71:巨大な基地
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!! オレ達スパイなんかじゃありません、ただ統領とお話がしたくてその――」
「すいませんすいませんすいません!!! オレ達侵入者なんかじゃありません、ただの迷子ですお話聞いてください――」
「…………あれ?」
マハエ達三人、ゴトー達三人、同時に叫びを止め、向かい合ったまま立ちつくした。
「……まず、落ち着こう」
ゴトーの一言に、全員が同意した。――とりあえず。
小さな明かり一つで薄暗い倉庫。マハエ達とゴトー達はランプを挟み、向かい合った状態で座っている。
「あははー。そうか、キミらただの宅配屋かー、びっくりして損したぞ」
ゴトーが笑い、ツッキーとリートも一緒に笑った。
「ははは。いやぁ、仕事完了してここから出ようと思ったら、いきなり動き出すから、びっくりびっくり」
ハルトキが笑い、マハエとエンドーも一緒に笑った。フードに隠れているが、その表情は苦い。
「ところで、なぜ顔を見せないんだ?」
「黒いフードでお馴染みの『クロネズミ宅配店』です。ご存知ないですかね?」
「そういえば聞いたことがあるような。ところで、どこかでその声――」
「気のせい絶対。ボク知らないあなた達」
「ああ、気のせいか。悪かったなー」
いっせいに全員が笑った。
「(肝が冷えたぜ……、宅配屋でよかった。黒いマント着てるから、まぎらわしいんだよ、まったく)」
「(どうやらバレてないみたいだね、ふー。マントがあって助かったよ。それにしても、こいつら生きてたのか)」
マハエがゴトー達に訊く。
「ところでキミ達さぁ、見たところこの船のメンバーらしいのに、なぜこそこそしてるの?」
「うっ……、それは……」
その質問に胸を痛めたらしく、ゴトーはツッキーに説明を任せた。
「何ともマヌケなお話ですが、オレ達三人、ボスに与えられた任務に失敗し、そのリベンジにと燃えたわけですが、それすらも失敗し、どうにか謝って許してもらおうと、この船に乗り込んだわけです。しかしどうやらここの同僚達、オレ達三人を敵のスパイだと勘違いしているらしくて」
「このオレの美しい顔があやうくボコボコにされるところだったんで、とりあえずここに隠れていたというわけだ」
ゴトーは床に伏せって泣き出した。
「あんまりだぁー! オレ達が、いやいやこの二人は別として、このオレが敵に洗脳されるわけがないじゃないですかー! それなのに、スパイだとか言って殺そうとするなんてー! 統領に会わせろちくしょー!」
「…………」
マハエ達は言葉をかけられなかった。その泣き様を見て、少々胸が痛む部分があった。
「だから! オレ達は決めた! このままこの船が本部に着くのを待ち、忍び込んで直接統領を探そうと! きっと許してくれるはずなんだ。心から謝れば!」
「あー、訂正ね。“オレ達は”って言ってたけど、正確にはゴトーだけね。オレとツッキーはこいつに付きあってやってんの。こんな出迎えされるんなら来なけりゃよかった」
ツッキーも腕を組んで何度もうなずく。
現在も飛行船はその本部とやらへ向かっているのだろう。――マハエは考える。この三人の事情は別として、この飛行船がどの方角へどのくらい進んだのかはわからない。つまり窪井の本部に到着したとしても、その場所の位置を宗萱達に伝えることができないのだ。
宗萱、グラソン、大林―― 『シラタチ』の力がなくてはニュートリア・ベネッヘと戦うことができないというのに。
マハエ達とゴトー達。困っているのはお互い様だ。
「はぁ……」
やるせないため息が、場を支配した。
しばらくして、飛行船は停止し、着陸態勢に入った。
そこは広大な森の中に設けられた巨大な基地。黒々とした外見と、巨大飛行船を格納するほどのスペースが備わった、超巨大なニュートリア・ベネッヘの現基地。
ゆっくりと降下し、飛行船は格納スペースに着陸した。
「統領、お疲れ様です!」
飛行船から降り立つ窪井を出迎える大勢の手下達。黒いローブに身を包んだ窪井が、手下達の間を、基地内部への入口へと歩く。その後ろを紅丸、モフキス、彼らの後ろから一人、一本ツノのドクロ面が続く。
「(――これが、ニュートリア・ベネッヘ……)」
飛行船の貨物室から様子を見ていた黒マントのマハエ達は、これが自分達が相手にしている組織なのだと、あらためて気を引きしめることとなった。
――とともに、ゴトー達三人もあからさまに驚いていた。
「すげぇ……」
とくにゴトーは、憧れの念も滲ませているほど。
「やっぱり帰ろうぜ。見ろよ、この巨大な基地。たぶん前の場所よりもずっと警備は厳しいぞ」
リートが言う。
「バカ野郎、帰ってきたんじゃないか。何としても絶対、統領に会ってやる」
「意地?」
「忠誠心だ」
「…………」
リートは呆れたため息を吐いてマハエ達を見た。
「あんたらはどうするんだ? オレ達と一緒に行くわけにはいかないし、うろついてれば間違いなく排除されるぞ」
「うーん……」
マハエ達は三人とも、まだ答えを出せていない。この新たな基地の様子を見てしまえばなおさらだ。
出迎えの手下達、飛行船に乗っていた手下達、そのほとんどが基地内へ消え、数人の見張りが立つだけとなった。
ゴトーが言う。
「よし、とにかくそっちはそっちで何とかしろ。さっきの倉庫に潜んでいれば、そのうちまた船が離陸することもあるだろう。そのときが、抜け出すチャンスだ。オレ達は行くぜ」
リートとツッキーの肩を叩くゴトー。二人は乗り気ではない顔だが、何だかんだ言いながらゴトーに付いて歩き出した。
「じゃあな、気をつけろよ」
後ろへ手を振りながら、ゴトー達は飛行船を降りて行った。
マハエ達はフードを取り、深呼吸してから顔を見合った。
「どうしようもないね。さっきの、リートが言っていたとおり、ここの警備はかなり厳重だと思う」
エンドーはうなずくが、
「でもオレ達が今いるのは、やつらの現拠点だ。行動に出なくてどうする」
「……ここでオレ達が行動すれば、うまくいけばニュートリア・ベネッヘとの戦いはシラタチの有利に動く」
マハエとエンドーの意見は同じ。二人はハルトキに目を向けた。
「……わかったよ。でもどうする? ここの正確な位置をどうやって知らせる?」
「…………」
[ご安心ください、手はあります]
「うお!? 案内人!」
[みなさん、大声出さないでください]
「ああごめん。そういえば案内人はボク達がどこにいるのか、わかるんだっけ。――ん? それじゃ、案内人がシラタチにこの場所の位置を伝えてよ!」
その手があったと、三人は案内人の登場に手を叩いて喜ぶ。しかし、
[無理ですね。たしかにわたしは宗萱さん達の所から、あなた達のいるこの場所へ跳んできました。ですがそれは正確な居場所を把握しているわけではないのです。わかりやすく説明すれば、わたしは仲間達の一人一人へ、常に『意識』を分散させているのです。そしてわたしの本体は、自分の意思でその『意識』へ跳ぶことができる。――“糸をたどる”とでも言いましょうか]
「……ボク達に糸をくっつけてて、それをもとに迷わず場所を移動している?」
[そのとおりです]
「つまりお前は、オレ達と同じく、なぜか知らないけどこの場所にいると?」
マハエが言った。
[そうです]
「ていうことは、ここまでの道のりを知っているわけでもないと」
エンドーが言った。
[そうです]
「つまり、まるっきり役立たずか」
三人が言った。
[……そのような言われようとは……。いえ、ですから手はあります]
「どんな手が? オレ達を危険な場所で行動させず正確な位置を仲間に伝えられる、その方法を教えてみろ」
[そんな都合のいい手があると思ったのですか?]
言ったエンドーだけではなく、三人が同時にうなずいた。が、それはどうやらまったくの期待はずれらしい。
[あなた達が飛行船に乗り込み、ここへ到着するまで約三十分。そして飛行船の速度、進行方向から計算すれば、ここはフーレンツから東の地方、サラバックの西部]
「おお!」
三人は案内人に対して、これまでにないほどの感心を覚えた。
ハルトキが言う。
「そこまでわかるのなら、その周辺を重点的に探せば、こんな大きな基地くらいすぐに見つけられるでしょ」
[いえ、ですが今述べたのはあくまで推測。途中で進路や速度を変更した可能性もありますし]
「…………」
無言のため息を吐く三人。
[で、ですから、あなた達に動いてもらうしかないのです。いいですか、まずはどこか内部への入口を探してください。正面入口は危険ですので、ほかの入口―― できるだけ目立たないような]
わかっていたように三人はうなずく。
[それから、テレポート装置を探してください。そこは間違いなくデンテールの残した基地の一つです。それなら、テレポート装置がどこかに設けられているはずです]
「なるほど、それを見つけ出せば、わざわざこの場所を探し出す必要もないわけね、それで装置を見つけたとしてどうすればいい? ボク達は本部へ帰還するの?」
[いえ、それによって敵に装置の作動を悟られる可能性もあります。とりあえず帰還するかどうかは作戦しだいです]
「……ここにとどまれってのか? 簡単に言うなぁ」
マハエが苦笑いして言う。
「ベッドルームでもあればいいんだけどな」
冗談を言いつつも、その心中に穏やかさは微塵もない。
明日が最終決戦となるかもしれない。これまでならシラタチの勝利を信じてきた彼らだが、今晩の戦いで知った。――窪井、紅丸、モフキス、一本ツノのドクロ面、そして大勢の手下達。戦いに勝利するにはそれらと戦い、退けなければならない。シラタチの少ない戦力で挑むには不利なのではないか。
[シラタチの―― 仲間達の力を信じてください]
三人の思いに気づいたのか、案内人が言った。