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66:轟ク悶ノ歌

 エンドーはサーヤを背に乗せ、マハエとハルトキの後を寺院へ向かう。

 ジンは度々、サーヤを心配そうに見つめ、それからエンドーへ視線を向けてうつむく―― を繰り返している。

 彼が何を訊こうとして迷っているのかエンドーは気付き、背中を揺すってサーヤを背負いなおすと、静かに口を開いた。


「黙ってて悪かった。オレ達は『シラタチ』だ」

「……シラタチって、この避難移動の中心組織の? ……たしか、対モンスター組織」

「そうだ」

「…………」

 ジンは納得した。

 町の小規模な噂で、不思議な力を操る組織だと聞いたことがあるからだ。

「……悪い噂もある。シラタチには隠している顔があると。それは、例えば世界のバランスを崩すような、とんでもないものだと」

「噂だろ。信用することはない。オレ達は純粋に、世界を守るために戦っている」

「……そうか」


 ――しょせんは噂だ。エンドーはそう思う。“勘の良い噂”ではあるが、勝手な想像によるものだろう。


「(バランスを崩す……、か)」


 それでも、ほんの少しだけ心が揺らいだ。

 世界のバランスを崩すような存在―― もともとこの世界に存在しない、“存在しなかったものを消すために存在している”自分達に、疑問を抱くのは当然であり、その気持ちはずっと前から変わらない。存在していてもよいのかどうか、彼らには出せない答えだ。

 

 ――サーヤがぎゅっと、エンドーの首を抱きしめた。

「(こうして救えた命があるんだ。今はまだ存在していよう)」

 エンドーは歩きながら、サーヤの小さな寝息だけを聞いていた。

 ――と、エンドーの前で足を止めたハルトキが、ゆっくりと振り返った。

 マハエも、エンドーもすぐにそれに気付いて足を止める。

 子供達を守ろうとハルトキとマハエは武器を発動させた。






 男は山を駆け抜ける。

 木を蹴り、高く舞い、眼下の様子を探って着地。そしてまたすぐに地面を蹴る。


 “戦いの気配”はもう目の前だ。すぐ目の前だ。男の眼に赤いマントが小さく映った。


 ――数は二つ。






 ハルトキの魔力は、『縛連鎖』を維持するだけで精一杯だった。マハエはまだ魔力が余っているようだが、これから戦う敵と対等だとはとても思えない。


「新型が二体か……。オレも参戦する」

「待ってエンドー。キミはそのまま、子供達を連れて寺院へ向かって。ここはボクとマハエで何とかする」

「おいおい、お前の魔力は残り少ない。ヨッくんこそ、この子達と一緒に――」

 ハルトキは「ハッ!」と笑い飛ばした。

「ボクは十分戦えるよ。だけどもしも、ボク達が倒れたら、頑張れるのはキミだけだ」

「…………」

 空を舞って来た赤い対SAAPが、ヒラリと地面に降りた。

「バカヤロウ。わかってんだよ、お前ら二人じゃ勝てるわけがない。オレも戦うしかないだろ」

 ジンにサーヤを預け、エンドーも短剣を抜いた。


 ――しかし三人はピタリと止まって動かない。


 背中にゾッとする気配を感じたのだ。

 後ろの背景を溶かして歩み寄ってくる禍々しい“何か”。

 対SAAPに武器を向けながら、三人は振り向いた。こめかみをドロリとした汗が伝った。


 ――コツ、コツ


 足音が近づくにつれ、禍々しい空気は次第に薄れる。

 三人はただじっと、近づいてくる何かに目を凝らした。時間が止まったかのように対SAAPも動かずにいる。

 男の姿が見えた。

 灰色のローブをまとい、赤い髪を乱して、ゆっくりと三人へ歩み寄る。

「…………」

 はじめハルトキはそれが大林だと気付かなかった。

 特徴的なオールバックが乱れているからでも、前よりもやつれた顔だからというわけでもなく、彼の異質な魂を感じたからだ。


 異質―― 普通とは違うという意味だ。しかし三人と比べればそれほど異なった部分はない。


「……大林さん」


 ようやく出た名前。その言葉からは、その事実を認めたくないというハルトキの懇願がにじみ出た。

 マハエもハルトキも感じている。


 ――大林の力を。恐怖を感じるほどに禍々しい魔力を。


 サーヤも目を覚まして、ジンの背中で震えていた。

「ハル……」

 大林は顔にかかった赤い髪の間からハルトキを見据えた。――その瞳が濃い紫色に染まる。

 大林の手が背中の、武器の柄に伸びた。

 彼は背丈の半分以上はある大きなソードホルダーを背負っていて、右手が柄を握り、少し引き抜くと、瞳と同じ濃い紫色の“魔力”があふれ出る。


「何だぃ、あれは……」


 魔力を持たないジンにも、子供達にも微かに見えているらしい。それほどに濃く強大な魔力だということだ。

 魔力を放つ大剣が半分引き抜かれた。


「這 イ 轟 ケ 悶 ノ 歌」


 大林の口から出た呪文のような言葉が、大剣を鼓動させた。

 その瞬間、大林の姿が消える。――三人は迫り来る魔力の渦を感じた。武器を構えるほんの少しの間もない。そうする理由すらわからない。

 大林はどうしてしまったのかと、その時点で答えられる者はいない。

 ――刹那、激しい“憎しみ”の感情が吹きすさび、三人を通り抜けていった。

 対SAAPが動く。形成した真空の刃を前方へ放ち、向かってくる渦へ対抗するが、刃は粉々に砕かれ、刃を放った対SAAPも、それとともに打ち砕かれた。マントも仮面も関係なく、切り刻まれる。誰の目にも留まらぬ動きで―― そこに大林がいるのかどうかもわからないスピードで。

 一体は撃破した。残りの一体は地上から数メートル離れた上空でマントを開いていた。

 たった今仲間が切り刻まれたその場所へ、カマイタチを連射する。

 大林はたしかに、その場所に姿を現した。自分へ放たれた無数の刃をにらむように一瞥した後、舞い上がった。

 無数のカマイタチは大林を仕留めるに及ばず、大剣の素早い一振り一振りが、すべての刃を砕き、攻撃を中止して後退しようと動き出した対SAAPを、四つに切り裂いた。

 悲鳴も音もなく消滅した対SAAP。空中のその場所を、地上の誰もが見つめていた。マハエ達の戦いを見た直後の子供達でも、今たしかに目で見た光景をとても信じられないと言うように。


 ――大林は地面に着地していた。足を曲げた状態から立ち上がるさいに大剣を背中にもどす。

 片刃で幅広、角ばった形の大剣。黒っぽい刀身には、いびつな模様がびっしりと刻まれていた。


「…………」


 誰一人の言葉もない。

 マハエもエンドーもハルトキも、大林の帰還を喜ぶべきであるとはわかっているものの、走っていって抱きついてよいものか困惑する。大林があまりにも、これまでの彼と違っていたから。


 大林は顔にかかっていた髪をオールバックに整えた。そしてやつれた顔を優しい表情に変える。


「ただいま、ハル」


 大林だ。そのままの彼だ。

 彼の笑顔が、ハルトキ達の恐怖を吹き消した。

 三人は武器を解除し、大林に笑顔を向けた。


「おかえりなさい」


 ハルトキが言った。

「何が起こってる?」

 現在の状況を把握しているものの、事態までは知らない大林。

「窪井が攻めてきたんです。感染者達を放って、シラタチを殲滅しようとしています」

「……そうか」

 大林は予想はしていたと言っているようだ。

「寺院へ行きましょう、宗萱やグラソンもそこにいます。それと、青島さんと赤瀬さんも」

「あいつらが? ……もどってきたのか、バカなことを」

 そうは言っていても、どこか喜んでいるような大林。それと、少し迷っているようだった。――何も言わず出て行った自分を、シラタチが再び受け入れてくれるのかを心配しているのだ。


[おかえりなさい大林さん。みんな待ってますよ]


 案内人が声をかけた。

「……ああ。心配かけた」

 大林は頭をかく。

 ――説明はするつもりだ。しかし、どういう経緯で力を手に入れたのか、それを詳しく話すことができるかはわからない。大林は背中の大剣を感じて思った。


 ――そのとき、背中へ向かって飛んでくる物に気付いた大林は、後ろへ拳を振って“片手剣”を叩き落した。

 回転しながら落下して地面に刺さったそれは、丸い刃先の変わった片手剣。ハルトキと大林には見覚えのある物だった。


「また会ったな、大林鷹光」


 すぐ近くの高い木の枝に、包帯で顔を隠した男が立っていた。

 濃いブルーのマントをはためかせ、男は枝から飛び降りると、刺さった剣をさっと左手にもどし、素早く大林から間合いをとる。

「……またお前か。何の用だ?」

「ククク……。今夜はどうやら、絶好調らしいな。どうした? 前のように震えて膝をつけ」

「…………」

 大林は再び大剣の柄に手を触れた。

「ハル、先に行ってくれ。こいつはどうやら、オレだけに用があるらしい。……オレも、こいつに用がある」

 柄をぐっと握り、瞳を紫に染めた。

「わかりました。すぐに片付けて来てください」

 ハルトキは何の迷いもなく大林に背を向けた。

「いいのか?」

 エンドーが訊くが、ハルトキはすぐにうなずいて、

「大林さんは死なないよ。絶対にね」

 子供達の先に立って歩いていくハルトキ。マハエとエンドーは後ろを気にしつつも、彼にならうしかなかった。

「キョウスケ……」

 ジンの背中でサーヤが不安を表情に浮べている。

「大丈夫だ。もう誰も傷つかない」

 力強くそう言った。


 ――もう終わるはずだ。


 エンドーは―― マハエもハルトキも、それを願い、信じた。



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