05:黄色に染まって
「黒い黒い黒い……。真っ黒集団か、気持ち悪い!」
エンドーが悪態をつく。
「言うなれば『黒猫集団』というところか」
マハエが言うと、エンドーが微笑した。
「『黒猫』か、そりゃいい。 ――しかし、この黒猫ども、全員ウィルス感染者って……。それじゃ、どうすりゃいいんだ!?」
一人の対SAAPもどき―― 『黒猫』を押さえつけながら、マハエを見る。
「まともに攻撃できないんじゃな……。とりあえず気を失う程度に!」
「わかった!」
エンドーが腕を振り上げ、『黒猫』の後頭部に向けて手刀を大きく構えた。
「まてまてまて!! やっぱお前は攻撃するな! 一切するな!!」
「オレを信じろ」
「やめろ! お前は自分が思っているほど器用じゃないんだ!!」
「じゃ、どうすりゃいい?」
「…………」
その間も、『黒猫』達は続々と町に侵入し、あっという間に十人をこえた。
ハルトキが『金縛り』の連射で縛っていくが、数が多すぎる。
「だめだ、抑えきれない……!」
すぐに魔力切れで膝をついた。
敵の数はいつの間にか十五人に増え、動けなくなった仲間の横を素通りして前進する。
「ハハハハハ……! ボス、何ヲシテイルンデスカ。放シテクダサイヨ」
「ソウシ……!」
大林は歯を食いしばり、笑うソウシを見下ろしていた。
「ちっ! すまん、ソウシ!」
大林はソウシをいったん解放し、振り向いたところで腹を殴って気絶させた。
「ハル! いったい、どうなったってんだ!? なぜこいつらは……」
「…………」
ハルトキは何も答えることができない。「これは窪井のしわざです」と彼に言うべきか、迷っていた。
「まあいい。今はこの悪状況を打破するのが先だ」
大林は立ち上がり、群れの前に立ちふさがった。
『黒猫』はそれぞれが何かしらの武器を持ち、それを掲げて迫り来る。
「オレがこいつらの相手をする。ハル達はみんなを避難させろ」
「でも――」
「いいから早く!」
大林は構えた。
敵の数は多い。しかも相手は得体の知れない不気味な連中だ。だが明らかなことが一つある。武器の構え方、足取りから、そのほとんどが戦闘慣れしていない素人だということ。
すきは大きい。
「(――いける!)」
そう確信し、足を踏み込んだとき、
「まて、こいつを使え」
大林の足元に、丸く束ねてあるロープが投げられた。大林は振り向く。
二人の男が、ロープを担いで歩いてくる。
一人は全身を黒で包んだような服装の小柄な男。もう一人は銀色の長髪。紺色のノースリーブシャツから伸びている腕は、茶色肌で筋肉質。
「宗萱さん! グラソン!」
マハエが二人の名を呼んだ。
「ドクロの仮面に、黒いマントですか。たしかに、完全に対SAAPを模した姿ですね」
「間違いない。出で立ちはどうであれ、こいつらは感染者だ」
二人はのんびりとした様子で、いや、冷静に相手を分析している。
「……!」
そちらに気をとられていた大林だが、目前の殺気に気付いて身を屈めた。
そのまま足元のロープを掴むと、低い姿勢のまま『黒猫』の背後へまわり、腕、胴を縛る。その近くにいたやつも同じように縛り、次に移る。
「オレたちも行くぞ」
「ええ」
グラソン、宗萱もロープを構えた。
数分後には、その場にいたすべての『黒猫』は行動不能となっていた。
最後に大林が自らの手でソウシを縛り、全員が一息ついた。
「大林さんまで来ていたなんて……。なぜここへ?」
包帯でかすり傷の処置をしながら、大林は答える。
「……オレはソウシにちょっとした“使い”を頼んだ。この地方に滞在している知り合いに、届け物があってな。だが、やけに帰りが遅い。そんなとき、隕石が落下して何人も行方不明になったという話を聞いた」
「それで心配になってこの町へ……?」
「そうだ。で、さっき、隕石が落下したという場所で、この“シラタチの二人”に会ったわけだ」
親指で宗萱とグラソンを指す。二人も負った傷の手当をしていた。
「シラタチ……、あの人達も……?」
「……だが、どうしてこんな……」
大林は苦い顔でソウシを見て、拳を握った。
ソウシは黄色い眼で、大林をじっと見つめてニヤニヤと笑っている。
ハルトキには、これがあのソウシだとは、信じられなかった。大林に忠実な、『田島弘之』の一員ならば、大林を目の前にして、こんなふざけた顔はしないはずなのだ。
まだ『田島弘之』の一員ならば。
「二十一人……、これで全員ですか」
手当てが終わり、宗萱は「もういませんよね」と見回してから、縛ってまとめた『黒猫』集団に目をやった。
全員、仮面をとられ、素顔をさらしている。
「この町で行方不明になった人達に間違いありませんね?」
宗萱が残っていた町民の一人に尋ねる。
「ああ……、間違いないです……。しかし、なぜこのような……」
『黒猫』達は、縛られてからは大人しく、抵抗はしない。
「どうやら、しゃべることはできるみたいだな。おい答えろ、お前らのボスは?」
グラソンが一人の目の前にしゃがみ、黄色い眼を覗き込んだ。
「……何モ話スコトハデキナイ。ソレガ命令ダ」
「ソウ、命令」
「命令ヨ」
「アノ方ノ命令ニハ、逆ラエナイ」
男、女―― 中にはマハエ達と同じような年齢の男女もいる。その誰もが口々に言う。
グラソンは「フン」と鼻を鳴らした。
「“あの方”ねぇ……」
大林が握っていた拳で膝を叩く。
「どういうことなんだ!? 『あの方』っていうのは誰なんだ!? 教えてくれ!!」
「…………」
「……おい、ソウシ! お前なら何か言ってくれるよな!? ソウシ!」
「ボス、モウアナタハ、オレノボスデハナイ。オレノボスハ、『アノ方』ノミ」
「……くっ!」
大林はもう一度、宗萱、グラソンと三人のほうを向いた。
「教えてくれ……! 頼むっ……!!」
その声はかすれ、力を失いかけていた。
長い沈黙。その間、大林はずっと頭を下げ、言葉を待っていた。
だが、沈黙の果てにグラソンの口から出た言葉は、彼の期待を裏切った。
「……教えることはできない。あんたのためでもある」
「…………」
「グラソン……」
ハルトキはグラソンを見た。
たしかに、大林に真実を話せば、確実に彼もこの戦いに巻き込まれる。いや、自ら飛び込んでくるだろう。デンテールの尻拭い。制作者の尻拭い。いくらそこに窪井が絡んでいたとしても、もともとこの世界に住む者には縁があってはならないものだ。それに、一つを知ってしまえば、隠し通さなくてはならない重要なことも知られてしまう。窪井がこの世界とは別のものと関わってしまったこと、三人が住む世界のこと。
グラソンもそれはわかっているようで、強い決心の目を大林に向けている。
だが、これで大林があきらめるわけがないということも、グラソン、宗萱や三人にもわかっていた。
大林も、同じく強い決心の目を、グラソンに向けていた。
「……覚悟はできているのですね」
にらみ合った形の二人に、宗萱が割って入った。
「なっ、宗萱……!」
「グラソン、彼は自分の仲間を探してここへ来たのです。それに、この戦いと完全に無関係というわけではないようですよ。すべてを話したほうが、彼のためなのでは?」
「…………」
グラソンはため息をついて肩をすくめた。そしてその場を宗萱にゆずる。
「すべては教えられませんが、真実をお話ししましょう」