59:白い剣と黒き魔物
また夜が来る。
早めの夕食後、マハエ、エンドー、ハルトキの三人は、宿の地下浴場でくつろいでいた。
「…………」
――いや、くつろぐような気にはなれないでいた。
漂ってくる“黒い空気”を、三人も微かに感じていた。
「何だろうね? 落ち着かない」
ハルトキは湯船から出て、少ししてまた入る。を繰り返している。
案内人を通した宗萱の指示――
「早めに食事を済ませて待機していてください」
それを聞いて落ち着くことなどできない(ちゃっかり風呂には入っているが)。
「戦いの準備、しといたほうがいいのかな?」
マハエが言う。
「そうかもな。ずっと感じるよくわからない“何か”を、宗萱とグラソンも感じているはずだ。それを今調査してる。たぶん、オレ達も駆り出される」
「じゃあ風呂なんかに浸かってる場合じゃない!」
ハルトキは早々に出て行こうとするが、エンドーが止めた。
「だからこそだ。……ここで気持ちを安定させて、落ち着かなければならない」
「…………」
エンドーが言っていることはもっともだ。とは、マハエもハルトキも思った。
なぜかこういう場面だけに重みを感じるエンドーの言葉。彼はいつもマイペースだが、それはつまり、いつも本能に従っているということだ。だからこそ、危険を察知する能力や、置かれた状況の深みを見抜く能力に長けていると言える。
「緊張は押し殺すよりも開放していたほうがいい。押し殺した緊張は、いざというときに暴発してしまう」
それは二人にとって言われなくても分かっていることだったが、言われなければその通りにできない。
「わかったよ……」
ハルトキは湯船にもどり、三人並んで精神を集中させる。
ゆっくりと心臓の鼓動を落ち着かせ、素の自分を取り戻す。静かに息を吸い、静かに吐き出す。
[みなさん! 戦いの準備をして今すぐ町へ出てください!]
突然、案内人が叫ぶように声を現し、三人の心臓は跳ね上がる。
「……お前さ、台無しだぞ今の空気。オレ達せっかく心を鎮めてたのに……」
あーやだやだ。と、マハエは湯船から出た。
[え? あの、わたし何か?]
「キミもね。少しは戦いに参加してみなさい」
ハルトキとエンドーもマハエに続く。
[ちょっと、せっかく知らせに―― ここはわたしの話を聞くべきだと思います!]
「わかったから、落ち着いて話そうね」
[吉野さん、冷静ですね]
――すぐに服を着て、短剣のホルダーを腰に装備。
気持ちはともかく、戦いの準備は完了した。
何事かと、町へ出てみたはいいが、静まり返った様子から事態の把握は不可能だ。
[宗萱さんとグラソンさんからの報告です]
案内人が説明を始める。
三人はとうとう来たか、と、彼の声に耳をかたむける。
[報告によると、現在『ゾンマ』の町と『ヘルプスト』の町付近の森で、複数の敵兵を確認。見回り中のSAAP達にも、各町へ集結するよう指示を出したところです]
「敵兵って?」
マハエが訊くが、答えを求めるまでもないことだ。
[窪井―― ニュートリア・ベネッヘです]
三人は目を見つめあい、同時にうなずいた。
「オレ達はどうすれば?」
案内人を“見上げる”マハエはすでに冷静だ。ハルトキもエンドーも同じく。
[宗萱さんの指示では―― ちょっと待ってください、たった今SAAPとの連絡が……。みなさん、展望台へ向かってください!]
「どうした? 何かあったのか?」
[展望台で待機中のSAAPとの連絡が途絶えました]
「…………」
――三人は走る。
始まる戦いが恐くないわけではない。
恐いからこそ冷静でなければならないと、三人は知った。
そうでなければ、仲間や親友を守ることが出来ない。
――薄闇をまとい、空へそびえ立つ展望台は、まるで不動の巨人。見ようによっては恐ろしいのだが、三人がそこで目にしたのは、それとはまた別としての恐怖。
建物の足元では、たった今“戦いが”終わった後。二人のSAAPが、赤いバケモノによって撃破されたところだ。
[遅かった……!]
三人は短剣を抜いて、それぞれの武器を発動させる。
「いつは……」
赤いバケモノ―― 赤いマントのドクロ面。三人の気配に気付いた新型対SAAPが、ギョロリと三人に面を向けた。
ドクロ面の目の部分から漏れる赤い光が、火の玉のようにユラリと揺れる。
「なぜここに対SAAPが!?」
マハエは壊波槍に魔力を込めつつ、十分な警戒の眼を敵からそらさない。
相手は姿を消し、動きが素早いうえに遠距離攻撃をしかけてくるのだ。
[窪井の目的はおそらく、シラタチの殲滅。ゾンマとヘルプストへ兵を配置したのも、我々の戦力を分散させるため]
「ほかの町で待機してるSAAPも、こんな状態かもしれないって!?」
[安心してください、エンドーさん。ゾンマには宗萱さんが、ヘルプストにはグラソンさんが待機しています]
「そうか、それなら安心だ。オレ達がここを片付けりゃな」
エンドーは発破鋼を振り上げ、敵へつっこむ。
ハルトキが止めようとしたが遅い。
「やれやれ、冷静なのに猪突猛進じゃあ、台無しだね」
「けど、いいオトリだ」
マハエとハルトキは加勢するでもなく、黙って観察を始める。
直前まで動かない対SAAPは、エンドーの金棒がドクロ面を打ち砕こうとする寸前に素早く後退し、大きく左右へ移動して撹乱させる。
エンドーは横へ腕を振り、三つの魔力球を飛ばして同時に爆発させた。――その爆風に乗るかのように、対SAAPはひらりと舞い上がると、空中で真空の刃―― カマイタチを放つ。
「うわおっ!」
エンドーは金棒を前に構え、攻撃を防御。
「相手は風に強いみたいだね」
「ああ、宗萱の技もことごとく避けられてた」
「それじゃあ、ボクの出番だね」
――カマイタチがエンドーの足をかすって地面を裂いた。
「ボディに当ててみろー!」
挑発しているが、エンドーの攻撃は一つも敵にヒットしてはいない。それどころか今の攻撃で足を負傷し、地面に膝を着いてしまった。
「あ、ヤバイ」
対SAAPは上空に留まったまま、マントを全開に。――カマイタチの連続攻撃に移る。
「ちょっ、オレまだ足が……」
そんな言葉にも容赦なく、放たれた連続攻撃。
――だがその軌道は逸らされた。
エンドーの数メートル横の地面を切り刻み、すぐに止む。
ハルトキが対SAAPを鎖で捕縛していた。
「エンドー君、傷の治癒にも時間がかかるんだから、無理はいけないな」
「……お、おう」
「そうだぞ。それに――」
マハエはハルトキの鎖を足場にして、足から凝縮波を放ち、空中に舞い上がる。
「お前はVBTで痛みに慣れすぎてる!」
対SAAPよりも更に上空から、凝縮波を込めた強烈な蹴りをドクロ面に打ち込んだ。
「ぐごおおぉぉ……」
面が割れると、低く恐ろしいうなり声を上げて、対SAAPは溶けるように消滅した。
第一部隊の証である赤い宝石が地面に落下し、倒れたSAAPの傍らへ転がった。
[お見事です]
「ふー、助かったー」
エンドーは地面に大の字。
「いきなり突っ込むやつがあるか」
マハエが彼の頭をピシッと叩く。
「フォローは任せたー! っ聞こえなかったか?」
「それを声に出してたか?」
「…………」
ハルトキが短剣を納めて、
「でも、エンドーが引き寄せてくれたおかげで簡単に終わらせることができたんだけどね」
それから案内人に指示を仰ぐ。
[みなさん、敵兵は港町から東にある『ヘルプスト』、西の『ゾンマ』の二つの町を襲撃するつもりでしょう。ですが――]
「全滅させろって言うのか?」
マハエは言ってから、気付く。
「……まさか、その敵兵って――」
[そう、始めにウィルス汚染のターゲットとなった町の住人。感染者達です]
三人は愕然とする。
エンドーが“黒猫”と呼ぶ、ウィルス感染者達。彼らは窪井に服従するしもべと化しているが、本来は普通の人で、誰かの親であり、娘であり、息子である。
“敵”と呼ぶのはあまりにも理不尽だ。
「ワクチンはまだ完成しないの?」
そう訊くハルトキは、大林の部下、ソウシを思っている。
感染者はもとにもどすことができる。だから排除するわけにはいかない。
[残念ながら、あと一歩。……ですから今回の作戦は、住民達の避難を最優先とします]
「感染者には手を出せないか……。くそっ! 窪井の野郎はそれをわかっていて!」
エンドーの歯がゆい気持ちは、マハエやハルトキ、案内人と同じ。
大勢の住民だけならまだしも、敵兵までもを守らなければならないのだから。
「……まあいいよ。それで、まずボク達がすべきことは?」
[まずは三人の配置。マハエさんは、大至急『ゾンマ』へ向かってください。宗萱さんがそこで待機しています。吉野さんは『ヘルプスト』へ行き、現地のグラソンやSAAPから指示を。エンドーさんは『グロス・トーア寺院』付近の安全確保へ。――この作戦はまず、東のヘルプストから住民達を移動させ、港町の住民と合流、そのまま寺院へ非難させます。ゾンマの人々も同じ場所へ。あの高台の広い寺院なら、避難場所としては最適でしょう]
三人はそれぞれの行動を頭の中で再確認した後、
「わかった」
と、うなずいた。
[それから、これはわたし自身からの指示です。……何よりも、自分の命を大切にしてください]
「…………」
微かに笑っただけの三人。それが返答だ。
YESかNOか、それは彼ら自身の中にある。
「今日は満月か……」
光を増してきた丸い月を見上げて、ハルトキがつぶやいた。




