06:三種の生命体で
シラタチ本部の『休憩室』――
ソレィアドの町で合流したメンバーは、一つのテーブルを囲っていた。
その中で大林は一言もしゃべらず、出された茶を飲みもせず、宗萱の話に耳をかたむけていた。
「我々の目的は、デンテールの出現によって発生した、この世界の危機を浄化すること。そしてこの世界を守ること。そのために我々が設立したのが『白剣』という組織です」
宗萱はそれまでの経緯を話して聞かせた。
デンテールという脅威の存在。彼が進めていた恐ろしい計画。それを阻止したこと。そして宗萱、グラソンが立ち上げた組織、『シラタチ』。
「そのデンテールというやつが、ウィルスをつくって世界を乗っ取ろうとしたのはわかった。それで、そのウィルスを使ってあの町での事件を起こしたのは……、窪井なのか……?」
宗萱はうなずく。
「我々がウィルスのサンプルを回収する前に、窪井が一部を持ち出していたのです。それに関する資料も一緒に」
「そうか……」
大林はただ一点を見つめ、表情に怒りをあらわにしていた。
同時にその怒りは、自分にも向いていた。何の罪もない町の人々を、ソウシを狂戦士に変貌させた窪井、人工島で彼を逃がしてしまった自分に。
あのとき、無理をしてでも彼を追っていれば、もしくは、このような事態を防ぐことができたかもしれないと。
「自分を責めても、どうにもならない」
グラソンが言った。
「わかっている。だがオレはソウシを……」
「現在、ウィルスを殺すワクチンを開発中です。完成すれば、窪井のしもべとなった町の人々、あなたの仲間も元にもどせるはずです」
宗萱が茶をすすった。
「さいわい、窪井が持ち出したのは、試作品のサンプルだ。伝染はせず、空気中では短時間で死滅し、確実に発症するわけではない。デンテールが放とうとしていたものは、それを改良した完成品だったが、窪井が完璧なウィルスを作り上げるということは、ないだろう」
しかし、放っておくと被害は少しずつ拡大していく。
「問題は、どうやって窪井を見つけ出すか、だ」
そのとき、ドアがノックされ、SAAPが入ってきた。
「報告、守民軍ソレィアド支部への、感染者移送が完了しました」
「ご苦労、監視にSAAPを二人ほど送れ。何かあれば連絡しろ」
「了解しました。それと、これを――」
SAAPが白い封筒を差し出した。
「下のフロントに届いていました。中は確認していません」
グラソンが受け取ると、SAAPはお辞儀をして出て行った。
ハルトキが質問する。
「感染者達は今、軍へ?」
「ああ、牢に入れて監視させている。こっちで管理したいところだが、さすがに、あの大人数をここまで連れてくるのは無理だ。軍は各地方に支部を持っているし、人手もある。あまり協力的ではないがな」
グラソンは封筒を開いて、便せんに目を落とした。
「…………」
「何が書いてあるんです?」
宗萱に便せんを渡し、グラソンはため息をつく。
「……厄介なことになった」
「……これは――」
全員が宗萱を見る。
「“忠実なるしもべは『黒き魔物』に従い、世界は赤く染まる。――タイムリミットは四日だ”」
便せんに書かれている文字はそれだけで、文末に黒いトカゲが描かれている。
「窪井か……、あの野郎……!」
「大林、空気が震えているぞ、殺気を抑えろ」
大林がギッと、グラソンに目を向けると、放っていた殺気が彼に集中する。
「……すまん。どうかしてるな、オレは……」
大林は心を鎮め、一瞬でも殺気を向けてしまったグラソンに謝罪するが、彼はそ知らぬ顔。
険悪な空気をごまかすように、ハルトキが口を開く。
「で、でもさ、タイムリミットってどういうことかな?」
だが、グラソンは微塵も気にしている様子はなく、
「タイムリミットは四日、そしてこの文章から、おそらく次のミサイルをどこかに落とすという予告だろう」
エンドーは同感し、また、そこから生じる疑問に首をかしげた。
「んー、なぜ窪井はわざわざこんな手紙を?」
これに答えたのは大林だった。
「……あいつは楽しんでいるんだ。タイムリミットまでに自分を見つけられるか、とな。根っから腐ったやつなんだよ、あいつは」
「急がなくてはいけませんね。難しいでしょうけど、軍は当てにならないでしょうし、今のニュートリア・ベネッヘに対抗できるのは、おそらく我々だけでしょう」
大林は不思議な気配を感じ、宗萱の目を見た。
この感覚は何なのか……。宗萱、グラソン―― 自分を取り囲む人物達が放つ、よくわからない力に、自分の心、魂の中枢的な部分を揺さぶられる感覚を覚えた。
大林は全員の顔を見回した。
「あんたらは……、何者なんだ?」
呑み込みきれない疑問が、口から飛び出した。訊いてもよいものか、聞くべきことなのか。それを考える前に、口が開いていた。
瞬間に彼が予想したとおり、その言葉によって、緊迫した空気が重量を増した。しまった、とは思ったが、後悔したわけではない。胸の中で這い回る、奇妙な疑問を解決しておきたかった。
「初めてハルに会ったときにも感じた。オレは今までさまざまな人物と関わってきたが、こんなにも不思議に感じることはなかった」
教えてはくれないかもしれない。そう思ったが、何かしらの答えが返ってくるのを待った。
SAAPが廊下を歩く足音や、時おり強くなる風の音が、声も動きもなくなった室内に微かに響く。
宗萱はグラソンと目を見かわし(グラソンは、好きにしろと言うように、目をくるっとよそへ向けた)、マハエ達を一瞥してから話し出す。
「……やはり、言うべきでしょうね……」
大林はごくりとツバを呑む。
「詳しく話せば長くなりますし、あなたには理解できないでしょう。ですから、簡潔に話します。嘘は言いません。その代わり、けっして口外しないよう、お願いします」
数秒、大林の目を見つめてから、宗萱は続ける。
「あなたも気付いていますね? わたしやグラソン、そしてこの三人に、特別な力が宿っていることは」
「……ああ」
「デンテールのことは話しました。あなたも大いに動揺したことでしょう、この城の技術には。この世界に存在し得ない技術に。見たこともない、魔法のような装置の数々。それにはみな、この世界とは別に存在するもう一つの世界が、大きく関わっています」
「別の世界……、異世界ということか?」
「そうです。その異世界と、この世界はよく似ています。同じような形の人々が住まい、同じように時を送る。ただ違うのは、あちらの世界のほうがはるかに技術が進歩しているという点。デンテールが利用した技術は、異世界のもの―― 中にはそれ以上に進んだ物もありますが」
「…………」
耳を疑うような話の数々に、大林は戸惑いながらも、確実に納得していく。
この世界に、本来ならば存在するはずのない、考えすら及ばない物まで目の当たりにしては―― それを話す宗萱や、周りのみんなが恐ろしいほどに真剣な顔をしていることも、納得せざるを得ない要因の一つだ。
宗萱はそれらの話を、最初に話したデンテールの脅威と結びつけて説明してから、本題に入った。
「大林さん、あなたはこの世界で産まれ、育ってきました。ですが、わたしとグラソンは違います。我々は目的を成し遂げる、任務のために生まれた存在―― つまり『造られし者』」
「……造られた……?」
大林は眉をしかめる。
「ええ、つまり――」
宗萱は言葉に迷って口をつぐむ。ここで、それまで宗萱に説明を任せていたグラソンが、代わりに続ける。
「もともとオレ達は生き物ですらない、ということだ。言ってみれば、形も意思もない、生命には遠く及ばない粗末な“何か”が、都合のいいように肉体と魂を与えられ、強制的に生命体となった存在、というところか」
「…………」
「そう、今この場に存在しているのは三種の生命体。さっきも言った、強制的に生命を得た者、わたしとグラソンがそれです。それと大林さん、あなたやこの世界に住む人々。そして――」
宗萱とグラソンの視線がマハエ達三人に集まり、追って大林の視線も加わる。
「――ここにいる、異世界の住人です」
注目され、マハエとハルトキは苦笑う。話を無視して半ば眠っていたエンドーが、パチンと目を覚まし、状況を理解できないまま、宗萱達にならって、となりの二人に注目した。
大林はしばし固まり、それから戸惑ったような声を出した。
「……どういうことだ? つまりハル達は……、異世界から来たっていうのか?」
マハエとハルトキはゆっくりとうなずいた。
「黙っていて、すいません」
「…………」
ハルトキが下げた頭を、大林はただ黙視していた。
「……本当なんだな?」
「はい。事実です」
ハルトキはまっすぐに、大林の目を見つめて答えた。
「……そうか」
心の中で否定する自分を説得するように、大林は何度もうなずいていた。
「――とにかく、こんな無駄話をしているヒマはない。一刻を争うんだ。全力で窪井を見つけ出す」
休憩室から出て行こうと、ドアを半分開けたグラソンを、大林が呼び止めた。
「……あんたは反対するだろう。だがオレは今、この頼みに命をかける」
両の拳を畳に着け、深々と頭を下げる。
「オレを『シラタチ』に置いてくれ。頼む、協力させてくれ!」
「…………」
「足手まといにならないよう、努力する。いざというときには盾にでもなんでもなる! 一緒に戦わせてくれ!! ……今のオレには、それしかない」
揺るぎない決意と覚悟が窺える。
その必死な姿にグラソンは言葉を返すことも、目を向けることもせず、微かに口元を吊り上げると、廊下に出てパタンとドアを閉めた。
グラソンが居なくなっても、頭を上げない大林。宗萱はその前で片膝をつくと、頭を上げるように言った。
「あなたは我々よりも窪井をよく知っています。それに、向こう側に付くということもないでしょう。真実を話してしまった以上、こちらも協力を拒む理由はありません」
宗萱が差し出した手を、大林は固く握った。
「……ありがとう」