69:燃える戦い
「ったく、映画みたいなタイミングで登場するなぁ、こいつらは」
安堵の笑みを浮かべながらマハエは宗萱とグラソンを見た。
手下を蹴散らし、砲台を破壊。これで事態は逆転。マハエ達三人と宗萱、グラソンの間で、紅丸は両方ににらみを向けている。
「……何ということだ」
紅丸は浅く息を吐いた。
「情けなし。窪井殿も、さぞ嘆かれるであろう」
「……怒涛紅丸、でしたね。抵抗は無駄ですよ、前回のようにはいきませんからね。大人しく我々に従ってください」
「…………」
紅丸は宗萱を炎に燃える瞳に写し、片方の刀を向けた。
「……拙者がおぬしらに従うと? ふん、わかっておらぬようだな」
もう片方の刀をマハエ達に向けた。
「拙者は侍」
二本の刀が炎を帯びる。
「よかろう。この戦、負けを認るが、しかし拙者にはまだ果たすべき役目がある。そのウィルスは渡さぬぞ!」
炎が紅丸の全身を呑む。まるで炎の鎧だ。
彼の内から発せられる覇気―― この力は魔力だけのものではない。
――覇気という名の壮絶な“怒り”を、シラタチの五人は、その魂に感じた。
「前回よりも、“少しばかり”本気らしいですね」
「ああ」
宗萱は刀に『風』を。グラソンは二本の金属棒に『氷』を込めた。
両方に向けられた刀から炎のつぶてが放たれ、宗萱とグラソンはそれを横とびでかわした。マハエ達はかわさず、マハエが壊波槍の『衝撃』でそれを粉砕した。
そのまま両側から紅丸を攻めるが、炎の鎧が勢いを増し、接近を阻む。
「近づけないか」
グラソンは二本の金属棒を回転させ、氷を形成。二つの円盤型の氷を続けて投げ放った。
「効かぬわ!」
氷の円盤は炎に包まれ、たちまち溶けて消えた。
「桜舞灯―― 『這風』!」
宗萱の刀が放った三日月形の真空は、倒木を削りながら紅丸へ向かう。紅丸の炎は真空の刃である『這風』を止めることができない。しかし紅丸は二本の刀を振り下ろし、『這風』を叩き割った。
瞬間、炎の勢いが弱まり、鎧に隙間ができる。
その一瞬をエンドーは見逃さず、すでに溜めておいた魔力球を飛ばし、爆発で炎を吹き飛ばした。
「なんと!」
紅丸は追撃から逃れるため、真上に飛び上り、炎の勢いを利用してさらに上昇。十メートル近く上空の位置で、紅丸は刀を、炎を振った。いくつもの炎の斬撃が地を襲い倒木を灰へと変える。
「氷壁!」
グラソンは氷のドームで五人を囲い、盾として炎を防いだ。
「甘い! そのような物が何の役に立つと!!」
ひと吠え。それとともに繰り出された次の斬撃は重く、ドームを包み込むほどの炎となった。
五人を守っていた氷は薄くなり、砕け落ちた。
「――!!」
紅丸はドームの中から素早く飛び出した鎖に気づく。ハルトキの縛連鎖が蒸気と炎にまぎれて迫り、紅丸の片足を縛った。
「はあぁっ!!」
ハルトキは力いっぱい鎖を引き、紅丸を地面に叩きつけた。
そこへマハエの衝撃砲、エンドーの魔力球、グラソンの氷の刃、宗萱の斬撃と、次々と紅丸へ撃ち込まれた。
「……恐いねぇー」
ハルトキは苦笑いしながら、もうもうと舞う土煙に包まれた紅丸を眺める。
――でもこれで倒したことは間違いない。
そう思ったとき、鎖に異変を感じた。
たしかに敵を縛り、自由を封じている。その鎖が断ち切られた。
「さすがに、この程度の力ではお主らに勝てぬか」
土煙が晴れる。
紅丸は―― 立ち上がっていた。
しかし間違いなく攻撃は効いていた。炎を失い、うろこの着流しはぼろぼろで、後ろで縛っていた髪も解け、傷も負っている。
――だが二本の刀は折れてはいない。その闘志も。
「本気を出す気になったか?」
グラソンは金属棒に氷の剣を形成し、再び叩く準備を整えている。彼だけではなく、その言葉でマハエ達も身構えた。
「……いや、このような場所ではそうすることもできまい」
「前にもそんなことを言っていたな」
「……今回も、拙者の負けでござる」
紅丸は両腕を伸ばし、刀を掲げた。炎が再び吹き返す。
「だが、必ずや勝負をつけようぞ。拙者の“怒り”をその身に刻んでくれよう」
刀を振り下ろす。すると炎がはじけ、火の粉となって消えた。――紅丸の姿も、そこにはない。
「逃げたのか……」
エンドーは武器を下して見まわした。
火の粉の名残と地面の灰が風で巻きあがるだけで、覇気も殺気も魔力の気配も完全に消え去っている。
全員が武器を下し、宗萱は刀を鞘に納めると、
「“怒り”ですか……」
何かを考えているふうにポツリと言った。
「けど助かったな。オレ達だけじゃ阻止は無理だった。案内人に感謝しなきゃな」
ほっと汗を拭くマハエ。
「いえ、案内人はSAAPの補助でこちらにはいませんでした。窪井の目的に気づいたのはグラソンですよ」
「そうなのか。まあ、助かったからよかったけど」
「おい、それより窪井は!? 飛行船の音が近くに――」
と、エンドーは倒れていた手下がいなくなっていることに気づいた。
「ちっ! いつの間に!?」
そのとき、プロペラの轟音が大きく聞こえてきた。――上空から。
「飛行船だ!」
マハエが指で示した先に、雲を透けて見える飛行船の光が。それは少しずつ降下し、雲を破ってその巨体を現した。
耳の奥にまで低く反響するプロペラの音にまざり、スピーカーが聞き覚えのある声を響かせた。
『――見事だ、シラタチ。まさかオレが一本取られるとは。……いや、ウィルスまで回収されては、オレの完敗か』
窪井の低い笑い声。苦しまぎれ、という感じではない。愉快さを滲ませた軽い笑い。
「理解できねぇ。どういうつもりだ?」
エンドーが言う。
ここまでの大きな戦い。窪井にとっては捨て駒だとしても、戦力ではあった黒猫達を失い、最重要であったはずのウィルスをも回収された。この戦いで窪井が得たものは何もない。SAAPを数人失ったことは、シラタチにとって嘆くべき被害ではあったのだが、逆にシラタチの得は大きかった。
それなのに、窪井はそれを苦とも思ってはいないようだ。
『オレ達は退くとしよう。今夜はお互いにとって重要な夜かもしれない。とても疲れた夜でもあった』
「…………」
飛行船は動き始めた。
グラソンも宗萱も手を出すことができない。距離がありすぎる。
『シラタチが滅び、世界が消えるか。それとも―― 潰せるか? 今のニュートリア・ベネッヘを!』
――スピーカーが切れた。とたんに飛行船は速度を速め、遠ざかっていく。
「また見失いますよ」
「ああ。悔しいが、やつを追うことは―― ん?」
グラソンは眉をひそめた。
いつもなら、そこで騒ぐはずの三人の声がない。その場に残っているのが二人だけだということに気づいた。
「あの三人はどこだ?」