55:家族なんて
「うるさいなぁ、わかってるっての」
エンドーは案内人に文句を言いながら、港町のテレポート小屋へ足を進める。
相変わらず暑い日で、太陽光だけでもお手上げなのだが、案内人の小言まで降ってきてはたまらない。
[本部で待機しているよう言われたのですから、ちゃんとその指示に従ってください]
「昼飯くらいゆっくり食わせろ。それにオレがいなくたって、マハエやヨッくんがいるだろ?」
[吉野さんは『クラウルル地方』にいます。守民軍本部の資料館でお勉強をしているのです]
「そっちこそさっさと連れもどせぇ!!! ったく、どいつもこいつも勉強してるやつには甘いんだ!! 外で元気に遊びなさいって昭和の精神はどこ行った!?」
エンドーは息を吐く。
そして立ち止まると、後ろを振り返った。
「……お前がうるさいから周りに気付かなかったけど、さっき誰かオレの名前を呼ばなかったか?」
[さあ? 気のせいでしょう]
エンドーは首をかしげながら前を向く。
「あれ? あいつは……」
エンドーは少し離れた先に、少年の姿を見つけた。
薄汚れたジャケットを着て、ベレー帽を深く被った少年、ジンだ。
建物の陰で、表通りの人々を観察するように、じっと帽子から目を覗かせている。
「あいつ、まぁたスリか。忙しいことですな」
呆れた息を吐きながらも、エンドーはその場所で様子を見る。
[知り合いですか?]
「ああ。ちょこっと話をしてこようっと」
――ジンは一人の女に狙いを定めていた。町では見かけない若い女が二人、その内の一人に。
東から歩いてくるのを見ると、ヘルプスト辺りから出かけてきたのだろう(モンスターが現れたという話はフーレンツ中に知れ渡っているが、港町とヘルプストをつなぐ海沿いの街道なら安全だ)。
日傘を差し、しゃれた服を着て、首にはネックレス、耳にはピアス、両腕にブレスレットを三つも付けている。どれも高価な品に間違いないが、女は金持ちと言うわけでもなさそうだ。おそらくは男にせびり、買わせた物だろう。
ジンは気分悪そうに地面にツバを吐きかけ、行動に出る。
彼女らはジンにとって、もっとも嫌いな人種の一つであり、もっとも好むべき獲物だ。
町の外から来た者は、この町で一番のスリとして名の知られた彼にとって“仕事”がしやすい相手であるから。女が二人だけというのも好むべき点だ。
話に夢中で注意力の散漫している女に、ジンは正面から向かう。当然、気配は殺している。
彼の手法は静かに、存在を悟られないよう、
ただ標的とすれ違う。
それだけだ。
「ありがとさん」
女を尻目に、ジンはニヤリと笑う。
気付かれてはいない。片腕のブレスレットが一つ無くなっていることには。
ブレスレットはジンの手に。純銀製で大きな宝石が埋め込まれている。この世界では純金よりも銀が高価で、このブレスレット一つでも相当な価値がある。
「さぁて、こいつを売り払った金で、今夜は博打三昧だぁ〜」
「――!」
と言ったのはジンではない。
いつの間にか彼の横に立っていたエンドーだ。
「お前……!」
「よう、また会ったな。ギャンブルの前にその金でオレにおごれ」
「……何の用だぃ? 悪いが、オレぁ忙しいんで」
逃げようとするジンの腕を、エンドーは即座に掴む。
「まあ待てよ、話をしよう」
「んな仲良しになった覚えはねぇよ」
「いいじゃんかよぉ〜、お話しようぜぇ〜、おごれとか言わないからよぉ〜ぅ」
「…………」
ジンは額を押さえてため息をついた。
「サーヤが言ってたのかぃ? オレがギャンブルにはまってること」
「ああ。お前が家出者で、テキトーなやつだ、とも言ってたなぁ」
「……そうかぃ」
港で海を前に、二人は立ち話。
ジンは何か悲しげな表情で、海の向こうを見ている。
「あいつから見れば、本物の家族を持つやつは、みんな幸せ者なんだ。とくに金があるやつはなお更さぁ」
「家族ねぇ。いいじゃんか、他人でも一緒に生活していれば家族だ。……オレも、そうだからよ」
「そうなのかぃ? まさかあんたも孤児?」
「今は家族がいるけどな。親に捨てられ、路頭に迷ってたっていうまでは同じだ」
「…………」
過去のことだ。今は関係ない。そう言うように平然とそれを話したエンドーに、ジンは少々とまどっていた。
過去を引きずって苦しんでいるサーヤや廃工場の子供達とは正反対だったから。
「いろんなやつがいるんだなぁ」
と感心していた。
「まあオレも、家出者のお前の気持ちは、よく理解できないけどな」
「…………」
漁船が港に近づき、漁師達が船を寄せようとロープを引いている。どうやら大量らしく、喜びの声が上がっている。
そんな光景を、ジンはどういう気持ちで見ているのだろうかとエンドーは考えてみたが、簡単には理解できるものではない。彼らにとって心休まる景色というものがあるのだろうかと、疑問に思う。
エンドーは伸びをした。
「さて、廃工場まで送るぜ。お前がギャンブルですっからかんにならないよう、オレが見張っておく!」
「余計なお世話でぃ。というか、なぜオレとこんな話を?」
「交流」
エンドーは笑う。
ジンは呆気に取られた。
「――というのもあるが、オレが言いたいのは、少しはギャンブルを控えて、あの子達のため―― 家族のために働けってことだ」
「……ギャンブルをやめろ、ってかぃ?」
ジンは鼻で笑った。
「嫌だねぇ」
「……生意気なガキだな」
呆れ返るエンドー。
――その後二人は並んで、廃工場へ向かう。
ジンは逃げたそうにしていたが、常にエンドーが目を光らせている。
「何で家を出た?」
エンドーが訊く。
「簡単な話さ。家族が嫌になった」
「…………」
訊いた本人だが、その簡潔な答えに動揺した。
追い出されたわけでもなく、自ら家を出るという、子供にそんな決断ができるものか。
「親とちょっとケンカして勢いで飛び出した、って言うんじゃ?」
「そんなんじゃねぇや。ただ自分が必要とされていないって、小さい頃のオレでもわかったからさぁ。……オレぁ金持ちの家に産まれて育った。でもオレが九歳のときに母親が死んで、すぐに父親は再婚した。けど、明らかに財産目当ての女で、一度だってオレに構ってくれたことなんかなかった。そんな女でも、父親は夢中だ。自分の一人息子なんかよりもな。耐えられると思うかぃ?」
「…………」
エンドーは首を振る。「わからない」と。
――廃工場に着くと、門のところに三人の子供が立っていた。
とても不安そうな顔をして。
「どうしたぁ? サーヤは?」
ジンが訊くと子供達は工場の中を指差して、ジンに何かをささやく。
「あんたは帰ってくれ。送ってくれて、とりあえずは礼を言っとく。じゃあな」
と、一言の礼も言わず、ジンは子供達を連れてさっさと工場へ駈けていく。
――様子がおかしい。
「ああ。じゃあなー」
エンドーは手を振って踵を返した。――わけはない。こっそりと裏へまわり、中の様子を探る。
「(サーヤに何かあったのか……?)」
割れた窓から覗くと、壁際に座って膝に顔を伏せているサーヤを見つけた。
泣いているのか、周りでは子供達が心配そうに見守っている。
「どうしたんだ?」
ジンがしゃがんでサーヤの顔を覗き込む。
「……何があった? 町へ買い物に出かけてたって聞いたけど、町の連中に何かされたのか?」
サーヤは首を振る。
「ジン……、ある人からあなたに伝言」
「え?」
「“家賃は倍だ。納期を守れ”って……。ねえ、どういう事?」
「……やつらか」
ジンは絶望を混じらせた声でつぶやくと、何も言わずに背を向けて出て行く。
「ジン、待ちなさいよ! 説明して!」
顔を上げて叫ぶサーヤ。彼女の左頬が真っ赤に腫れて膨れているのを、エンドーは見た。
――誰の仕業か。それはジンが知っているはずだ。
町の細い路地―― ほとんど日が当たらない、人目に付かない場所。
そこへジンが入っていくのを確認すると、エンドーは彼に気付かれないよう足音を消して後に続く。
ジンは路地の途中で立ち止まり、周囲を警戒するように見回す。
とっさに近くにあった木箱の陰に隠れたエンドーは、そのまま彼の行動を覗き窺う。
――コツン。
ジンが建物の壁を叩いた。
「ドリアン」
「――!?」
突然ジンがつぶやく。
「バンザーイ」
「――!!?」
すると、建物の壁の一部が回転して開き、再度周囲を確認してジンは建物に入っていった。
「ドリアン、バンザイ……?」
どうやらそれが合言葉らしい。
この人目に付かない場所で、合言葉と隠しドア……。
「ヤバイ連中のアジトか、闇取引の隠し部屋とかあるのかな?」
そんな場所へジンが入っていったということは、先ほどサーヤが言っていた言葉と何か関係があるのかもしれない。サーヤに怪我を負わせた何者か、とも。
エンドーがホルダーから短剣を取り出すと、案内人の声が。
[エンドーさん、わたしにはわかりますよ。あなたは今、シラタチに迷惑をかけようとしています]
「お前、ずっと見てたろ。このこと、グラソン達に話したか?」
[……わたしにあなたを止めることは不可能なのでしょう。あなたの性格上、彼らを放ってはおけない。……まだ誰にも何も話していませんよ。ですが、場合によっては―― です。よぉく考えて行動してください。それができないほど、あなたはバカではないはずです]
「なぁに、何も問題はない。相手が話の通じるやつらなら、な」
案内人はため息をつく。
[あなた、可能性というものを考えて、ものを言ってます?]
「大丈夫だー」
[不安です]