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64:赤い戦い

 エンドーとマハエは十分ほど走り、港町とヘルプストの避難民を見つけた。

 寺院へ向かう人ごみの中、エンドーは必死に目を動かす。

 人の流れに逆らって最後尾。振り返って過ぎ行く人々を前に、エンドーは「あぁ」とうなだれた。

「やっぱりいない……」

「廃工場の子供達か」

「ああ。……まったく」

「どうする?」

 マハエも遠ざかっていく避難民達を眺めていたが、突然背後で聞こえた足音に振り向く。

「あれ? あんたはたしかアニキと一緒にいた」

 二人の不良が歩いてくる。

「……どちら様で?」

 リーゼントの不良に見覚えがあったが、はたしてそれが城で大林に付いていた人物であったかは判別できない。しかしどうやらそのようだと、マハエはエンドーに説明する。

「青島さん、でしたっけ? ハル君と一緒だったんですか?」

「ああ、けどアニキ、急用ができたとか」

「なぜここへ?」

「あんた達も『シラタチ』なんだってな。今のオレ達は、ボスと同じく、あんた達に協力している」

 『ボスと同じく』――その言葉の後、青島の顔が陰った。

「おい、役目を果たすぞ、もたもたしてちゃ護衛にならねぇ」

 赤瀬が言うと青島は慌てた様子で手を振って、マハエとエンドーから去っていく。

「どうする?」

 マハエはもう一度訊いた。

「……まあ、ヨッくんが連れてきてくれるだろ」

「任せるのか。そのほうがいいな」

 青島と赤瀬の後ろへ、マハエは踵を返した。

 しかしエンドーは子供達を気にし、その場から動かずに、マハエが肩をたたくまで港町のほうに目を向けてそらさなかった。


 ――ドラゴンの咆哮を聞いた気がした。






 サーヤは工場の外へ飛び出していた。

 ドラゴンの咆哮とともに、むごたらしい場面が瞳に映っている。


 ――血まみれのハルトキがふらふらと立ち上がった。


 腕や足から血を流し、短剣を握る腕を持ち上げるのもままならない。

 赤いドラゴンに一人で立ち向かったハルトキだったが、ドラゴンの凶暴さは想像を超えていた。ハルトキがモンスターに付けた傷よりも、自らの体のほうがはるかにボロボロで、もはや『暗視』も『動体視』も切れている。

 とっさにサーヤは飛び出していた。救えるわけもないが、工場の中でじっとしているなんてできなかった。

 ドラゴンがサーヤに頭を向ける。サーヤは固まって息を止めた。

「待て、こっちだ……!」

 なおも戦いを挑むハルトキだが、ドラゴンは爪の一振りで彼を斬り、木の幹に叩きつけた。

 声もなく崩れるハルトキへ、ドラゴンがトドメの一撃を食らわそうと近づく。

「来やがれぃ! オオトカゲ!」

 小石がドラゴンの背にぶつかった。

 サーヤは石が放たれた場所へ顔を向け、その目を疑った。


「ジン!」


「サーヤ逃げろ! こいつはオレが引きつける!」

「ダメよジン! あなたなんかが敵うわけない!」

 ドラゴンはジンへ向きを変えた。

「こ、恐くなんかない……! か、家族を守るんだ……!」

 ジンは再び小石を投じた。しかしそれはドラゴンの怒りを増幅させたにすぎず、その眼はしっかりとジンを捉えていた。

「やめて!」

 サーヤは叫んだが、ドラゴンのうなり声にたやすくかき消された。もはや彼女の足は振るえ、地面に吸い付いたかのように一歩も動けなかった。

 大きな足で、ドラゴンはジンへ歩み寄る。ジンは敵から目をそらさず、後ろへ下がる。武器もなくどうやって戦うというのだろう。ただ目の前にいる誰かのピンチに飛び出してきただけなのだ。サーヤと同じように。

 サーヤのほうは武器を探すことも、逃げることも、思いつけなかった。どうすればよいのか。答えの出ない迷いだけが、ぐるぐると回っているだけ。


「――すぅ……」


 誰かの呼吸が小さく聞こえた。

 ――同時に周りの草木のざわめきを、サーヤは感じた。風ではない。生命が揺れ動くのを感じている。自分の中の何かが感じている。


 ――キィーンという鋭い音の後に、ドラゴンの動きが止まった。


 誰かが息を吐く。――木の根元に倒れていたハルトキが体を起こし、立ち上がり、歩き出した。

 それから足を速め、動かない―― 動けないドラゴンの背に跳び乗り、頭を踏みつけると、短剣を振り上げ、いっきに力を込める――。

 短剣はドラゴンの右目に突き刺った。それは頭を射たのと同じ。数秒の後、ドラゴンはドスンと地面に倒れた。

 荒く呼吸しながら、ハルトキは袖で頭から流れていた血を拭き取り、剣を横へ振った。

 サーヤもジンも言葉が出ない。とくにジンは、目を丸くしてドラゴンの背にたたずむハルトキの姿を見つめていた。

「ジン!」

 ようやくサーヤが駆け出すと、ジンも彼女を見た。

「バカ!」

「バカとはなんでぃ! 助けに来たっていうのに」

「助けられてなんかないでしょ! 無謀よ! このバカ!!」

 サーヤはジンの胸を叩いた。

 どっと脱力したように、ハルトキはドラゴンから降りて地面に座り込む。

「あなた、大丈夫?」

「……うん、どうってことない」

「どうってことないって、そのケガで――」

「いや、大丈夫! 全部かすり傷だから」

 そう言いながら、ハルトキは全身の“無傷”の体を隠した。

「それよりも、早く逃げよう。子供達を連れて。……またモンスターが現れるかもしれない。

 サーヤは黙ってうなずいた。もう迷ってはいない。

「……あんた」

 サーヤに聞こえない声で、ジンが喋った。

「ケガ、治ってんだろう? その短剣、それにその力……、遠藤京助と同じなのか?」

 ハルトキは絶句した。

「あいつ……、話したのか」

「ああ、助けてもらったよ。借りがあるんだ」

 さらに脱力し、ハルトキは呆れた息を吐き出す。

「頼むから、誰にも言わないでくれよ」

「わかってる」


 ――子供達が集まってきた。一人ひとりの顔を確認してから、サーヤはハルトキにうなずいた。

「行こう。しっかりついてきてね」

 さすがにサーヤもケガのことを訝しがっているが、ジンがうまくその目をそらさせた。

「サーヤ、調子はどう?」

「……最悪よ。ところで、どうしてあんたはここへ来たわけ?」

「そりゃぁ、心配だったからに決まってんだろぅ? 避難の途中で、お前達がいないことに気付いて助けに来たんだ」

「そうかしら?」

 ジンをにらみつけるサーヤだが、その眼に怒りはこもっていない。

「あなたらしくもない。何かあったの?」

「いやぁ、ちょっと心を入れ替えてみたり」

「は? 何よそれ」

 一行はハルトキを先頭にして廃墟群を抜けた。

 ハルトキが幹部二人と別れてから、二十分は経過している。今からでは急いでも追いつくことはできないだろう。

 体力的にも、モンスターと出くわすことだけは避けたい。

 ――だがそれも叶わなかった。

 廃墟群から町の中心へ向かう途中、ハルトキはふと立ち止まり、顔をしかめた。また、ドラゴンのうなり声が聞こえたからだ。

 ジンやサーヤや子供達も同じ声を聞いて怯えた。

 うなり声に続いて、建物が突進によって崩れる音。地響き。それは背後へ迫ってくる。

「隠れて!」

 ハルトキは短剣を構えて子供達の盾となる。


「グオオォォォ!!!」


 満月の空に響く苦痛と怒りの咆哮。

 右目を負傷した、先ほどの赤いドラゴンが、よだれをだらだらと流し、低く荒い息を何度も吐きながら一行を見つけると足音激しく迫る。

「生きてたのか! しぶとい!」

 『動体視』を発動させながらハルトキはその場にいる全員の身を案じた。

 ここで自分が負けたらどうなるのだろうか、と。

 ハルトキの後ろでサーヤは子供達に呼びかけていた。

「隠れるのよ」

 ハルトキの盾から抜け、廃墟の一つに身を隠そうする。ハルトキの周りにいては邪魔になると考えたのだ。しかしドラゴンの片目は彼女らの動きを見逃さなかった。

 ハルトキから、より弱そうな子供達へ目標を変え、地面を蹴ってもう突進した。

 合わせてドラゴンの正面へ飛び出したハルトキが、頭のツノを両手で押さえ、ふんばる。しかし力の差は圧倒的だ。軽々と宙へ放られた。

 もはやドラゴンの前に抵抗する獲物はいない。一度は立ち向かったジンでさえ、今は腰を抜かしている。

 品定めはしない。一番近くのサーヤへ、ドラゴンは凶暴な眼を向けた。


「縛連鎖!」


 ジャラジャラとドラゴンの首に銀色の鎖が巻きつく。

 空中で鎖を操るハルトキは、地面に着地すると同時に鎖を引き、ドラゴンを後ろへ倒した。

 とっさの判断だった。この凶暴なドラゴンを抑えるには、フルの魔力で戦うしかないと思ったのだ。

 鎖は一度手元に回収され、次の攻撃へ備えた。

 彼らの力を知るジンでさえ驚きを隠せないでいた。サーヤはと言えば、放心状態でハルトキを見つめていた。

 ――何をどう解釈すればよいのか、わからずに、迷って。



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