75:夜が明けた巨大基地
テレポート装置のプレートが光を放った。
一人、一人、プレートの上に姿を現す『シラタチ』のメンバー達。
――宗萱、グラソン、大林。それと三人のSAAP。
ニュートリア・ベネッヘの本拠基地――
夜明けが、決戦の幕を開けた。
「お待たせしました」
すでに小さな部屋に待機していたマハエ達三人に、宗萱が言った。
「……その前に、おはようございます」
元気のないマハエが頭を下げ、
「……おはござます」
元気のないエンドーが頭を下げた。
「どうしました? 眠れませんでしたか?」
二人は頬をさすりながら答えた。
「ハルトキ君に殴られました」
方頬ずつ、真っ赤に腫れていた。
「え!? 自分らの寝相の悪さをボクのせいにする!?」
勃発した騒ぎを、宗萱が一言で片づけた。
「よく眠れたようですね」
そして微笑む。
「まあ……、とても眠れたとは言えないけど」
マハエが肩を落として言うが、ハルトキはとくに眠れていない。
「…………」
シラタチの五つの魔力―― 今は大林も含めて六つだが、その中でもっとも戦闘向きではないのがハルトキの力なのだ。廃工場の子供達を助けるためにドラゴンと戦ったときのことが思い出されて、ハルトキは不安だった。
「どうした、ヨッくん?」
エンドーが顔を覗き込んできて、ハルトキはあわてて元気に振る舞った。
「ちょっと眠いだけだよ。でも戦闘に支障はない」
ハルトキは宗萱を見た。
作戦の説明を聞くためだ。マハエとエンドーも。
そのとき、エンドーは宗萱とグラソンの後ろに控えているSAAPの一人に気づいた。
彼は自らこの決戦に参加することを望んだSAAPで、エンドーも彼を知っていた。それは本部にモンスターが攻めてきたときに戦い、生き残っていたSAAPだ。あの中で生き延びた彼が、この決戦の場にいる。彼らは戦うために生まれたセルヴォで、戦いの中で消滅するのが本望かもしれない。SAAPがどれほど強いのかわかっているエンドーだが、この戦いの中で彼らは確実に倒れるであろうと思った。
SAAPの能力は、人を相手には発揮できない。死者を出さないようにと命令されているはずだから。感情薄い彼らは自分の身を守るよりも命令に従うだろうから。
「まず、隠れ家のときと同様のチームに分かれます。わたしと真栄さん、グラソンと遠藤さん、大林さんと春時さん。各チームに一人ずつSAAPを付けます。そのメンバーを基本とし、行動してください」
全員が言われたとおりのメンバーで固まった。
エンドーが気にかけていたSAAPがエンドーのチームに付いた。
「それだけです。これと言って作戦はありません。各チームの判断に任せます」
宗萱はエンドーに目をやった。
彼は何も知らず、グラソンを信頼している。本当は宗萱自信がグラソンと行動を共にし、見張っておかなければならないところだが、広い基地内で分散することや戦力のバランスを考えればこのチーム配分しかない。それに案内人にグラソンを常に見張っておくように前もって言っておいた。
[宗萱さん……]
案内人が戸惑っているような声を出す。彼もグラソンのことを聞かされたのだ。そしてそんな話は信じたくないと思っている。グラソンは仲間である以前に、案内人にとっては宗萱と同じくある意味では兄弟といえる存在であるから。
「さあ、行きましょう。ここまで戦い抜いたあなた達の経験を頼りにしています」
宗萱はマハエ達三人にそう言った。
不安が残るハルトキも、友人二人と同じように自信を見せてうなずいた。
部屋から暗い廊下に出た彼らは、左右に伸びている廊下の先を交互に見る。
マハエが言う。
「右へ進んでいくと、飛行船の格納庫に出る。左へは行ってないけど、ここまではどれも空き部屋だったよ」
「そうか、それじゃあ左だ。格納庫はおそらく見張りが多い」
そう言うと、グラソンはさっそく左へ歩きはじめた。
「基地の中心部へ続いていれば良いのですけどね」
宗萱もグラソンを追って歩きはじめ、とりあえず全員がまとまって行動する。
――少し歩くと、一つ開け放たれたドアを見つけ、宗萱が警戒しながら覗き込んだ。
「まっすぐな廊下です。奥にドアが一つ」
「開けられてるってことは、誰かがここを通ったのかな?」
ハルトキはふと、夜中の気配を思い出したが、それは気のせいだと頭から振り払った。もしもあのとき誰かが覗いていたとすれば、今この時、自分達が無事なはずはないと。
宗萱がグラソンを見て、グラソンはうなずいた。二人が廊下の奥へ足音を消して行き、ゆっくりとドアを開け、数秒後に手まねきで指示を出した。
そのドアは、小さいが廊下よりは少し広く明るい空間に繋がっていた。そこにはさっそく、三つのドア、三つの分岐点がある。正面、右と左に一つずつ。
すべてのドアが開くことを確認したのち、宗萱は振り返って言う。
「ここから先ほどのチームに分かれましょう。先ほども言いましたが、そこからどうするかはそれぞれの判断に任せます。しかし――」
大林を向いて、宗萱は彼に対して言う。
「焦らないように」
少し間をおいてから、大林はうなずいた。
ここへきてから大林が一言も口を開いていないことがハルトキは気になっていた。大林の表情は、絶好調とはとても言えないものだ。この先で彼が窪井を見かけでもすれば、周りも見えず追って行ってしまうかもしれない。ハルトキはそんな彼に何を言うこともできない。
窪井と対峙したとき、大林はかつての親友をどうするつもりなのか、それは彼に任せるしかない。
「オレ達はこっちへ行く」
グラソンが右のドアへ親指を向けた。
「それではわたし達は左へ。大林さん達は正面へ」
ここからは別行動。
マハエは友人二人に短剣を構えて向けた。
「また会おう」
「ああ、絶対な」
「もちろんさ」
顔と目をかわし、無事を祈った。
宗萱とマハエ、グラソンとエンドー、大林とハルトキ、その後ろから一人ずつSAAP。それぞれの組がドアを開いて、その先へと歩を進めた。
広く、複雑な基地の内部へ、シラタチは散った。
――今はまだ、巨大な建物は静寂そのもの。しかしすぐに、壮絶な戦いは始まる。
窪井は自室の窓から、巨大な基地を見下ろしていた。
昇ったばかりの朝日に目を細めて、何十分もずっとそうしていたかのように。何を見ているというふうでもなく、ただ虚ろに。
部屋のドアがノックされ、ドア越しに紅丸の声が入ってきた。
「窪井殿……!」
焦りを感じさせるその声に、窪井は虚ろから覚めた。
「ああ、わかった。モフキスを起こせ」
窪井は背伸びをしてから、椅子に掛けられたローブを取り、羽織った。
「全員へ知らせろ。戦闘態勢だ」