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61:ハルトキとSAAP

 東の町、『ヘルプスト』――

 到着したハルトキを、二人のSAAPが出迎える。

「お待ちしていました。まもなく住民達の移動を開始します」

「グラソンが待機してるんじゃ?」

「副チーフはつい先ほど、寺院へ向かわれました。……すれ違いませんでした?」

「いや……、見てない」

「おかしいですね……」

 SAAPは首をかしげる。

「それは置いといて、ボクはどうすれば?」

「はい、あなたは我々二人とともに、感染者達を移動中の住民達に接触させないよう、ここで足止めを」

 そしてマハエと同じように『催眠スプレー』を渡される。

「わかった。まずここを出発して、港町の避難民と合流するんだったよね。そこから大勢で寺院を目指す……。道のりは長いね」

「ここから港町まで海沿いの道を進みますが、そこにモンスターは確認されていません。問題は港町から寺院へ向かう途中―― その道では以前、モンスターを複数確認しており、要注意です。まずはこの場所ですべての感染者を阻止し、すぐに港町へ向かいます」

 ハルトキはうなずく。

「うん。任せてちょうだい」

 ――しかし彼の頭には、大林の存在が大きく膨らんでいる。大林がいれば、この状況でもどれだけ安心できるだろうかと。

「(いつまでも頼りにしているわけにはいかない)」


 ――強くなってやる。


 ハルトキはそう決めていた。

 大林の弟分にふさわしい男になるため。もっと彼の力となり、守るために。


 ――移動を開始する住民達を背に、ハルトキは身構えている。

 闇へ耳を澄まし、敵の気配を感じ取ろうとする。

 町中に松明が焚かれて、灯りには不自由しないが、明るい中では少しの闇が際立って見える。


「…………」


 ひとつ呼吸してから、ハルトキは『縛連鎖』を発動させた。


「数は、十数……」


 闇の中から黒マントが現れ、ドクロの仮面が不気味に揺れる。

「『黒猫』のお出ましか」

 気を引き締めるため、「ふーっ」と深く息を吐き出す。

 そのとき、たった今“到着”したらしい案内人が話しかけた。

[やはり来ましたね。吉野さん、同時刻に『ゾンマ』でも感染者達が出現しました]

「マハエは無事?」

[いまのところは、ですね。しかし、それを訊くまでもありますか?]

 案内人が言うと、ハルトキは顔で笑った。

 探った気配のとおり、黒猫の数は十と少し。

「“隕石”の町からいなくなった感染者は五十人。そのうち二十人は監視下にあって、ここに今、十人以上いる……。マハエのほうも同じくらいでしょ。やっぱり、感染者のほぼ全員を放ってきたと見て間違いないね」

[そうですね。窪井にとっては、使い捨ての人形のような“物”なのでしょう]

「絶対に、窪井の計画を阻止する!」

 じりじりと間合いを詰めてくる黒猫達へ、もどかしいと言うようにハルトキは自ら走り出した。

 『縛連鎖』を握る手を後ろへ引き、前へ振ると同時に鎖が伸びて近くの二人を縛り、動きを止めた。

 即座にハルトキはスプレーを構えて近づくが、縛った二人の後から、黒猫はずんずん進攻してくる。

「縛っても、そのまま近づくのは危険か……。それなら――」

 ハルトキは一瞬まぶたを下ろし、魔力を込めた眼をかっと開く。

 ――彼の眼には、すべての物の動きがとても遅く映っている。


「(よし、『動体視』は快調だね)」


 ――『音無しの世界』を体験してから、魔力の発動が前よりも軽く、より素早くできるようになった気がしていた。“魔力の真理”への、更なる一歩を踏み進んだような感じだった。


 『動体視』のおかげで、多数の攻撃への対処も容易い。

 しかし視界が三百六十度に開けるわけでもなく、やはり背後からの攻撃には弱いのだ。その上、ハルトキの武器、『縛連鎖』も、基本は攻撃向きの武器ではない。敵を縛っている間は無防備だ。

 敵の渦へ飛び込むのは自殺行為だが、そこから離れて少人数ずつを相手に戦っていては、黒猫を町の外へ逃がしてしまう。

 スプレー缶をしっかりと左手に持ち、『縛連鎖』の鎖を収縮させながら縛った二人に迫り、一秒で眠らせた。

 すでに頭上二十センチのところまで別の黒猫が短剣を振り下ろしていたが、地面に倒れこんでそれを避けると同時に足を振り上げ、弾き落とした。そしてその姿勢のまま、鎖でまた二人を縛り、収縮を利用して立つと、すぐさまスプレーを吹き付けた。

「次―― 五体目!」

 鎖を手元に回収し、黒猫の一人が両手で振り上げる棍棒を片手で横へ反らせ、眠らす。その黒猫は体を崩すときに少女らしい呻き声を発していた。

 素早く次々と眠らせていくハルトキにも、黒猫達はいっさい動じない。三人が左右前方から鈍器を振り上げたとき、とっさにハルトキは三方へ『金縛り』の魔力を放った。

 魔力に縛られて動きを止める三人。――しかしハルトキも動けなくなる。

 少しずつ敵の動きが速く感じてきて、視界がぼやけていた。

「くっ……」

 気付けば膝をついている。

 『縛連鎖』『動体視』『金縛り』と、一度に魔力を消費しすぎたのだ。

「(まずい……。こんな状況で……)」

 ――だが、ハルトキは攻撃を免れていた。

 見上げると、何人かの黒猫が眠らされて地面に倒れる。

「しっかりしてください。無茶はいけまんせんよ」

 二人のSAAPがハルトキを守っていたのだ。

「……ごめん、ありがとう」

 SAAPが盾となり、ハルトキはいったん集団の外へ逃れる。

「張り切り過ぎたね……」

[そうですね。しかし、そのおかげで三分の一は減りましたよ。あとはSAAPに任せて少し休んでください。彼らも強いですよ]

 そう言う案内人の言葉どおり、さすがは戦闘用として作られたSAAPだ。一つ一つの攻撃を確実に防ぎ、かわし、眠らせていく。

「たしかに、強い」

 これならあと三分しない内にすべての黒猫を片付けてしまうだろう。

「でも……。これだけのことなのかな?」

 ハルトキの独り言だったが、案内人が反応する。

[敵のことですか?]

「うん。物足りない感じっていうか……。黒猫を片付けて終わり……? いや、ボクにはそうは思えないんだ」

[わたしも同じ事を考えていました。窪井は、たった数十人の感染者に、我々『シラタチ』が屈すると思ったのでしょうか?]

「そうだよね。もしかすると、これも窪井の計算のうちなんじゃないかな、って思える」

 それから少し間を置く。あまり口には出したくない言葉を、小声で言った。

「大林さんがここにいれば……、少しは窪井の考えも見抜けたのかな?」

 言ってから、バカバカしいと思った。今は期待だけ話をしている場合ではない。

 頭を振って雑念を払い、ふと空を見たハルトキは、西の空に何かを見つけた。星ではない何かの光が瞬いたように見えたのだ。

 しかしそれに目を凝らすより先に、SAAPの悲鳴が耳に入った。


 ――SAAPは松明の灯りが建物でさえぎられた暗がりにいた。

 ほぼすべての黒猫は眠らされているようだった。見回しても動くマントの姿はない。

 しかしあと一体、SAAPが剣を構えて警戒する暗がりの中に、潜んでいるようだ。SAAPは一人。臆するように一歩、後ずさった。彼の足元には、もう一人のSAAPが倒れている。

 手ごたえのある黒猫もいたようだ。

 まだ魔力が回復していないが、それでもハルトキは加勢へ走った。

 ――と、そのとき暗がりの中で何かが動く。闇が保護色になり黒いマントは見えないが、ハルトキにはキラリと振りかざされる武器が見えた。

 防御で剣の側面を前に構えるSAAP。――しかし……、


「ぐあぁっ!」


 振り落とされたのは巨大な斧。

 斧は構えた剣をまるで枯れ枝のように粉砕し、勢いそのままにSAAPを切り裂いた。

 ハルトキはとっさに急ブレーキをかける。

 SAAPの身を案じるよりも先に、強い恐怖を覚えた。

 ずしんずしんと、斧を担いで暗がりから姿を現したのは、二メートル近い身長で筋肉の塊のような、超重量級の黒猫。ドクロ面の下で、あらい息づかいが離れた位置からでも聞き取れる。

「……いぃ!?」

 仰天し、ハルトキは回れ右。

 『黒猫』ならぬ『ボス猫』は、ハルトキを見つけるや、体格を無視した機敏な動きで迫る。


 ――逃げないほうがどうかしている(ハルトキ論)。


「うぎゃああああああ!!!」

[ちょっと、何逃げているんですか!? 戦ってください!]

「ムリムリムリムリムリムリムリムリ!!! あんなホラーゲームの中ボスなんて、魔力なしで倒せるわけがない!! 絶対無理! 素手で倒した人、勲章あげる!! ていうか誰か倒してぇ!!!」

 もはやハルトキには、魔力が回復するまで叫んで逃げることしか出来ない。

[吉野さん! どこへ行くつもりですか!?]

 案内人が言い、ハルトキは自分が走っている場所を確認する。

「あ。町から出てる!」

 逃げることに夢中で、ハルトキは避難ルートを港町へ向かっていることに気がつかなかったのだ。

「でも止まれない!!」

[ええぇ!?]

 このままでは避難民に追いついてしまう。しかしすぐ後ろを巨大斧が追ってきていると思うと、振り向く気にすらならない。が、必死に逃げる中、ハルトキは二つの影とすれ違った気がして、慌てて振り向いた。


 ――二人の男が並んで立っていた。


 ハルトキの盾となるように、彼に背を向け、追ってくるボス猫を待ち受けている。

 袖をまくり、拳を鳴らすリーゼントとオールバック。

「オレは足を“やる”ぜ、赤瀬」

「ふん、オレはどちらでもいい」

 青島と赤瀬。『田島弘之』の幹部二人だ。

 ハルトキはあ然としたまま息を整えている。

 ボス猫が接近し、新たに現れた二つの獲物へ、斧を振り上げた。

「行くぜ!」

 青島が叫ぶと、二人は同時にボス猫へ一直線に走る。

 鈍く落とされる斧の脇を抜け、赤瀬はボス猫の首へ腕を回し、青島が足を払う。

「うごごっ!」

 ボス猫は面の下で驚いた表情をしていたのだろう。その巨体ゆえに、後ろへ倒される際の重力に抗うことはできない。

 ――ズシンッ! と音をたて、ボス猫は後頭部から地面に倒された。

「このバケモノ!」

 青島がボス猫の顔面へメイスを振り上げる。

「青島さん! この人は一般人なんだ!」

「え?」

 ハルトキが駆け寄るが、すでに赤瀬がその腕を掴んでいた。

「気ぃ失ってるぜ」

「…………」

 青島は大人しく武器を下げた。

 ハルトキにとって、この二人はとても心強い仲間だ。しかし安堵する気持ちの中には、「この状況で出会ってしまった以上、もういろいろと話してしまうしかないなぁ」と、沈む部分があった。

 早くも赤瀬は、ハルトキに睨みの眼を向けている。

「あぁ……」

 大林のことも説明しなければならないのかと思うと、今すぐ逃げ出したくなった。



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