まわして敵の気配がないのを確かめる。

「ここでの戦闘は避けたいですね。むやみにいじらないほうがよさそうです」

 施設のすみにドアと昇降機を見つけた二人は、昇降機で上を目指す。

 今自分達が基地のどこにいるのか、しっかりと注意していた宗萱だが、複雑な構造のおかげで、ここが地下なのか地上なのかさえ、わからなくなっていた。

 昇降機にはレバー一つしかなく、簡単な操作で上階と往復するだけ。

 窓でもあれば、だいたいの位置を確かめられるのだが、この基地の設計は彼らにとってあまりにも不親切。

 ゆっくりと上昇する昇降機の上で、二人は何の言葉もなく停止を待った。


 停止した昇降機から近くの扉を開き、二人は冷めた空気漂う屋外に出た。

「貯水池ですね」

 目の前には五十メートルプールほどの広さはあるコンクリートの貯水池が。池には真ん中に橋がかかっており、それを渡って向こう側へ行ける。

 宗萱が橋の上から池を覗き込むが、さほど汚れていなくとも、目測できる深さではない。

「デンテールの人工島には、得体のしれない生物が潜んでいましたが」

 池の中に生き物の姿は確認できず、二人は気にせず橋を渡った。

「モンスターの合成……。窪井があのような趣味を持っていないことを祈りましょう」

「…………」

 無言のSAAPと宗萱は扉を開いて再び屋内へ入った。

 そこはただ広く何もない部屋。天井が高く、正面、左右の壁の五メートル上にはテラスが備えてあり、どうやら集会場かそうでなければ戦いを観賞するための闘技場。

 ――しかしどちらでも関係ない。

 宗萱はそう思う。

 入ってきた扉に背を向けたまま、まっすぐ先の進むべき扉にも目を向けずに、探るようにテラスを見つめる。

「誰ですか?」

 呼びかける。

 すぐに足音が響き、一人の男が二人を見下ろした。

「やはり、ここで待ち構えたのは正しかったようでござる」

 紅丸がテラスに立っていた。

「あなたですか」

 宗萱はいつでも刀を抜けるように、柄に手をかける。SAAPは武器をこん棒から通常どおりの剣に持ち替えた。

 紅丸はテラスから跳び下り、膝を曲げて着地すると、立ちあがって改めて二人を見た。――それからSAAPを外してまっすぐ宗萱を。彼も対して紅丸の鋭い眼を見返した。

「あなたとは、わたし自らもう一度闘わなければならないと思っていました」

「……ほう?」

 その言葉に紅丸は微笑して首をかしげる。

 先陣をきって向かっていこうとするSAAPを宗萱は手で制す。まずは確かめなければならない。自分が闘う相手に。


「怒り」


 宗萱はゆっくりとその言葉を口にした。

「あなた昨夜、そう言いました。――怒りをその身に刻んでくれよう」

「…………」

「ずっと気になっていました。消えたSAAP第一部隊のことです。いくらニュートリア・ベネッヘであっても、新型SAAPの隊をどのように拉致できたか。窪井であっても無理な話でしょう」

 宗萱は一度言葉を切り、相手の表情をうかがうが、紅丸は小さな動揺すらも見せない。

「十人ものSAAPです、戦闘能力はここの手下達と比ではありません。どのように窪井が十人ものSAAPを手にしたか―― 簡単なことでした。とても考え難いことですが……」

 ――紅丸は変わらず反応もない。ただ、次の言葉を確信している。


「あなたが、SAAPの拉致に協力したのでしょう? “第一部隊の隊長さん”」


 宗萱は改めて紅丸の表情をうかがう。

「……ふっ」

 彼は目を伏せた。

「なぜわかったのでござるか?」

「わたしも、昨夜あなたの言葉を聞くまでは、まさかSAAPの隊長が魔力を得ているとは思いもしませんでした」

「…………」

「“怒り”とは、SAAP隊長に組み込まれる特殊データです。戦闘時には怒りで自らの戦闘能力を上げ、戦う。本来ならば命を削る戦いです。しかしあなたの場合は、魔力によって自滅から身をカバーしている。それが、あなたの計り知れない強さの秘密」

 話を終えると宗萱はため息を吐いた。

「魔力と怒り……。これほど、苦戦しそうな闘いはありませんね……」

「……拙者に勝てると?」

 紅丸も両腰の刀に手を置く。

「あれほどの人数で苦戦した拙者を、でござるか?」

「そうですね……。しかし、あなたとわたしは本来ならば共に敵と戦うべき仲間。あなたほどの力があれば、シラタチにとって心強いのですが、あなたはどうしても、窪井の幹部という立場を降りるつもりはないのでしょう」

「無論。拙者は――」

「侍……。そう、魔力を得てセルヴォ―― 人とした意思を完成させたあなたの選択。わたしとは、選択がまったく逆だったというだけのこと。ですが敵対した以上は、あなたを排除します。あなたも本来、この世界に存在しなかった、我々の抹殺対象の一つです」

 宗萱は刀を抜いた。

 抜いた刀の切っ先を正面へ向けたまま、瞬間だけ目を閉じた。


「それが、我々です」






 ドアが開き、男がその空間に足を踏み入れた。

 鉄板の床がカタンと音を出す。

 男はグラソン。彼が頭を動かして周囲を見回した後、静かな空間にドアの閉じる音が伝った。

 見回す限りは、ここまでと同じような鉄板に囲まれた基地内部の一つ。淡い明かりのライトしかなく、不気味だ。この基地のどこにも心が晴れるような場所はないのだろうが。しかしここはとくに変わっていて、部屋の床、中央に開いた手すり付きの大きな穴は、その上にあるクレーンで穴の中の荷物を引き上げるためのものだろう。

 底が見えぬほどに深い穴から冷たい空気が吹き上がってくるのか、肌寒さを覚える。しかしグラソンの気持ちはこれまでにないほど高ぶっていた。

 彼の首にぶら下がった首飾り。銀色の金属で絡まれた装飾の小さな水晶玉。内では空気が激しく熱されているような渦が巻いている。

 グラソンはクレーンへ足を運ぶ。

 彼の足音の他に人の気配は感じられない。だがグラソンは後ろを移動する微かな気配に気づいてふり返った。

「…………」

 誰もいない。何でもないほんの少しの空気の動きを敏感に感じ取ってしまっただけだろう。――しかし続いて耳に入った気配は明らかな人の足音。

 赤いマントの人物が彼に近づいてきた。



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