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72:休息?

「敵の本拠か……。こんな場所で戦うとして、本当に勝てるのかね?」

 マハエのつぶやきに、ハルトキとエンドーは何も返さない。

 ――三人は何とか、建物の陰にあった小さな入口を見つけ、基地内部への侵入に成功した。

 黒い壁に黒い床、そして真っ暗な闇の中、ハルトキを先頭にし『暗視』に頼って通路を進む。

 途中、監視カメラのサーチライトを避けていく中で、デンテールを継いだニュートリア・ベネッヘという組織の巨大さに、またしても気持ちが後退りしてしまう。

 気持ちが同じだから、ハルトキもエンドーも言葉を返せなかった。

「(仲間の力か……)」

 マハエはこれまでの戦いを思い返していた。

 ――負けはしない。

 これまでの戦いをともに切り抜けてきたからこそ、言いきれる。しかしそれは信じたいがこそ、そう言いたいだけなのかもしれない。

 ニュートリア・ベネッヘという巨大な生物の腹の中で、その力を十分に突き通すことができるのかは、わからない。たとえ相打ちを覚悟しても。

 三人の不安を、エンドーが言葉にする。

「……仲間の一人でも、失うのは嫌だ」

「…………」

「…………」

 エンドーはつい言葉にしてしまった不安に、はっとして言いつくろう。

「――もちろん、誰も死なせないけどね。このオレがいるから」

 マハエとハルトキは小さく笑った。

「そうね」



 人はいないが、監視カメラがそこらじゅうに設置してある。

 暗い通路、黒いマントに身を包んでいるおかげで、少しは行動にも自由が利く。

 慎重にドアを開けて、人の出入りした気配のない部屋を見回し、次のドアへ―― そしてとうとう三人は見つけた。

 小さな部屋にそれだけ、ほこりをかぶったテレポート装置が一台。

「大丈夫か? 長い間ほったらかしにしてあったみたいだけど?」

 シートも何もかぶせられていない装置を、マハエは不安げな表情で眺めた。

[装置の電源を入れてみてください]

 案内人の指示で、マハエはそれらしいスイッチを押した。すると、コンピューターが起動する小さな音の後に、ディスプレーが明るく光った。

[大丈夫そうですね]

「それで、どうするんだ?」

[本来でしたら、本部の装置からここへ移動するには、この装置のコンピューターに人物の情報を登録する必要があります。ですが、本部の装置を親機としてこの装置とテレポートラインを繋げれば、その手間も省けます。ただし、未登録の人物もこの装置からテレポートできてしまうのが難点ですが]

「心配ないだろ。何カ月も誰も出入りしてないみたいだぜ」

 エンドーが足元に積もったほこりを足でかき分けながら言った。

「それに、どうせこの基地に待機するかもしれないんだ。ほこりっぽくてベッドがないことを除けば、この部屋だって隠れ場所として役に立つ。オレ達が見張っておくさ」

[そうですね。では装置に本部のテレポートIDを登録し、ラインを繋げてください。本部からも登録が必要ですので、わたしはあちらへもどり、宗萱さん達に指示を仰ぎます。作戦などの報告は後ほど]

「ああ。今夜のオレ達の働きを大いに称えてくれ」

[戦いが終わった後に、ですね]

 ――必ず、無事に終わる。

 そんな言い方だ。彼は心から勝利を信じているのだ。剣を手に戦いに参加できない彼でも、必死に役に立ちたいと思っていることを、三人は知っている。案内人の言葉には悔しみもあるのだろう。戦場で戦う三人やシラタチよりも、それを見守るしかできない彼のほうが、よっぽど辛いのかもしれない。

「……そうか」

 ハルトキがつぶやく。

 案内人が本部にもどった後、三人は彼の心に気づいた。


 シラタチ、そしてこの世界が失われてしまえば、案内人はたった一人だけ。仲間とともに生き続けたいと真に思っているのだ。


「あいつ最近さ、いい“顔”してるよなぁ」


 座ってぼんやりと宙を見つめていたエンドーが言った。

 仲間とともに過ごす案内人は、たしかに“人”を感じさせる。嬉しさの表現、笑顔が浮かんでくるほどに。

「案内人にバカにされないように、頑張らなきゃな」

 伸びをしながらマハエが言うと、二人は「ふん」と笑ってうなずいた。

 世界ではなく、何より仲間のために負けるわけにはいかないと思うのだった。






 ――少し前のシラタチ本部。

 たった数人のSAAPしか残っていない城に、宗萱とグラソンは帰還した。

「飛行船に乗り込み、ニュートリア・ベネッヘの基地に到着か。まったくあいつらの根性には負ける」

「あちらで彼らがうまく動いてくれれば、この戦いにもようやく決着がつきそうです。それと今夜保護した感染者ですが、合わせて二十九人。行方不明者リストに載っている男性が一人、確認できていません」

「一人か、窪井のもとにいるのか……。だがそれよりも考えるべきは作戦のほうだ。今夜の騒動の直後なら、叩きやすい」

「そうですね。少なからず油断しているはずでしょうし、ですが、シラタチの消耗も考えれば、それは決めかねます」

 二人の他に誰もいない廊下。宗萱とグラソンは壁に背を預けて向かい合ったまま、しばらく思案していた。――そこに、テレポート装置の小部屋のドアが開く音と、大林の声が入った。

「明日か、できればそれがいい。たしかにニュートリア・ベネッヘを叩くには、一番のチャンスだ」

 大林はドアを閉めて二人に顔を向けた。

「大林……、無事だったようだな」

 大林が数日前に本部を出てから、彼らは初めて再び顔を合わせた。

 あれだけのケガが完全に完治している大林の姿―― それだけではなく、宗萱とグラソンがまっさきに感じた大林の力。彼がそれまでの彼と明らかに違っている部分に二人はすぐに気付いた。

 グラソンは鼻で笑うだけ。宗萱は悲しげに帽子を下げた。

「その姿が、シラタチにふさわしいと思ったのか?」

 グラソンは氷のように冷たい瞳で大林の目を見つめた。

 対して大林も彼の瞳から目を逸らすことなく、口の端を微かに吊り上げる。

「……そうではない。――と言いたいが、そうかもしれない。あんたらの戦いを見ていて、オレは自分の力の弱さを知った。この戦いで命を捨てるか、人を捨てて力を得るか。オレは迷わず、“剣”を手に取った」

 背中の大剣を目で示し、大林は自嘲するようにうつむいて首を振った。

「その大剣―― そいつが魔力の源か」

「『聖剣』と名乗った。こいつを手にしたのは、ソレィアドの隠された洞窟だった。オレを死の淵から踏みとどまらせたのは、こいつの『呼ぶ声』。聖剣はオレを求め、オレは力を求めた」

「……ソレィアド……、あの荒れた土地にそんな物が……。そうか、それで納得した。今は魔力を抑えているようだが、おそらくその大剣の力はとてつもなくでかい。あの不自然に荒れた地は、そいつが発していた魔力によるものか……」

 グラソンはあごに手を当てたまま、少しの間それについて考えていた。そして大林に目を向け直すと、厳しい声で言った。


「気をつけろ。そいつの魔力はオレ達よりも強大だ。……心を食われるんじゃないぞ」

「オレを思っての言葉か? ありがたく聞いておくよ」


 挑戦的に笑いかけ、安心した表情に変える。

「とにかくみんな無事でよかった。それを確認に来ただけだ、オレは寺院へもどる。話したい連中がいるからな」

 装置の小部屋へもどっていく大林。その姿が視界から消えると、グラソンは呆れ気味なため息をついた。

「……あいつにとっては無用な言葉かもしれんな。あいつ自身、あの力の大きさは身にしみているだろう」

「しっかりしてますよ、彼は。前よりもずっと、目の前を見つめています。……しかし心配なのは、その見つめる先」

「窪井賢か……」

 グラソンは壁から背を離し、テラスのほうへ歩いていく。

「もともと、あいつの目的はそれしかない。それよりも、オレ達には仕事があるだろ? 大林の言ったとおり、敵を叩くチャンスは明日だ」

「ええ。真栄さん達をいつまでも敵陣地に置いておくわけにもいきませんしね」

 帽子を整え、宗萱は深呼吸をする。

「(少し気が早いようにも思えますけどね……)」

 大林やグラソンの意見に反対するつもりはない。しかしどうしても賛成、とも言い難い。

 窪井との決着を望む大林の気持ちは理解できるが、グラソンの様子までもが、どこか冷静さを欠いているように感じたからだ。

「(きっと、彼なりの考えがあるのでしょう)」

 そう思うことにした。もうグラソンを疑うような考えを持たないようにと。

 ――そのとき、廊下の角からSAAPが現れて、宗萱を見つけるや早足で駆け寄り、周りを気にしながら小声で話しかけた。

「チーフ、お話があります」

 それからもう一度周囲を見回し、さらに小声で耳打ちするように、


「福チーフのことで」


「グラソンのこと、ですか……」


 耳を傾けたい話ではないということはすぐにわかった。無視してはおけない話であるということも。

 目を閉じて、宗萱は素直に耳を預けた。


 いつでも冷静なSAAPの声が、宗萱は冷徹に思えた。



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