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45:パルテラの枯れ山

「こんな話を、子供の頃に聞かされたことがある。ただの童話だ、と昔は思っていた」

 トンネルからテントへ戻る途中、アオバが話を始める。


「とある賑やかな山のてっぺんに、高い高い木がありました。木は強欲で、友達の草木や動物たちの話し声もそっちのけで、空のまた上を見上げては、枝葉を伸ばすばかり。来る日も、来る日も。そのうち木は何よりも高く空へ近づきましたが、空はまだまだ見上げる先。――ある日、ふと、木は足元を見下ろしました。いつの間にか静かになっていた足元を。そしてようやく気付きます。周りの木々は朽ち、生命が消えて山が枯れ果てていることに。――木は独りぼっちになっていました」


「…………」

 たしかに童話だ。とマハエは思う。だがそれを話した彼が何を言いたいのかはわかった。

「『パルテラの枯れ山』、ですね」

 宗萱が言う。

「そうそう、そんなタイトルだった。よく知ってるな」

「モンスターに関連する童話の一つです。かつてモンスターとは、五百年前の大きな戦いで、魔物から飛び散った魔力のかけらから発生していたと言われていました。さまざまな形のモンスターがはびこっていたと。その中でもっとも危険なモンスターとされていたのが、その童話に出てきた“木”、『パルテラ』。正式には『ヴァルテュラ』と言います。『ヴァルテュラの魔木』と言えば歴史的にも有名なモンスターです」

「魔木……。アオバさんが話した童話は、そのモンスターがもとになっていたのか」

「ヴァルテュラは、戦後百五十年、人々を苦しめました。まれにですが、森や山、木々が密集する場所に発生しては地中からだけではなく、自在に動く根で動物や、ときには人をも捕食し、養分を吸収する。その暴食さは木々を枯らし、一つの山が丸ごと枯れ果てたという記述もあります。人々がヴァルテュラに対抗する手段は、人海戦術か、焼き討ち。最悪、山や森を丸ごと焼き払った例も」

「丸ごと……!」

 マハエはゾッとした。たかがモンスター一体に、という話ではない。そこまで危険なモンスターだということだ。そのモンスターが――


「この森にいるってことか? その、ヴァルテュラの魔木が」


 宗萱は肩をすくめる。

「断定はできません。しかし、この森にひそむものがモンスターというのは明らか。しかも、とても凶暴な。ヴァルテュラかどうかとはこの際どうでもいいことですよ」

「ああ……。危険度は変わりない……」

 マハエは肩を落とす(思いっきり)。

「だが、なぜまた急にモンスターが現れ始めた? モンスターは二百年前に殲滅したと軍の歴史資料にはあった。なぜ二百年も経った時代に、再び?」

「…………」

 ――「『シラタチ』のあんたらなら何か知っているんじゃないか?」そんな目を二人に向けるアオバ。

 だが宗萱は、

「……我々にも、それはわかりません」

 アオバは拳を握った。


「オレの父は、オレと同じ軍人だった。以前のモンスター騒動で、父は襲われている子供を助けるために、撤退命令を無視して飛び出し、死んだ。バカな、正義感のかたまりだった」


 力なく笑う。口から漏れる息には悔しさがにじんでいた。

「今のオレも、親父と同じか……」

 聞こえないような小さな声でつぶやいた。



 ――一度テントにもどった三人。

 アオバは自分のバックパックを背負うと、

「あんた達も戦闘に関してはプロだろ? それなら、ここからは別行動といこう。オレはオレの目的を果たす」

「待ってくださいアオバさん。我々の任務は行方不明者の捜索と保護です。あなたの保護も、任務の一つです」

「あいにく、オレはそのリストに入っていない。軍にも黙ってここへ来たんだ」

「ですが――」

「シラタチ!」

 アオバはまっすぐに宗萱の目を見据える。


「……生きてここを出よう」


 ――去っていくアオバを二人は追わなかった。

 彼の中にある強い意志は揺るがない。何の目的で、軍の命令を無視してまでここへ来たのかはわからないが、それほどの理由があるわけで、それを邪魔するわけにはいかない。

 アオバは前日の昼にここへ侵入したと言っていた。約一日、この危険な森で生き延びた彼に余計な心配は無用だという判断もある。

 それに『シラタチ』にとっても、別行動という選択はありがたい。心置きなく魔力を使って戦うことができるのだから。

「わたし達も行きましょう。まずは生存者の捜索が優先です」

「ああ。火を持ってればとりあえずは安心か。絶やさないようにしないとな」

 頼みの綱である松明をしっかりと握り、二人はアオバとは別の道へ歩き始めた。


「なあ宗萱、この森にいるモンスターも、デンテールと関係あるんだろうな? あのモンスター騒動の生き残り、だよな?」

「どうでしょうね? そうだとしても、デンテールは関係ないと思います。グラソンの話では、モンスターとデンテールは無関係。突如城の周辺に現れたモンスターを利用しただけだと」

「デンテールじゃない? それなら、どうして突然モンスターなんか……」

「それは、グラソンも知りません」

「モンスターをよみがえらせたのは、デンテールじゃない……?」


 ――何にしても、モンスター関連の任務はこれ限りにしてほしい。と、願わずにはいられないマハエであった。


「それで、オレ達はどこへ向かってんの?」

「寺院から眺めた枯れ木群―― その中心に、モンスターがいるはずです」

「なるほどね。敵がヴァルテュラだとして、勝算は?」

「状況次第ですね」

「あ、そう……」

 マハエは無性に、逆走したくなった。

「この松明のおかげでしょうか、殺気を感じますが襲ってくる気配はありません」

 周囲に目を配りながら宗萱が言う。

「やっぱり狙われてるのか。どうする?」

「進みましょう。襲ってくれば斬り進むだけです」

「やっぱり……」

 いつでも『壊波槍』を発動できるよう、マハエは短剣を右手に持つ。


 そのとき、前方で何かが揺れた。


 ――木の陰からふらふらと現れた人影。生存者だ。


 二人はすぐさま駆け寄る。

 ――しかし、妙なことに気付き、立ち止まった。

「……っ!? 何だ!?」

 人影がゆるりと動く。


 ――違う、人ではない。


 形こそ人ではある。だがそれだけ。


 その“物体”は、まるっきり――

 “木の根”。それも人の形をした塊。人の姿を成した、血のように真っ赤なモンスターの根だ。


「そんな……」


 塊の左腕の部分が動いた。人のそれとはかけ離れた異様な動きで振り上げられ、振り下ろすと同時にバキバキと音を立てて伸び、二人を襲う。

 宗萱がかわし、それを断ち切ると、断たれた部分は地面に落ちて動きを止めた。

「何てこと……! 木の根が人の形を成すとは、このモンスターはかなり――」

 右腕が宗萱を襲う。

 それも断ち切ると、マハエが飛び込む。発動させた『壊波槍』を右手で握り、松明も手離さない。

 頭から伸びてくる複数の根を槍で防ぎ、塊の腹部を凝縮波で蹴り飛ばすと、人の形をした塊はバラバラと散らばった。

「倒したか」

 破片は普通の木片のように動き出すことはない。

 ――よく見てもそれが化け物の破片とは思えない。動いて襲ってくる木とは―― 三百六十度が木に囲まれた空間ではその存在を目視することは困難だ。

「……つーか今のヤツ、火を恐れてなかった」

「思い出してください、今のヒトガタは自身で直立し、歩行していました。おそらくは、本体と繋がっていないのでしょう」

「本体と分離した固体?」

「とにかく大変なことです。ケモノ並みの知能だと思っていましたが、とんでもない。トンネルを塞ぎ、わたし達をこの森へ閉じ込め、人の姿を真似て人に対抗するとは……」

 彼らがこれまで遭遇したモンスターの中で、もっとも―― いや、それらとは比べ物にならないほど高い知能を持っている。

 マハエは考える。そのモンスターを倒すまで生きていられるだろうかと。いや、倒さなければならないのだ。これほどのモンスターを野放しにしておくわけにはいかない。


「急ごう」


 マハエは歩き出す。

「やる気が出てきましたか?」

「恐れてばっかりじゃ、戦えない、よね」

 それを聞いて宗萱は微笑む。

「シラタチらしくなりましたね」

「どういう意味?」

「真栄さんって、ときどき本当に頼りになります」

「……どういう意味?」



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