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68:山頂へ

「山登りか、まただ」

 山の入り口に立って、エンドーはやれやれと頭をかいた。

 三人は山を登る。足場の悪い山道は戦い後の疲れた体には厳しい運動だ。

「この世界での最後の山だと思えば、少しは愛着もわくんじゃない?」

「けっ、オレはまたこの世界が嫌いになりそうだぜ」

「いい思い出として残そう。自慢話のネタになる」

「頭がオカシイと思われるぜ」


 ――崩れた道を飛び越えた三人は上空を見上げて飛行船を探した。

「ここからじゃ見えないなぁ、どこだ?」

 ハルトキの指示で山を登り始めたのだが、山頂へたどり着いたところで、この小さな山では飛行船に手を伸ばすことなど不可能だ。

「オレ達の推測が正しければ、一刻を争うぞ。宗萱とグラソンに知らせたほうがよかったんじゃないか」

「案内人はグラソンの命令で、ずっとオレ達を監視するように言われてたらしい。たぶん、案内人がとっくに知らせてるぜ。それよりヨッくん、ここからどうするつもりだ?」

 寺院にウィルスを放つとして、その方法もわかっていないのだ。ミサイルを投下するのか、飛行船から爆弾でも落とすか、どちらにしてもそれを止めるのは至難だ。

「言ってなかったね。飛行船の光を見つけたとき、この山の山頂を望遠してみたんだ。――そこには人がいた。姿はぼやけてたけど、こんな夜中におかしな話でしょ」

「ああ。山篭りだって言うのなら別だけど」

 エンドーが言った。

「てかそんなことより、道合ってんのか? オレとマハエにはさっぱりだぞ」

「残念だねエンドー、それはボクも同じくだよ」

「マジかよ……」

 エンドーは脱力したような表情で足を止めた。

「今の時間は?」

 そして空の月を見上げる。

「まだまだ夜明けには遠い。でも仕掛けてくるとすれば、夜のうちだろうね」

「どうしてわかる? ヨッくん」

「ニュートリア・ベネッヘは、シラタチを恐れてる。できるだけ目立たない時間帯を選ぶのが普通だよ」

 と、三人が月から視線を下げたとき、目の前の木々の中に何かの姿が動いた。ちょうど月の光が入り込んでいる場所ですぐにその存在を確認でき、完全に認識するよりも先に三人は短剣を手に持って武器を現す。

 赤いマントに一本ツノのドクロ面、左肩に白い金属板を装着した、これまでの対SAAPとは少し違った装い。

「あいつは……!」

 マハエはすぐに思い出した。

「窪井の隠れ家にいた対SAAPだ! ……たぶんSAAP第一部隊の隊長」

「隊長だと? ……こんなときに遭遇しなくても!」

 エンドーは発破鋼を苛立ちに任せて地面に突き刺した。

 対SAAPは仮面の穴からじっと三人を見据えて、動きはしない。同様に三人も。――隊長を相手にしているのなら、簡単ではない。三対一でも有利ではないことをよく分かっているから。

「どうする? 戦うか?」

 エンドーにしては慎重な発言。

「いや、今はどうにかして逃げることだけを考えよう。時間がない」

「それにしても、これで山頂にいる誰かさんがニュートリア・ベネッヘと関わってることがわかったわけだ」

 マハエが微笑した。

「確実とは言えないけど、どうやら奥に道があるらしい。隠れて移動しよう」

 マハエとエンドーはうなずく。


 ――しかし、対SAAPは三人から目をそらし、攻撃態勢に入るでもなく、まったく別の方向へと歩き始めた。まるで彼らに興味がないと言った感じに。


「…………え? 無視?」

 目を丸くするマハエ。拍子抜けというか、どこかがっかりというか。

「どうして? ボク達に気づいてたはずだけど……」

 暗視で対SAAPを追いながら、完全に目の届かない所へ消えてしまった敵をずっと眺めている。

 疑問を残しながらも、少しして三人は歩き始めた。

 ここが重要な場所なら敵は迷わず攻撃を仕掛け、排除にかかるはず。それがなかったということは、三人の推測は間違っているのか。あるいは敵はすでに三人の動きに気づき待ち構えているのか。どちらにしても彼らの目指す先は変わらない。



 山の山頂――

 辺りの木々は切り倒され、さえぎる障害のない光を受けた二つの影が、切り株と倒木だらけの地面にくねくねと曲がってうつる。

「そろそろ時間かな?」

 寺院を見下ろしていた影の一つが言った。

「ああ、準備にかかるぞ」

 もう一つの影が、手に持っていた松明に火つけ道具で火をともすと、照らされた二つの顔。おそろいの紫頭。

 窪井の手下二人は、傍らの小型砲台に目を向けた。

 黒く輝く砲台。すでに照準は合わせてある。導火線に火をつけるだけで、ウィルスの仕込まれた砲弾が寺院へ着弾し、ようやく騒ぎの収まりつつある寺院と辺り一帯は、ウィルスにより完全な沈黙と化すだろう。そして数分間続いた沈黙は次の瞬間、悲鳴に変わる。

 感染者はウィルス発症を免れた一部の避難民をすぐさま排除し、『シラタチ』の殲滅にかかるだろう。

「……おい、お前はどう思う?」

「何が?」

「手が震えるんだ」

「…………統領の命令なら仕方がない。オレとお前も、死ぬわけにはいかないだろ」

「…………そうだな」

 手下は松明を持つ手を、導火線に伸ばした。


 ――ドォンッ!


 爆音が山の木々に反響した。

 砲弾が撃ち出された、のではない。魔力球が松明を吹き飛ばした音だ。

「――っく……! 誰だ!?」

 手下が振り向いた背後、そこには息を切らせたマハエ、ハルトキ、エンドーがいた。

「間に合った!」

 三人はそれぞれの武器を突きつけて間合いを詰める。

「……シラタチか」

 手下はほんの瞬間、ほっとしたような表情を浮かべたが、すぐに武器を構えて対立した。

 エンドーは腕に魔力をためて魔力球を構える。

「砲台に近づくなよ。吹っ飛ばすぞ」

「……っ!」

 手下は戸惑っている。戦えばまず勝てる相手ではない。

 ――そのとき、マハエ達三人が手下から目を逸らした。

 感じていた。目の前に迫る大きな力を。

 ――炎が上がった。手下と三人の間に火柱が。


「おぬしら、それ以上手出しはさせんぞ」


 火柱がはじけた。

 三人は降りかかる火の粉を手で払いのけ、武器を向ける。

「紅丸さん!」

 手下が叫んだ。

 炎の中から現れたのは、黒いうろこ模様の着流し姿、両の腰に刀を一本ずつ差した侍、『怒涛紅丸』。

「この炎、魔力か!?」

 驚くエンドー。

「ということはこいつが?」

 ハルトキはマハエを見た。

「ああ、窪井の幹部だ」

 マハエは一歩退いた。

「宗萱とグラソンでも、まともに対抗するのがやっとだった」

「ものすごく強いのか……」

 エンドーは下がりかけた足を踏みとどまらせて、恐怖を払うように発破鋼を頭上で振り回す。

「どんなに強敵でも、だ! ここで阻止しなきゃ、みんな死ぬぞ。シラタチも、廃工場の子供達も、大勢の避難民達も!」

 その言葉にマハエとハルトキも奮い立った。

「そうだな。お前だけを死なせるわけにもいかない」

 マハエはエンドーの横に並びなおした。

 紅丸は二本の刀を抜く。

「早々に終おうぞ」

 三人が武器を構えた直後、紅丸は素早い動きで迫った。

 右の刀がマハエの壊波槍と交わり、左の刀がエンドーの発破鋼と交わる。

 ハルトキは縛連鎖で紅丸を縛った。しかし――

「ふんっ!!」

 紅丸の体内から炎がはじけ、鎖を砕いた。

 三人は吹き飛ばされ、転がったが、すぐに起き上がって反撃。紅丸は槍と金棒の二つを一本の刀で受け止めた。――尋常ではない力だ。

 ハルトキが縛連鎖を再生させてそれを放つが、もう一本の刀がそれを止める。

 紅丸は後ろの手下へ声を放った。

「何をしておる! 拙者がこやつらを食い止めておる間に、役目を果たすのだ!」

「くそ! この野郎!」

 エンドーは金棒に力を加えた。

 刀は少しだけ押されたが、紅丸はさらに、二本の刀に魔力を込めた。

 炎が刀を巻き、じりじりと焼かれる痛みをこらえながら、マハエとエンドーは力を緩めなかった。

 手下は戸惑いながらも、紅丸に従う。砲台の導火線に火がつけられた。

「くそぉおおおおお!!!」

 三人はむなしくも叫ぶだけ。紅丸という圧倒的な力の前には。


 ――二つの風が三人と紅丸の頭上を駆け抜けた。


 消し飛ばされる導火線の火。手下二人は反応する間もなく、駆け付けた一人、グラソンに殴り倒され、もう一人、宗萱が刀を砲台の先に突き刺した。

 振り向いた紅丸へ、氷の刃が飛ぶ。

「くっ!」

 紅丸は刀をマハエ達から除けて氷の刃を切り落とした。

「おぬしらでござるか」

 紅丸は炎をおさめ、刀を下げた。

 五対一。

 紅丸も戦意を失った、かに思えた。



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