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74:チーフとして

 夜明け前。

 ニュートリア・ベネッヘ本拠基地、テレポート装置の部屋――


 三人はほこりの積もった床で、マントにくるまって眠っていた。

 長い間誰かが出入りした形跡はないと安心していた三人だが、ハルトキはふと人の気配を感じて目を覚ました。

「…………」

 真っ暗な室内。――窓もない部屋で、外の様子が見えないゆえに今の時間はわからないが、案内人からの目ざましコールがないところを考えるとまだ夜は明けていないらしい。

 ハルトキは『暗視』で室内を見回した後、ドアへ目を向けたが、人の姿はない。

「……気のせいか」

 薄目を開けたときの一瞬、ドアの隙間から誰かが覗いていたような気がしていたが、見間違いだろうと安心した。

「(……疲れが取れないな。ていうか、この状況で疲れを取るのは無理だよね)」

 ハルトキはすぐ近くで半ば重なって眠っているマハエとエンドーを見た。――というよりも殴り合っている。

「(うわぁ……、夢の中でも敵と戦ってるのか)」

 ハルトキは寝相の悪さに巻き込まれないよう、二人から離れた場所へ移動した。

 疲れは取れないが、再び眠れる自信もなく、起きたまま夜明けを待つことにした。


 ――どんな作戦で行くのだろうか?


 今のハルトキの頭の中はその考えでいっぱいだ。

 あと一時間か二時間もすればシラタチは到着するだろう。案内人の報告で、早朝にこの基地を攻めることに決まったと知った。シラタチも敵も休む間はない―― というのも狙いであろうが、どこか強引に思えた。それでもその場にいない自分が疑問を投げかけることはできない。けれど宗萱とグラソンが決めたことなら、無理ではないのだろうと思いなおした。

 しかしこの基地のことを何も知らない彼らに、ちゃんとした作戦は期待できない。この基地にいるハルトキ達でさえ、様子を探ることもできないのだから。

「…………」

 今は少しでも疲れを取るために目を閉じて、仲間達の到着を待つしかない。





 

 夜明け。

 シラタチ本部――


 宗萱とグラソンは戦いへ向かう準備を一時間も前に済ませ、身体を慣らすために『VBT』のバーチャルを相手にしていた。

「十五!」

 グラソンがバーチャルのマネキンを倒し、

「こっちは十六です!」

 宗萱も一体倒した。

 敵の設定は人物、大人ほどの戦闘能力に、多種類の武器を装備させた。数は二人に対し五十。――残りは十九。

 ニュートリア・ベネッヘの手下達との戦闘を想定して。二対五十―― ただし相手に致命傷となるほどのダメージを与えずに倒さなければならない。

 宗萱が二十六体、グラソンが二十四体倒し、五十体すべてを早々に片づけた。

「二体差か……」

 グラソンは息を切らせながら残念そうに武器をおさめた。

「これは勝負ではありませんよ」

「たしかに、そうだな」

 肩を持ち上げて、グラソンはトレーニングルームから出て行った。

「…………」

 その姿を、宗萱は複雑な心中で見つめ、彼が扉の向こうへ消えても、しばらく見えない姿を見つめている。

「……グラソン……」

 トレーニングの中でも、ずっと気になってしかたがなかった。


 ――昨夜のSAAPの話が。



「福チーフのことで」

 SAAPは言った。

「先ほどの戦いの中で、わたしは森の中で福チーフを見たのです」

「…………」

 宗萱は何も言わなかった。

 SAAPはヘルプストの近くにある森の中で、グラソンを見かけたという。それはグラソンがヘルプストの町から寺院へ向かうと去った後だった。

 寺院へ向かったはずのグラソンが森へ。――SAAPは気配を悟られないように隠れて様子を見ていた。

「そこで誰かを待っておられるようでしたので」

 一言も、呼吸すら感じられないほど静かな宗萱に、SAAPは続けた。

「しばらくして、福チーフの前に現れたのは――」

「…………」

 宗萱は細く開いたまぶたからSAAPに向ける緑色の瞳を、鋭く尖らせた。


「赤いマントと一本ツノのドクロ面―― 敵側のSAAPのようでした」


 空気が止まった。

 宗萱はそう感じた。



 ――SAAPが言うのなら信じざるを得ない。

 グラソンが敵の一人と会っていた。

 一本ツノのドクロ面―― 宗萱はたしかに知っている。

 それを考えれば、怪しい点はいくつかあった。

 一本ツノの対SAAPをはじめて見た、窪井の隠れ家でのことだ。その対SAAPが現れた先にはグラソンがいた。そのときにも、グラソンと対SAAPは会っていたのだ。


 グラソンは敵と通じている。


 ――いつから?


 ――初めからだろう。


 それでも、信用したかった。

 通じているといっても、完全にではないかもしれない。これまでの様子では、たしかにグラソンは窪井と敵対しているように見えていた。

 しかしそれもシラタチの信用を得るための演技かもしれない。だがグラソンには何度も助けられた。命を救われた。


 ――信用したい。しかしシラタチの責任者としては信用できない。


 ――そもそも『シラタチ』とは何なのか? グラソンと二人で結成したこの組織は?


「――っ!!」


 宗萱は力任せに刀を後ろへ振った。

 風の魔力が壁を大きく傷つけた。

「ふー……」

 刀を鞘におさめ、宗萱は扉へ向かう。


 ――信用してはならない。シラタチの責任者として。


 ゆっくりと扉を開け、外へ出た。


 ――グラソンはテラスにいた。背を向けて首にタオルを巻き、トレーニングの汗を風で乾かしていた。

 宗萱は彼へ歩み寄り、その背中へ声をかける。

「グラソン」

 宗萱はぐっと、左手の鞘を握りしめた。

 風が異常に冷たかった。汗のせいかもしれない。

 グラソンは振り向きもせず、明けたばかりの空の向こうを見据えている。何の警戒もなく。

 鞘を握る左手がさらに力を強めた。――宗萱は右手を動かしたが、まだグラソンは振り向きもしない。

 何の警戒も示さない。


「……っ」


 宗萱は歯を食いしばった。


 ――彼の右手は、帽子へ伸びていた。黒い帽子を下げて、言う。


「時間です。行きますよ」


 グラソンは振り返ってニッと笑った。


「ああ」


 宗萱はさっと彼に背を向けて先を歩いていく。


「グラソン」

「どうした?」

「あなたは、わたしの親友です」

「……ああ」

「勝ちましょう。必ず生きて」


 宗萱も帽子で隠して笑った。

 彼は責任者としての自分をねじ伏せたのだ。命をかけて。――愛刀を親友の血で染める覚悟も彼にはある。


「チーフ!」


 宗萱の前に一人のSAAPが立った。

「わたしも同行させてください」

「……あなたを?」

「戦力は必要でしょう」

 SAAPは宗萱の目をまっすぐに見ていた。

「いいでしょう。あと二人、SAAPを連れて行きます。本部の戦力は削がれますが、たしかに我々だけでは勝機は薄い。敵の数から考えも、何人かのSAAPは必要です」

 宗萱の後ろでグラソンもうなずいていた。

「すぐに招集、テレポート装置へ。魔物の腹へ飛びこみ、打ち破ってやりましょう」



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