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49:死の森の住人

 マハエはバックパックを地面に下ろした。

 重たいバッグを背負っていたおかげで、多少身が軽くなった感覚を覚える。

 モンスターの触手根が形成した巨大な赤グモは、器用に四本の脚を動かし、本物のクモさながらにマハエとアオバを襲う。

 二人は二方に別れて、おとり役を買って出たアオバがクモの気をそらす。


「来い、化けグモ!」


 アオバはクモの脚をナイフで斬りつける。もちろん擬態した根だが、数ミリの傷口からは赤みがかったドロドロとした液体が流れ出る。

 痛みは感じていないようだが、本能的にかクモの攻撃優先対象は決まった。

 自分に尻を向けるクモを、マハエは注意深く観察する。


 ――この時点で攻撃可能な部位は、四本の脚。だが、四本すべてを潰すのは骨が折れる。そうしたとしてもすぐに再生するかもしれない。それにマハエが攻撃してしまえば、アオバのおとり効果がなくなってしまう。

 一撃で仕留められるような弱点を突かなければならない。

 ――いや弱点はわかっている。宗萱の背にくっついていた心臓のような部分だろう。

 その部分をどうやって攻撃するか。それが問題だ。心臓部への攻撃は、宗萱のダメージに直結する。

 どうにかして、うまく両方を切り離すことができればよいのだが。

「アオバさん、弱点はそいつの腹部にあります!」

「腹部か……、だがどうする?」

 アオバの足元にクモの太い脚が突き刺さり、土をえぐった。

「おい、ロープ持ってないか?」

「ロープ?」

 マハエはバックパックを探り、ロープを引っ張り出す。それをアオバへ投げ渡した。

「真栄はそのままスキを待て! オレはこいつの動きを止める!」

 ロープを伸ばし、頭上から地面へ突き刺さる脚の下を抜けてすばやく移動する。同時に、クモの左右前脚にロープを絡ませていく。図体の大きなクモ、それも複数の根で構成されているせいで動きはやや緩慢だ。

 破壊力はバツグンだが、動きをよく見れば回避はたやすい。

 アオバはクモの背を蹴ってジャンプし、近くの太い木の枝に飛びつくと、ロープの両端を枝に撒きつけ、飛び降りる。


「今だ!!」


 そしてロープを力の限り引っ張ると、クモの前脚、頭部、胸部と、徐々に持ち上がる。

 急所が攻撃可能に。

 そこへマハエが走り、クモの下へ滑り込むと心臓部を見つけ、ホルダーから短剣を抜く。

 ここで魔力を使ってもアオバからは死角だ。それに宗萱を救うには『壊波槍』を使うしか方法はない。

 ――短剣に魔力を込める。


「!?」


 クモの脚がひと回り太くなった。

 体の別の部分を構成していた根が、前脚部へ集中しているようだ。そのパワーもひと回り強大に。

「うわっ!!」

 パワーアップした前脚は、ロープごと木の枝を折り、それを引いていたアオバを宙へ放り投げた。

 そしてクモの巨体はそのままマハエを下敷きに。

「ぐべっ……」

 マハエは沈黙。

 背中を地面に叩きつけ、息を詰まらすアオバ。

「――っ!! くそ……!」

 さらに、クモの前脚が勢いよく伸びて追撃する。

 ちょうど立ち上がったアオバを木の幹に押し付け、じりじりとその圧力を強める。

 内臓が圧迫され、苦痛に悶えるが、人の力でどうにかできるものではない。

 そのとき、どうにかマハエがクモの下から這い出してきた。

 肋骨が何本か折れたようだが、すぐに魔力で修復していくのがわかる。

「……大丈夫ですか、真栄さん」

 クモの背から弱弱しい声で宗萱が訊く。

「アオバさんを……、早く助けなければ……」

 言葉だけの宗萱。エネルギーを吸われ、体力がもう限界なのだろう。

「絶対に助けます。オレが」

 マハエは握った短剣に魔力を込め直す。

 横に振ると『壊波槍』が現れ、空気を振動させる。

 その異変に反応したのはクモ。危険を感じたのだろう、残りの脚に体中の触手根を寄せ集め、マハエの捕獲にかかる。

 その姿は、もはやクモと呼べるものではない。


「うりゃっ!!」


 『壊波槍』の一振りは、襲い来るすべての脚を一瞬で断ち切り、二振り目でアオバを押さえつける太い脚も切断した。

 残りは宗萱の背にくっついている心臓部のみ。それを破壊すればクモは再生できなくなる。

 脚に集中させていた根も落とされ、心臓部も無防備になっている――

 宗萱へ槍を振り上げたマハエは動きを止める。

 いつの間にか宗萱は地面にうつ伏せで倒れており、その背中から心臓部が消えていた。

「(逃げられた!?)」

「真栄っ!!」

 アオバの声と同時に、背後に気配を感じた。

 マハエを攻撃する際、それに紛れて心臓部は宗萱から離れていたのだ。そしてマハエが彼に気をとられた間に再び落とされた根を収集、反撃可能なまでに再生していた。

「くっ!」

 振り返るマハエの眼に飛び込むのは、太い根の触手。


 ――マハエの攻撃は間に合わない。


「(ちくしょう!!)」

 心の中で叫んだ。

 恐怖で目を閉じた瞬間、アオバの声が遠のき、それとともに―― 耳元ではっきりと聞こえた。

 空気を裂き、一直線に何かが飛んでくる音。


 ――ビイィィン……。


 飛んできた何かが、すぐ横の木に突き刺さったらしい。

 目を開けるとそれは長い棒で、まっすぐ幹に刺さっていて、細かくぶれてから静止した。

「(……矢?)」

 どこから飛んできたのか、目をはしらすが、誰の気配もない。

 ――そんなことよりも。

 目の前では矢によって砕かれた触手が方向を見失ったようにゆらゆらと揺れていた。その向こうには、完全にあらわになった心臓部。

 マハエはすかさず槍を振る。

 あれだけの巨体を動かしていた根の心臓部だが、たったの一撃で滅びた。バラバラと崩れ、統制を失った根もいっせいに動きを止めた。

 周りに張り巡らされていた根も死滅し、次々と折れて三人に降り注ぐ。

「早く出よう」

 アオバが言う。怪我は大したことなかったらしく、力のない宗萱を担いで森の奥を示す。

 根が崩れたおかげで、さらに奥へと進む道が現れていた。

 そう、たった今倒したクモは本体ではない。この森を支配する大本が、まだ残っているのだ。

 『壊波槍』を握ったまま、マハエは先導する。

 もう魔力のことを隠す必要はない。『シラタチ』の戦闘員としての本領を出さなければ、この先の森では生き残ることはできない。当然、誰を守ることも。

 それに、アオバは信用できる。そう思った。



 背後で根の洞窟が崩壊した。

 倒木の上に宗萱を降ろし、アオバはマハエを見る。

「……何が言いたいのか、わかりますよ」

 マハエは言う。

「隠していたわけか。妙だと思ったよ、まだ十六やそこらの子供が、よくこの森で行動できているものだな、と。となると、この黒服さんも同じか?」

「ええ……、そうです」

 宗萱が自らうなずく。

「しかし、わかってください、アオバさん……。隠していたのは、あなたが信用できないからではないのです。……ただ、我々が活動するためには、軍の信頼を第一とし、あくまであなた方の補助的な存在でなければならないのです。たしかに、我々が本気を出していれば、あなたをあのような危険な目に遭わすこともなかったでしょう」

「…………」

 怒っているのか戸惑っているのか、アオバは言葉なくうつむいて、眉をしかめている。

 『シラタチ』は軍に属する組織ではない。しかし、この世界で活動するために、軍部との信頼関係は絶対であり、どの面においても敵対するような事態は避けなければならない。『シラタチ』の戦闘員が特殊な力を操る集団であるということは、軍部が持つ“人”としての力を脅かす存在ということだ。

 そのことが知られれば、軍部は間違いなく『シラタチ』を“敵”と見なすだろう。

 そんな事情を、アオバは理解したはずだ。

「アオバさん……」

 その願いを込めて、マハエはアオバを見つめている。


 ――そのとおり、アオバは理解した。しかし個人的な葛藤が残る。


 ――最初から自分は邪魔な存在だったのか。


 自分が『シラタチ』の力になろうと、彼らに協力した結果がこれだ。

 アオバにもプライドはある。『イチリン』という軍のエリート部隊に属し、他の軍部からは期待の眼差しを受け、天狗にはなっていないものの、自分の力を信じた。――そこに人という存在を凌駕する特殊な力を持つ者が現れ、自分の力が遥か及ばないと知り、軍の勢力として戦ってきた自分を否定された気がした。

 エリートでなくても、怒りを覚えるのは当然のことだ。


「どうしますか?」


 いくらか回復した宗萱が、アオバに訊く。

「この事実を知ったあなたは、すべてを我々に任せますか?」

 彼に向けるその眼が、どこか厳しさを帯びる。

 彼の気持ちを理解しているからこそ、彼の覚悟を知りたかった。

「……最後まで協力する。いや、オレに協力してくれ」

 頭を下げる。

 怒りはある。しかしそれは自分の心の問題であって、『シラタチ』には関係ない。彼らに怒りを覚える必要はない。自分に力が足りなくても、自分の身は自分で守り、できれば少しでもモンスターの討伐に力添えをしたいと思った。“個人的な事情”もある。

 黙って差し出された宗萱の手を握るアオバの眼は、しっかりと前を見据えていた。

 「よし」と、マハエは満足そうにうなずいた。

「あ、そうだ。この森、まだ誰かいるみたいだよ。生存者かもしれない」

「見たのか?」

「姿は見なかったけど、クモとの戦いでオレを助けてくれた。どこかから矢が飛んできてさ」

「“矢”だって?」

 アオバはあごに手を当てる。

「心当たりでもあるのですか?」

「……いや、そんなわけないか」

 独り言の後に首をひねった。

「その“誰か”も気になりますが、相当の手練らしいです。一応、放っておいても大丈夫でしょう。――さて、進みますよ。モンスターの本体はすぐ近くです」

「大丈夫なのか?」

「ある程度は回復しました。移動する分には支障ありません。それに……、何か嫌な“気”を感じます」

 宗萱は空を見た。


 時刻はちょうど、正午になったころだ。



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