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62:山の向こう

 『ゾンマ』の住民達は無事、寺院周辺の安全地帯へ入ったらしい。案内人による報告だった。

 モンスターや黒猫による被害がなかったことを、マハエと宗萱は喜んだ。

 アオバの加勢のおかげで、難なく黒猫の阻止は成功した。眠らせた黒猫達全員を町の安全な『酒場』に運び込むのはひと苦労だったが、黒猫達の身の無事も重要事項だ。

 面をはいだ黒猫達の顔を眺めていて、マハエは戦いの中でそっちのけだった“怒り”という感情を思い出した。

 戦場では不釣合いな顔達がそこにはある。

「……説明してくれよ」

 酒場のカウンターに座り、酒ビンをもてあそびながらアオバが訊く。

 森での戦いでアオバはシラタチの“特殊な力”を知った。しかし――

「こいつらは、何日か前にソレィアドの町で行方不明になってた人達だよな? 隕石から発生した妙な“刺激”を受けて頭のイカれた連中が、自らの町を襲撃したって聞いたが?」

 最初に出現した感染者達をソレィアドの軍支部に移送するさいに、シラタチが軍に吹き込んだ“デタラメ”がそれだ。

 しかし今回、アオバはそれを疑っている。ゾンマとヘルプストへの襲撃とは、たしかに“頭のイカれた連中”にふさわしい。しかし、“隕石に毒された連中”が取るような行動とは思えない。

「オレはあんた達を信用した。だから――」

「我々もあなたを信用していますよ。……ですが、話したところであなたには何もできません」

「たしかに軍の中であんた達の秘密を知っているのはオレだけだ。オレ一人が協力したところで軍人の域を超えるようなことはできない」

 酒ビンをカウンターに置き、アオバは宗萱へ迫った。ナイフを抜くアオバに、マハエは座っていた椅子から立ち上がり、短剣を向けた。――宗萱は動かない。


「あんた達は、オレを救ってくれた!」


 ナイフを後ろへ放ち、カウンターの酒ビンを貫く。飛び散るアルコールやガラス片は、彼の怒りを表しているようだった。

 アオバは目を見開いて宗萱の閉じたような目を見る。

「知りたいんだ。……友人として」

「…………」

 顔には出さないが、宗萱は困っているようだった。それがわかってもマハエにはフォローもできないし代わりに答えることもできない。


 ――しかしそうするまでもなく、宗萱は自ら視線をそらす。


「……話は後にしましょう。次の客が来たようです」

 聞いてすぐにマハエは窓へ跳び、外をうかがう。そして舌打ちをする。

「新型だ……!」

 その言葉の様子だけで、アオバは強敵の出現を察知したらしい。サバイバルナイフを抜いて出口へ向かった。

 外へ出ると生ぬるい夜風が鼻をくすぐる。恐ろしい敵の臭いが鼻を突くようだった。

 赤マントは三人を探していたのか、酒場の周辺をうろついていた。

 三人を見つけた新型対SAAPは、地面をすべるように移動してきて、威嚇するように面の下から、赤く強い光を放った。すると、空間が歪んでもう一体の赤いマントが姿を現し、二体が並んだ。

「三対ニかよ……、“こっちが”不利だな」

 早くもカマイタチを繰り出さんとする対SAAP。

 アオバは二人に質問を投げかけたくて仕方ないという顔をしているが、その前に宗萱が言った。

「アオバさん、こいつは明らかな敵です。手加減は無用ですよ」

「……え? だがこいつのマントは――」

 もはや説明せざるを得まい。マハエと宗萱は思った。

「とにかく、手加減をすれば殺されます!」という宗萱の言葉で、アオバはそれ以上何も言わないようにしたようだ。戦いに集中し、「後でちゃんと話してもらうぞ」と、目で訴えていた。

 アオバはサバイバルナイフと逆の左手の指に、投げナイフを二本挟んだ。

「アオバさん、やつらの弱点はドクロの面です! マントに攻撃は通用しません!」

 マハエが言った。

「そうか、的が絞られていれば楽だ」

 不敵な笑みを浮かべ、アオバは投げナイフの一本を放った。――正確に面を射るはずが、対SAAPがスルリと横に避けたおかげでそれは外れ、二体が同時にカマイタチを放ち、し返す。

 マハエと宗萱は予測していたおかげですぐに反応したが、アオバは一瞬遅れて地面を転がり、腕を真空の刃がかすった。

「――つっ! 何だあれは!?」

「あー、説明し忘れてました。やつらに武器は必要ないんです。マントが開いたら特に要注意ってことで」

「何だそりゃ!?」

 適当な説明で納得するわけはないが、続いて放たれたカマイタチの一撃で、疑問は吹き飛んだ。

「(オッケー、いつもどおり戦えばいいさ)」

 サバイバルナイフを指で回し、逆手に持つ。そして突進し、ナイフを振るが、対SAAPはふわりと宙に浮いてそれをかわした。

「おいおい……、それもアリか?」

 接近戦では効果がないと知る。

 マハエが『衝撃砲』を蹴り放ち、対SAAPのマントに直撃させた。さらに一発、二発――。対SAAPは空中でよろめいた。

 すぐさまマハエは地面に凝縮波を放ち、大きくジャンプ。大きく振り上げた槍で対SAAPを切り裂く―― しかしさすがに素早い。槍の刃はマントに少しの切れ目を入れただけだった。

 着地したマハエに続いて、宗萱が跳び上がり、同じ敵へ刀を振った。――魔力はまとわない、通常の刀だ。宗萱の『風』の魔力は、新型対SAAPに通用しないから。

 だがそれすらもかわされ、まるで遊ばれているようだ。

 そのとき、もう一体の対SAAPがマントを開いた。

「来るぞ!」

 マハエは宗萱と建物の陰へ避難し、アオバはただならぬ気配を感じて酒場のドアを押して飛び込んだ。

 真空の刃が乱れ飛び、松明を切り倒し、建物の壁に爪あとをつける。

 ひとしきりの攻撃の後、最後の刃が地面で砕け、マントは閉じられた。

 宗萱が陰から飛び出す。――魔力を込めない刀で敵を攻めるが、刃が仮面を破壊する寸前でカマイタチの一撃を食らい、背中から地面に転がった。

「くっ……、手強いですね……。どうにかしてスキを突かなければ……」

 そのとき、酒場からアオバが出てきた。左手に酒ビンを持ち、それを対SAAPに投げつけ、そして直後に放った投げナイフがビンを粉砕し、アルコールが対SAAPに降りかかる。

「店で一番強い酒だ。味はどうだ?」

 さらに投げナイフを三本―― アルコールのしたたるナイフを地面でばらけている松明の炎で引火させた。


「オレのおごりだ!」


 三本もの火だるまナイフは、対SAAPの素早い動きを確実に捉えた。

 一本がマントの端をかすると、アルコールまみれのマントはたちまち炎に包まれ、熱に苦しむように空中で暴れながら、対SAAPは灰と化した。

「アオバさん……」

 宗萱は安堵と敬意の念を表情に表す。

「油断はできない。もう一体いるからな……。――ん? 真栄はどこだ?」

 宗萱はあごで示す。――残った対SAAPの頭上を。

 建物の屋根から仮面の頭、目がけてジャンプし、槍を振り上げるマハエ。

 燃え尽きた仲間に気を取られ、完全なスキができている対SAAPが、まして頭上のマハエになど気付くはずもない。

「はあっ!」

 ――魔力で振動を与えられた槍の刃は、仮面を中央から真っ二つに、マントすらも同じように切り裂き、地面ギリギリで止まった。

 膝を曲げて着地したマハエの背後で、仮面とマントがヒラヒラと舞いながら、闇に溶けて消えた。

「完了、っと」

 マハエは立ち上がり、一息つく。

「さすがです。アオバさんも」

「どうも。さて――」

 眉を上げ、視線をマハエと宗萱に向ける。

「わかりました。……我々の目的、話せる範囲でお話しますが―― まずは寺院へ向かいましょう」

「逃げるなよ?」

「逃げませんよ」






 そのころゾンマから遠く離れた場所で、かすかな“戦いの気配”を感じ取る人物がいた。

 一つ山の向こうから伝わるケモノの咆哮と太刀音を、その人物の魂は感じ取っている。

 人物はその場所へ、ひたすらに地面を蹴り、急ぐ。

 突き出した岩の上で一度足を止め、まぶしそうに満月を見上げてから、山の向こうへ視線を変え、見据えて、高く跳んだ。

 ――満月の下、地面に写る人物の影は、まぎれもない“人”だ。


 しかし、その動きは明らかに違った。


 人ではとうてい及ばぬ速度、跳躍力―― 地面を蹴るたびに土と草が舞い上がる。


 人物はニヤリと笑った。

 喜びに顔をゆがめていた。


 ――また山の向こうで、太刀音がはじけた。



お待たせしました。

更新が大きく遅れ、申し訳ありません。

さて、ペースを上げて更新しますよー、っと。

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